第4章 神の思惑(3)

3

 シエロはキリルドの町にいた。

 フューリアス将軍からの直々の命令で、国境警備隊の巡視を終え、キリルドの復興支援隊の巡視を始めて約1週間経っていた。


 ここに来たのはクルシュ川危機以来初めてとなる。

 あの日の情景はまだ脳裏に焼き付いているが、キリルドの町はその時のことがまるで夢であったかのような復興ぶりを見せていた。さすがに、「夢」とは言い過ぎだろうが、人間の力というものはなかなかに侮れないものだと感心した。


 自分の故郷はその後どうなったのだろうか――。


 ふと、その様なことが頭をよぎったが、いまさらそこに戻りたいとも思わない。戻ったところで、そこにはのだから。


 僕はもう、エリン村のシエロではない。シエロ・クインスメア子爵公子なのだ。

 いつまでも、郷愁に引きずられている場合ではない。将来的には父の家督を継ぎ、拾ってくれたこの国の役に立てる人材とならねばならない。


 シエロはそのように思案し、頭をよぎった想いを振り払った。


 町中には活気が戻りつつある。確かに国境関門は目と鼻の先であり、そこは変わらずにある現実ではあるが、さすがにあの大敗の後、ゲインズカーリが即刻再侵攻をするとは思えない。いずれにしても、しばらくの間は戦闘も起きないだろうし、国交が正常化すればまた、交易も始まって元の活気を取り戻すであろう。


 そんなことを考えていた時だった。


 復興支援隊の兵士1人がシエロの方に向かってきて、

「クインスメア少尉、隊長がお呼びです。即刻、支援隊本部までお越しください」

と告げた。


 シエロは、わかったと短く返答し、馬の口を本部の方へ向け走らせた。



 本部へ到着し、扉を開けて、支援隊隊長執務室へと向かう。本部の中は何やらあわただしい様子だ。皆がざわついている様子が感じ取れる。


 隊長執務室の扉を軽くノックすると、中から中年の男の返事があった。

「はいれ――」


 シエロは、居住まいを正し、扉を開け口上を述べる。

「シエロ・クインスメア少尉、お呼びとありただ今参りました」


「ああ、シエロ。待っていた。巡視の方はどうだ? この町の復興の速度に驚いているだろう?」

そう言って、さわやかな笑顔を投げかけてくる。


「ギーンズメイリヒ隊長、お気遣いありがとうございます。おかげさまでいろいろなことを見学させていただき、とても勉強になっております」

シエロは、やや表情を和らげてそう答えた。


「まあそんなに固くならなくていい。お前の義父ちちとは古い付き合いだ。フューリアスもな。そいつらが俺のところに送ってきたんだ、つまりはお前のことをよろしく頼むってことだろうさ。若いうちに色々なものを目にするのはいい勉強になる。

あ、いや、説教じみてしまったな、いかんいかん――」

そう言って頭を掻いた。

 この男、マイク・ギーンズメイリヒ大佐は、戦後復興のエキスパートとされている。出自は実は大工だったらしいとのうわさもあるほど、建築に対する専門的な知識とその管理技術の高さを持っている。

「ああ――。呼んだのはほかでもない。お前の義父ちちが近くに来ている。フューリアスも一緒だ」


「え? 父上が、将軍と一緒に?」

シエロはややいぶかしがった。

 シエロが知る限り義父ちちが王都を離れるなど聞いたことがないのだ。


「ああ、そうだ。つまりは、ちょっとややこしいってことだな――。で、だ。東からキリング将軍が兵5000を率いてこちらへ向かっている。そなたは即刻、キリング将軍に合流せよと、フューリアスからの辞令が届いた――。残念だが旅行はここまでだ、シエロ。すぐに出立の準備をして、東へ向かえ」


 シエロは、まさかまた戦争になるのかと驚き、ギーンズメイリヒ大佐の目を見返した。


「大丈夫だ、シエロ。あいつらが来てるんだ、すぐに戦争にはならんさ――」

大佐はそう言って、軟らかな笑みを返してきた。



 数時間後――

 キリルドの町を出て東へ向けて馬を走らせていたシエロの右前方に、「漆黒の軍勢」の影が目に入った。


 あの時よりは少ないが、あの黒い軍勢の圧倒的な威圧感はむしろあの日よりも増しているのではないかと思えた。


 シエロは馬の口をそちらへ向けると、先頭に見える髭の老将に向かって、駈足かけあしで馬を走らせた。

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