メイドと新生活

第4話/メイドの嫉妬

詩音が俺の家に住み始めてから初めての休日。

 今日も見つめられながら目を覚ました。


「なんで毎回起きると正座で見てるだよ」

「義務です」

「そんな義務要らないから、扉直してくれる?」

「検討します。メイド喫茶は何時に開くのでしょうか」

「十時に開くんじゃないか? 行くのは昼ぐらいでいいと思うけど」

「私はワクワクしています」

「なら、もっとワクワクした顔しろよ」

「ワクワク♡」

「歯磨きしてご飯食べるわ」


なに今の。超可愛い。

 

「今日はパスタです」

「カルボナーラとかできる?」

「用意します」

「ありがとう」


失恋してしまった今、メイドは意外と便利でいいと気づかされる。


「歯磨き粉も買い足しておきましたよ」

「いつの間に?」

「今朝、コンビニで」

「コンビニは高いから、次から薬局な。でもありがとう。てか、どこからお金出てるんだ?」

「お世話になっていた会社から、毎月五十万が振り込まれます」

「五十!? お、俺なんて、お爺ちゃんから生活費貰ってるのに」

「五十万は私達二人のお金です。お爺様は来月からお金を渡さなくていいことになっています」

「ん、んじゃあさ! ゲーム買おう! 欲しいゲーム機があるんだよ!」

「無駄遣いはいけません」

「だって毎月振り込まれるんだろ?」

「はい。その中から輝矢様にお小遣いとして渡す仕組みになっています」

「もしかして二十五万!?」

「五千円です」

「ケチ!! お爺ちゃんはもっとくれたぞ!」

「生活費が必要無くなったので、輝矢様の手元に渡るのは、一般的な額のお小遣いのみで問題ないという判断です」

「余ったお金はどうなるんだよ」

「私とご主人様の子供を育てるお金です♡」

「俺には好きな人がいるんだぞ!! なに考えてるんだ!!」

「万が一結婚相手ができなかったら、必然的に私かと。それに、まだ好きだなんて‥‥‥ふっ」

「なに笑ってんだよ!! 時々本当ムカつく奴だな!! それに絶対嫌だね! 歯磨きするからあっち行ってろ!」

「お手伝いします」

「やめっ!」


詩音は歯ブラシを持って、俺の歯をゴシゴシと磨き始めた。


「仕上げはメイドさーん♡」


あぁ‥‥‥もう好きにさせよう。





あれからお昼まで一緒に宿題をして過ごし、今は二人で駅の外に来ている。


「神奈川県にメイド喫茶なんてあるんですか?」

「なんならここ、横浜市にもあるぞ」

「それじゃ、どうして駅へ?」

「駅からバスに乗る。てか、なんでスーツなんだよ」

「一番しっくりくるので。それに、私はスーツ以外ですと、ジャージと制服しか持っていません」

「だから寝る時は学校のジャージなのか」

「そうです」

「あ、バス来た」


俺達はバスの一番前に座り、横浜の見慣れた景色を見ながら目的のバス停を目指し始めた。


「日本の街並みをこんなにゆっくり見たのは、とても久しぶりです」

「何歳ぶりなんだ?」

「何歳でしたかね。幼稚園ぶりでしょうか。スーツ姿で走るサラリーマン。泣く子供を叱る親に、タクシーで居眠りしている運転手。あまり良い景色じゃありませんね」

「見るところが特殊すぎるんだわ」

「子供が泣かなくて済む日は来るのでしょうか」

「子供は泣くのが仕事なんだよ。泣いて学んでいくんだ」

「泣かないと学べないことなんて、怒られない方法、つまり、悪いことをしても嘘をつけばいいということぐらいです」

「なぁ」

「はい?」

「気分が下がる」

「申し訳ございませんでした」


詩音は親に捨てられて、俺とは見える世界とか考え方が大きく違うんだろうな。あまり責めないでおこう。





十五分程かけて目的のバス停に降り、とりあえず携帯でメイド喫茶の場所を詳しく調べ始めた。


「この近くですか?」

「そのはずなんだけど、ちょっと待ってくれ」

「輝矢様」

「待ってって言っただろ」

「猫カフェがあります」

「今日はメイド喫茶に来たんだ」

「見てください。初回三十分五百円です」

「なんだ? 猫好きなのか?」

「動画で見て、行きたいと思っていました。許可をお願いします」

「まぁ、いいか」

「ありがとうございます」


急遽、猫カフェに行くことになり、急に早歩きになった詩音について行き、俺も初めて猫カフェに足を踏み入れた。


「持ち込みの餌は禁止で、抱っこも禁止ですのでよろしくお願いします」

「はい」

「分かりました」

「それではこちらへどうぞ!」


さっそく、たくさんの猫がいる部屋に案内されて、詩音が正座をすると、ブサカワで毛がモフモフの白猫が近づいてきた。


「ブサイク」

「おい」

「でも可愛いです♡」

「猫好きなのか?」

「いや別に。ウーパールーパー派です」

「普通そこは犬派だろ!」

「ウーパールーパーは手足を切り落としても再生しますし、ウーパールーパー同士で脳を交換しても、自分の脳として役割を果たすんですよ? 犬や猫にできます?」


もうなんか怖いよこの人!!


