第5章 崩れ去る均衡(2)

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 ミリアルドは大庭園の木々に紛れて身を潜めていた。

 自分の容姿はこういった隠密行動には実は向いていない。そのままの姿だと、目立ちすぎてしまうのだ。肌は白く、髪は金色に輝いている。そして何よりも自他ともに認める美しい面立ち。

 通常であれば、エルフ族のものがレンジャー密偵活動をするなどということは考えられない。そういう仕事はハーフリングなどの小人族の方が適任だ。

 しかしこの男は、長い修練の末、その技術を身に付けることに成功した。こういう場合、寿命が長い精霊系種族は都合がいい。たっぷりと時間寿命はあるのだから――。

 ミリアルドは、真っ黒な革の全身スーツを身にまとい、これも真っ黒な布製の頭巾で頭部を覆い隠していた。完全に夜陰に溶け込んでいる。

 その状態のまま時が来るのを待っていた。


 視線の先には、“問題の扉”が見えており、その前に衛兵が一人たたずんでいた。ビルだ。

 もうすぐ、0時になるだろう。

 果たして、通路の先からその扉へ向かっている二つの人影が見えた。来た――、リチャードとラウールだ。

 やがてその二つの影は扉の前まで到達し、ビルに二言三言言葉をかけると、その扉の中へと消えていった。

 

 ――それから15分ぐらい経ったろうか。リチャード所長ラウール副所長の通過を確認した後のビルは、この15分の間ずっとそわそわと落ち着かない様子であったが、やがて、周りを2度3度用心深く見渡すと、扉の前からさらに庭園の奥へと歩き始めた。

 目的の場所はわかっている。俺が指示したのだから――。ビルにはこれから人生最大の一大イベントが待っているのだ。おそらくあの醜い容姿のビルにとってはこの先どうあがいても手に入らないであろう、美しい女ケイとの情事が待っている。

 ケイは本当によくやってくれた、人族の女というのは、結構男を求める欲求が強いものなのだが、やはり、寿命が我々精霊系種族よりはるかに短いことがその原因なのであろうか。エルフ族などは男女の交わりなど数十年の間に一人か二人というのが平均的なものである。実に人族の平均と比べると十分の一にも満たない。人族の傾向としては、1年に2~3人というものもいるくらいだ。

 ケイにとっては、俺もその一人になるに過ぎない。ケイには悪いが、今日限りでこの国ともおさらばだ。もう彼女と会うこともあるまい。

 せめてもの償いに、郊外の私の屋敷を譲るということを置き手紙しておいた。彼女がどう逆立ちしても手に入れることはできないほどの豪邸だ。報酬としては充分だろう。

 やがてビルが視界から消えると、ミリアルドは行動を開始した。


――――――


 扉の中はどこにでもある洋館の通路になっていた。通路は先へと伸びている。

 用心深く物音を立てないように先へと進むと、通路の突き当りに地下へと向かう階段があった。どうやら螺旋状に地下へと続いているようだ。ミリアルドはゆっくりとその階段を下りて行った。


 どのぐらい下っただろうか。螺旋状の階段はぐるぐると降りていく形状の為、どのぐらいの距離下ったのかがわからなくなるのが欠点だ。しかしもう5分以上は下ったと思われる。結構深いな――、そう思った時だった。通路の先の地下からかすかにギン――、カン――、とがぶつかり合うような音が聞こえ始めた。


 そしてやがて音は大きくなり、はっきりとした金属音だと確認できるぐらいになったとき、両開きの大きな扉が現れた。らせん階段はその手前で終わっており、少し通路を進んだ先に、その扉は佇んでいた。


 ミリアルドは素早くその扉へ向かうと、ゆっくりと扉を押し開けて中の様子を伺った。少しだけ開いたその扉の隙間から見えたのは、広大な空洞、そしてその空洞は煌々と真っ赤な明かりが満ちている。

 「ギン――! ガン――!」と連続して繰り返される金属の衝撃音、「ガコン、ガコン――」という金属製装置が動作時に鳴らす音が、その空洞中に響き渡っている。


(ここは――)

ミリアルドはその空洞中に所狭しと並べられている数々の装置と、そこかしこに並べられた黒い板、そして――、

(あれは、剣? あっちは鎧か――)


 そして最後に、いつも見慣れているあの「黒い鉱石黒鱗石」がつぎつぎと真っ赤に輝く炉のなかへ放り込まれてゆく様子が確認できた。

 

(これは、すごい――)

とてつもない規模である。

 ミリアルドはこれまでにも、いろいろな国の武器工房というものを、その任務の中で見てきたが、ここまでの規模は見たことがない。


 扉の前は少し高台のテラスになっていて、左手に工房へと下ってゆく階段が続いていた。

 周囲には誰も人影は見えない。

 下の工房に並んでいる装置の傍らに、それぞれ数名のドワーフが就いていて、装置の操作を行っているようだ。

 そして、先ほど見えた剣と鎧が置いてあるあたりでは、ドワーフの鍛冶工が数名配置されており、ガンガンと真っ黒な合金をたたいて整形していた。


  

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