第27話/言葉にできない胸騒ぎ

詩音は美嘉に私服を買ってもらってからというもの、ファッションに目覚めてしまい、ネットで服を見ていることが増えたが、特に買うことは一度もない。

 十一月に入って五千円が使えるようになっても何も買わないし、もしかしたら俺に許可を求めるのに躊躇してるのか?


「詩音、携帯でなに見てるんだ?」

「服を見ています。なにかありましたか? お腹空きました?」

「冬服買った方がいいんじゃないか? 制服の時に着るカーディガンとか」

「そ、それじゃこれ! 買ってもよろしいでしょうか!」


手錠と猿轡は無許可で買って、服は許可を求めるのかよ。あれか?あの二つはあくまで仕事道具だからみたいたな、そういうやつか?


「うん。あまり派手な色のカーディガンにするなよ?」

「白に近いベージュのやつが可愛いです」

「いいじゃん」

「あの‥‥‥手袋とマフラーとかって‥‥‥」

「あ、俺も欲しいから両方黒のやつ買ってくれ、生活費から」

「それはダメです」

「いいか詩音」

「はい?」

「服というのはないと生活ができない! ということは、服は生活費から払うべきものなんだ! だから好きに買いまくろう!」

「なるほど‥‥‥確かにそうです! 注文しておきます!」

「おう!」





翌日、二人で学校から帰って来ると、玄関に大きな段ボールが二つ置いてあり、俺は少し嫌な予感に襲われた。


「届いてます!」

「カードで買ったのか?」

「はい!」

「カーディガンと、俺達のマフラーと手袋‥‥‥だよな?」

「はい?」

「はい?」

「中に運びますので、リビングで待っていてください。風邪をひいてしまいます」

「わ、わかった」


先にリビングで待っていると、詩音はすぐに段ボールを抱えてやってきた。


「多分こっちに入っています。はい、輝矢様のマフラーと手袋です」

「あ、ありがとう。で? その大量の服はなんだ!!」


段ボールには大量の女性物の服が入っていて、まだ未開封の段ボールにも入っていると思うと、幾らしたのか考えただけでゾッとする。


「私の服です」

「幾らした?」

「い、言えません」

「俺、生活にゲームが必要なんだけど、ゲーム機買ってくれない?」

「それは嘘ですよね」

「んじゃ、それ返品で」

「嫌です!」 

「詩音だけズルいだろ!」

「だ、だって‥‥‥」

「言い訳か? 言ってみろ」


詩音は頬を赤らめて少し俯き、制服のスカートをキュッと掴んだ。


「て、輝矢様に‥‥‥可愛いって言われたいんですもん!」

「なんだその理由!! 可愛すぎんだろ!! あっ」


思わず可愛いと口走ってしまい、詩音は顔を真っ赤にして、段ボールを頭にかぶって顔を隠してしまった。


「ま、まぁ、全然服持ってなかったもんな。これくらい買ってちょうどいいだろ」

「お、怒らないのですか?」


段ボールから顔を出して、目があったらまたすぐに段ボールを被る詩音。なんなんだその可愛い動き。


「もういいよ。ただ今後、春になるまで服は買うな」

「分かりました」


それから詩音は、届いた服を着てリビングへ来ては俺に見せ『可愛い』と言うまでしつこくポーズを取ってを長々と繰り返し、途中から俺は、子供の相手でもしてるのかと錯覚してしまった。

 まぁ実際、詩音はなにを着ても、なにをしても可愛い。


「次は下着のファッションショーで、最後に裸でお好みのポーズを取ります」


こういうところ以外はな。





更に翌日、学校で俺と詩音と鳴海と美嘉の四人で屋上で昼休みを過ごすことになり、冷たい風を浴びながら弁当を食べ始めた。


「さすがに寒くなったな」

「それで、何を着ても可愛いと言ってくださいました」

「よかったじゃん!」

「桜羽さんは可愛いからね!」


俺の話は全然聞かず、女三人はファッションについて盛り上がり、なんで俺は一緒に弁当を食べているのか謎でしょうがない。

 教室戻ろうかな。マジで風邪引きそうだし。風邪ひいたら詩音がうるさそうだし‥‥‥。


「輝矢くんはどう思う?」

「え? なにが?」

「話聞いてなかったの?」

「あっ、あー、可愛いよな!」

「‥‥‥」

「‥‥‥」


なにその反応!!服の話じゃないの!?


