第4章 神の思惑(5)

 聖竜が素粒子を目一杯吸収した先に何が起きるのか――?


 これについては、実のところ、当の聖竜しか知らない事実であり、人類はまだその状況に遭遇したことが無いため、知りえない事実であった。


 例えば、お腹一杯に食事をした人間や動物ならどうなるか――?

 通常はしばらくの間、動くことが億劫おっくうになったり、活動をやめて睡眠をとったり、はたまた、消化が間に合わず吐き出してしまったりなど、いずれにしても活動を抑制する方向に体調は傾く。

 聖竜も生命体なのかはさておき、通常の容姿は「生物」のような形態をとっており、人型で現れることもあるため、「人間」と同じような生理現象を想起させるのも難しくない。

 そうすれば、必要以上に吸収してしまった後は、やはり、活動を休止するのではないだろうか――?


 そのように疑心暗鬼に陥らせるのがゲラートの思惑であり、女王自身はそれを見抜いたが、国王カエサルの反応はゲラートに伝わってしまった。

 こうなれば、ここで「知らぬ」と自身が宣言するのは、相手に主導権を奪う機会を与える格好のえさとなってしまう。

 それだけは、避けねばならない。

 そう考えた女王ロザリアは、あえて「知っている」と答えたのである。

 これで、相手が知らぬ場合は、と思わせることができるであろうし、知っていたとしても、主導権を奪われることは避けれる。

 苦しいが、これがギリギリのラインだ。


 そして、その様な「事実」など存在しない。

 つまりは、ゲラートのである。

 

 そしてこの一連の流れを、面白げに観察しているものがあった――。


 青氷竜アクエリアス――、ゲインズカーリ王国の契約竜、そのものである。


(やはり、人類とは面白き存在であるな――。そのもろ体躯たいくと弱き腕力でありながら、懸命に知恵を絞って互いの思惑を戦わせながら、生きている。これまでに、この地上に存在してきた生物とは明らかに異なる。知恵と文明――。人類が創造したものはいつか我らを超えるやもしれぬな――)


 素粒子の形で漂いながら、そのように思案しつつ、彼らのやり取りを黙って眺めていた。



――――――――



 その後、会談はある程度の形で折り合いがついた。


 ゲラートの言う、「我が国王メイシュトリンドの覚悟」というものがはっきりとした形でゲインズカーリへ伝わったのが決定打となった。

 会談の途中で、カエサルとロザリアに急使が入ったのである。

 ゲラートはその内容を把握していた。「漆黒の軍勢メイシュトリンドの黒い悪魔」が国境付近に待機しているという知らせであろう。

 キリング将軍は素晴らしい仕事を絶妙なタイミングで到着してくれた。使いの者シエロもよく働いてくれたようで、何よりだ。あとでなにか褒美をやらないとな――などと考えていたが、カエサルの言葉で我に返る。


「メイシュトリンドと友好関係というのは具体的にはどういうものだ――。あの漆黒の武具を提供するとでもいうつもりか」

カエサルがゲラートに問いただす。


「国王陛下、さすがにそれは難しいところですな。我らにとってもが生命線でありますゆえ――。しかしながら、もし仮にゲインズカーリに脅威が及ぶことある時は、メイシュトリンドはゲインズカーリの矛盾ほこたてとなり、必ずやお救い申し上げる所存です」

ゲラートはさらに続ける。

「聞けば昨今、南のヌイレイリア半島沖において、南のレダリメガルダと領有権をめぐって、小競り合いが頻発しているとのこと。我らがゲインズカーリと友好関係を結んだということは、レダリメガルダに対して大いなる圧力となるでしょう」


 ここらあたりが手打ちということになった。


 女王ロザリアは、「しばしの間は国家産業の繁栄と国力の増強に努めるつもりで、そもそも、戦争など起こすつもりなど毛頭ないわ。何をそれほどまでに憂いておるのか」としたうえで、「――であるが、今回の申し出は我らにとっても利益の方が大きいと言えよう――」ということで、会談は終結した。



――――――――



――半日後、二人は国境関門宿舎に戻ってきていた。


「今回俺は出る幕なしだったな――。それにしても、聖竜の話、リチャードがそんなこと言ってたなんて聞いてないぜ?」

フューリアスは、エールのジョッキを片手にぐいっと一飲みした。


「ああ、あれはだよ」

ゲラートは事も無げに答えた。


「やはりな――。そんなことだろうとは思ったが、あのあたりで少し部屋の温度が下がったように感じた。あれは、もしかして――」


「ああ、俺も感じた。おそらく聞いていたのだろう、青氷竜アクエリアス聖竜さまが、な」


「しかし、なにも口を挟んでこなかったのはなぜだ?」


「それは俺にもわからぬ。しかし、彼らはそもそも人類には無関心な存在だ。我らが彼らのことを当て推量したとして、それに対して、正か否か明らかにする必要などない、という事なのだろう」

そう言って、ゲラートもエールジョッキに口をつけた。


「さて、これであの女傑ロザリア女王が黙ってくれればいいのだが……。まあ、そうもいくまいな――」

ゲラートは、今回の強引な交渉のツケが回ってこないことを祈るばかりだった。

 



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