「ちなみに心臓も再生しますよ」

「すっご。そういえばこの近くに、おっちゃんがやってるウーパールーパーとメダカの専門店があるぞ」

「輝矢様!」

「は、はい」

「許可を!」

「却下」

「何故ですか!」

「今日の目的を忘れるな!」

「お客様、もう少しお静かにお願いします」

「す、すみません。怒られたじゃんかよ」

「輝矢様」

「次はなんだ」

「スーツが毛だらけに」

「あーあ、酷いな。取ってやるから立て」

「ありがとうございます」


詩音の下半身を叩いて毛を落としていると、お尻にも毛が付いているのを見つけ、俺は一瞬躊躇した。


「し、尻は自分でやれ」

「輝矢様のご命令でも、今ここで一応女子高生の私に尻でやれはあんまりかと‥‥‥うぬっ!」 


詩音がまた馬鹿なことを言った瞬間、本気で尻を叩いてやり、詩音は尻を押さえて転げ回り、さっきより大量の毛がついてしまった。


「お客様!!」


ついでに猫カフェを出禁になった。


「追い出されたぞ」

「代金はいいから出禁。得しましたね」

「損だわ!!」

「さぁ行きましょう」

「反省しろよ?」

「メイド喫茶を見つけました」

「あ、うん、行こう」


なんかもう疲れてきた‥‥‥。

 ハプニングがありながらも、やっと目的のメイド喫茶に入ると、俺達を出迎えたのは馴染みのある顔だった。


「おかえりなさいませ♡ お嬢様♡ ご主人様♡」

「どうも、昨日ぶりの桜羽です」

「どうも、鳴海のご主人様になった桐嶋です」

「‥‥‥」


なんで鳴海が居るのー!?!?!?!?可愛い!!メイド服着てる!!