「輝矢様、あんな女がタイプなのですか」

「どんな女!?」

「木月先生ですよ」

「えっ、なんの話だ?」

「木月先生が、よく私達のことを見てるって話ですよ」

「あーはいはい! たしかにな!」

「絶対聞いてませんでしたよね」

「すまん」


多分、木月先生はいろいろ知ってるから心配で見てるだけだろうけど。


「でも木月先生って、厳しいようでそうでもないから好きかも」 

「俺も鳴海と同じだな」

「やっぱり好きなんですか? 髪が長い方が好きとかですか?」

「なんでそうなる。髪の長さとかどうでもいいだろ」

「なら、金髪がいいんですか?」

「絶対美嘉のこと言ってるよな」

「私? アンタに可愛いって言われても鳥肌ものだよ。でも私、これ地毛だからどうしようもないの」

「根本黒いぞ」

「見るな!!」

「輝矢様♡ 私のことは見ていいですよ♡ 毛穴まで見てください♡ どこの毛穴がいいですか♡?」

「毛穴に興味ないわ!!」

「下は処理していますので、見たくなったらいつでも言ってください♡」

「いやいや」

「嫌なら生やします!」

「この生々しい会話を聞いてる二人の顔見てみろ。完全に引いてるぞ!」

「お二人には理解していただきたいです。これは愛なのです。輝矢様の髭剃りで処理をし、一週間に一回、それを使って産毛の処理をする輝矢様の姿を見てゾクゾクするのです」

「愛じゃなくて性癖だよ」

「瀬奈ちゃんに同じく」

「ちなみに輝矢くん、衝撃の事実を知って気絶してるよ」

「輝矢様!!!!」





目を覚ますと、俺は保健室のベッドの上にいて、木月先生が真横の椅子に座って寝ていた。

 寝ている姿や顔も綺麗な先生だな。なんで結婚できないんだか。


「木月先生」

「んっ、あっ、起きたか。大丈夫か?」

「はい」

「桜羽が大慌てで私のところに連れてきてな」

「あいつは大袈裟なので」

「どうだ、桜羽の調子は」

「んー、楽しそうですよ?」

「そうか。美嘉と仲がいいみたいだけど、大丈夫か?」

「は、はい。今のところはなにも」

「私は心配だよ。お前ら四人を見てると、今の楽しそうな関係が戻らなくなる瞬間がくるんじゃないかって」

「なんでそんなこと思うんですか?」


木月先生は少しの沈黙の後、何も言わずに俺の髪をくしゃくしゃに乱しながら頭を撫でて保健室を出て行った。

 木月先生は俺の知らないなにかを知ってる。俺達に、一体何が起こるんだ。


「輝矢様! 目を覚ましたんですね!」

「おぉ、詩音」

「冗談で気絶するなんて、本当、私のせいです!」

「そうだ? お前のせいだ! って冗談かい!!」

「ツルツルは本当です」

「本当なんかい!!」

「それより、美嘉さんが急に泣き出してしまって」

「なにかあったのか?」

「理由は分かりません。私を見て急に」

「そ、そうか。あまり気にすることないだろ。教室に戻ろう」


やっぱり、記憶が無くて、自分を思い出してくれないのは辛いんだろうな。


「輝矢様」

「なんだ? 早く戻るぞ」

「輝矢様は、私との生活をどう思っていますか?」

「えー、割と嫌じゃない」

「私がいなくなったら、どう思いますか?」

「それは嫌かな」

「私は人を信じられるようになってきているでしょうか」

「さっきからどうした? 信じるかどうかは詩音にしから分からないだろ」

「私は、親に捨てられたから人を信じられなくなりました。ですが、今はそんな理由どうでもいいのです。そんな事実が無かったのですから」

「は? 本当なに言ってるんだ?」


なんだ?なにか引っかかるけど、意味が分からなくて頭が混乱する。


「初雪の日、私の話を聞いてください」

「初雪って来月ぐらいか? てか、なんで初雪の日なんだよ」

「雪が好きなので、私の心が落ち着く初雪の日にお願いします」

「よく分かんないけど了解」


この、言葉にできない胸騒ぎ、木月先生も感じてるのかな。

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