「お、お席にご案内いたします‥‥‥」

「ちょっと待ってください」

「はい‥‥‥」

「輝矢様、鳴海さんのご主人様になったとは、どういうことでしょうか」

「ご主人様って呼ばれたから。てか、メイド喫茶でバイトしてたの!?」

「帰って‥‥‥」

「帰って? それでもメイドですか? それに、輝矢様は私のご主人様です」

「し、詩音? 急にどうした?」


詩音は目を鋭くさせて、明らかに怒っている。


「と、とにかく出て。すぐ私も行くから」

「分かった」


先に二人で外に出ると、詩音は不満そうな顔で俺を見つめた。


「な、なんだよ」

「メイドは一人で充分です」

「まさか嫉妬か?」


そう聞くと、無言で頬を膨らまして、ムスッとした表情をしてしまった。

 それから会話も無く、しばらくして、私服に着替えた鳴海が店を出てきた。


「とにかく店を離れよ」

「ファミレスに入りましょう」

「そうだな」


近くのファミレスに入り、三人でハンバーグとライスを注文し終わってすぐ、鳴海は深々と頭を下げてきた。


「誰にも言わないで」

「バイトしてたこと?」

「そう」

「どうします? 月曜日に校内放送で言いましょうか」

「それだけはやめて!」

「あまり鳴海をいじめるなよ。大丈夫、誰にも言わないから。それより、本当にビックリだよ!」

「毎週土曜日だけのバイトだけどね。ま、まず、どうして私は桜羽さんに睨まれてるの?」

「メイド姿の鳴海を見て嫉妬してるんだろ。詩音はスーツか制服しか持ってないから」

「メイドなのにメイド服着ないの!?」

「輝矢様が全裸の方が喜ぶので」

「‥‥‥」

「引かないで! 見たことないから! お前も嘘つくな」

「実際、裸を見たら喜びことぐらい、鳴海さんだって分かるはずです。鳴海さん、試しに全裸になってみてください」

「無理だよ!」

「やっぱり私の方がメイドとして優秀ですね。輝矢様のご命令なら、服なんてすぐに脱ぎ捨てます」

「下着見られて真っ赤になっ、いててててっ!」


隣に座る詩音に頬を引っ張られ、同時に足をぐりぐりされた。


「輝矢様は調子が悪いようです」

「ご主人様に手を出すとかメイド失格だよ! 大丈夫? なにか冷やすもの持ってこようか?」

「だ、大丈夫」

「けっ」

「詩音」

「はい?」

「鳴海のこと嫌いなのか?」

「はい」

「ハッキリ言われると傷ついちゃうな‥‥‥」

「どうぞ」

「えぇ‥‥‥」

「なんで嫌いなんだよ。優しくていい人じゃん」

「猫かぶってるに違いありません」

「失礼なこと言うな」

「清楚ぶって、絶対裏では大人のオモチャ四本ぐらい持ってますよ」

「マジで!?」

「嫌い!!」

「うっ!!」


鳴海に強烈なビンタをくらい、鳴海は怒って店を出て行ってしまった。


「メイドでも手を出しましたね。やっぱり猫かぶりです」

「なぁ詩音」

「はい」

「正直俺は鳴海を諦めてる。だからさ、いじめないでやってくれよ」

「輝矢様のメイドは誰ですか」

「詩音」

「私だけですか?」

「イエス」

「な、なら、月曜日に鳴海さんに謝ります。輝矢様も、先程はすみませんでした」

「やっぱ嫉妬してただけじゃん」

「だ、だって、輝矢様のためにたくさん勉強して、やっと輝矢様のメイドになれたんですよ?」

「分かった分かった。とりあえずご主人様からの命令だ」

「なんなりと」

「鳴海の分のハンバーグとライスも食え」

「お待たせいたしました! おろしハンバーグ三点と、ライスの中が三点になります!」

「‥‥‥」





詩音は必死に二人分のハンバーグとライスを食べ、店を出てすぐにしゃがみ込んでしまった。


「大丈夫か?」

「ふー、ふー‥‥‥ご主人様との子が産まれます‥‥‥」

「それは大変だ! 産婦人科に行って、産まれると伝えるんだ! きっと苦笑いされながら浣腸されてトイレに連れて行かれるぞ!」

「輝矢様‥‥‥」

「ん?」

「おんぶ‥‥‥」

「苦しくて歩けないのか?」

「はい‥‥‥ウーパールーパーの店へ連れて行ってください‥‥‥」

「行かん。ほら掴まれ」

「‥‥‥」


詩音は俺の肩にしがみつき、俺におんぶされながらすぐに寝てしまった。

 夜は遅くて、朝は俺より早く起きてるし、仕方ないか。


「本当ダメなメイドだな」


そのままバスに乗るわけにもいかず、タクシーで帰っている途中、詩音は怖い夢でも見ているのか、寝ながら涙を流していた。





「おーい、着いたぞ。起きろ」

「んっ、おはよぁございましゅ‥‥‥ここは?」

「家だ」

「す、すみません! 寝てしまっていますだ!」

「マスダ誰?」

「と、とりゃらいずお金をはりゃて!」

「寝起きで舌回ってないぞ」

「運転手しゃん、少しまってくだしゃい‥‥‥今、ご主人しゃまとディープキシュで舌を‥‥‥」

「寝るな!!」

「はっ!」


こんな寝起き悪いのに早起きしてたのかよ。


「払っておくから家に入ってろ。すみません今払います」

「は、はい、ごゆっくり‥‥‥」


なんとかお金を払い終えて家に入ると、詩音は靴を脱ぎながら、また眠ってしまっていた。


「おい」

「‥‥‥顔洗ってきましゅ」


そう言って洗面台に行き、戻ってきた詩音は、いつものシャキッとした表情に戻っていた。


「ご迷惑をおかけしました。ご主人様に迷惑をかける悪いメイドに、お仕置きしてください♡」

「しない」

「ご主人様は優しすぎます。もしかして、お仕置きされたい側の人ですか?」

「は?」

「任せてください。そのタイプのやり方も勉強済みです。普段下の立場のメイドにいじめられる気分はどうですか♡? 今のセリフだけでみなぎってきませんか?」

「こない。てか、怖い夢でも見てたのか?」

「はい、とても怖かったです」

「お化け系?」

「輝矢様に、本当に捨てられる夢を見ました」


それで泣いてたの!?今後突き放し難くなるじゃんかよ!!  


「寂しかったのか?」

「当然です。私の人生の、最大のトラウマのようなものです」

「そ、そうか」

「話は変わりますが、明日は日曜日です。どこかへ行かれますか?」

「そうだな、宿題は終わらせちゃったし、ウーパールーパー‥‥‥買いに行く?」

「よろしいのですか!? ですが、急にどうしたのです!?」

「お人好しスキルが発動してしまった」

「それが発動されるとどうなるのですか? 人が好きすぎて、誰にでも腰を振ってしまうとかですか?」

「なんでそうなるんだよ!! ウーパールーパー買いに行く話と関係ないじゃんかよ!!」

「でも明日はウーパールーパーを買いに行ける! やったー!」

「敬語使わなかったり、そんな風に喜んだりするんだな」

「あっ、申し訳ありません!」


うっわ、顔真っ赤。なにかとすぐに赤くなるな。


「いいよ。なんかその方が好きだし」

「す、好き? メイド式ご主人様専用の穴に、好きという感情を‥‥‥ 」

「穴とか言うな!」

「マンホールだって穴と表現することもあります」

「あえてマンホールをチョイスしたことに悪意を感じるんだが」

「ご主人様の変態♡」

「明日は一日中寝てることにする」

「すーみーまーせーんーでーしーたー!」

「体揺らさないでー!」

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