第3章 第五の脅威(3)

3

「どうぞ。お入りください」

ゲラートは居住まいを正し、そう言った。


 扉を開けて入ってきたリチャードは部屋を見渡すと、

「ああ、将軍もおいででしたか、これはお邪魔致します。ところで、クインスメア公、此度こたびの縁談おめでとうございます、これでご後継の件はご安心であられますな」

そう切り出した。

「謁見の間にてご子息を拝し、是非お近づきになりたいと思いまして参上仕りました。なんとも、見込みのある若人わこうどであらせられますな。将来が楽しみでございます。近々、私の屋敷にお招きいたしたいと思いますが、その様にお伝えいただけませぬでしょうか」


「これはこれは、ご厚情いたみいる。されど、シエロはまだ若く、軍にもお仕えしている身、まずはフューリアス将軍のお許しをもらわねば――」

そう言って友に振る。


「やつには、このあと国境警備隊の巡視と、キリルド復興支援隊の巡視を命じようと思っていたところだ。しばらくは時間が作れまい。戻ったらゆっくりと改めてということでよいか」

フューリアスがそう答える。


「左様でございますか、なれば致し方ありませぬな。しばし待つといたしましょう。またいずれお誘い申し上げますゆえ、是非にとお伝えくださいませ。今日はこれにて失礼仕る」

リチャードは涼しい顔でそう返し、執務室を出て行った。


 休憩室からシエロが戻って、

「今の方は、マグリノフ様でいらっしゃいますね。私とは面識は全くございません。何の御用なのでしょう」

怪訝な顔で二人の方を見る。


「――――。シエロよ、お前に話さねばならぬことがある。だが、これは確証ではない。あくまでも、可能性の話だ」

いつにもまして真剣な面持ちでゲラートは息子シエロに話を切り出した。


――――


「つまりは、僕がその“光の顕現”だと? まさか、そんなことはないでしょう。見ての通りただの子供ですよ」

そう言って、笑って見せた。


「ああ、おまえに特に変わったところは見えない。普通の人間と何も変わらない。ただ、聖竜の晩餐の唯一の生き残りであることは間違いのない事実なのだ。その事実がある以上、リチャードの探している“もの”というように思われても致し方ないのだよ」

ゲラートは表情を崩さずにそう言った。


「とにかくだ。軍にいる限りは俺がなんだかんだと理由をつけて、できる限りリチャードとの接触を阻むが、もし遭遇しても、ゲラートの昔の恋人の子という名目は貫いておくほうが良いということだ」

フューリアスがそう念を押した。


 シエロは、わかりましたそのようにいたします、と返事をした。


――――


 リチャードは、思案していた。

 あの青年が纏っていたのは間違いなく“光の素粒子”だった。それも、明らかに高密度のものだ。あれほどの高密度の“光の素粒子”はこれまでに見たことがない。


 あの青年はどこから連れてきたのか。

 噂によると、ゲラートが若かりし頃恋仲になった女性が、戦争で夫を亡くし、ついで、若くしてその女性も病気で亡くなったため、その子を引き取ったという事であったが――。


「そう言えば、あの子がゲラートのところに来た時期はいつだったか……」

少し調べてみるほうがよさそうだ、と考えていた。


――――


 ミリアルド・トゥーイットが、リチャードのもとへやってきたのは半年以上前、「クルシュ川危機」の少し後だった。

 このエルフ族の青年は、黒鱗石輸送の新任担当官として着任していた。

 とても気の利く若者で、年齢の割に仕事の能力や経験が高い有能な男だとリチャードは歓迎していた。

 実際、彼が来てからというもの、黒鱗石の輸送は滞ることがなくなり、研究や製造に遅滞が出なくなっている。


 この大量の黒鱗石をいったい何に使っているのか、ウィアトリクセン本国はこれまで気にも留めていなかった。光を通さないこの鉱石は宝石としての価値はほぼない。光を反射せず、煌めかないのだ。光らない石はこの世界では無価値であった。

 ドワーフの鍛冶工、ラウール・モルテはこの鉱石を使って新しい室内装飾や調度品の試作をしているという名目で、ウィアトリクセンから黒鱗石を仕入れていたのだ。

 リチャード・マグリノフからこの鉱石の話を聞いたラウールが、ウィアトリクセンに依頼したという筋書きだった。

 何の価値もない鉱石が売れると分かったウィアトリクセンは歓喜し、二つ返事で採集と輸送を許可し、今では大いに利益を上げることができている。

 

「しかし、ラウール殿。黒鱗石の調度品や室内装飾というのはなんとも落ち着いたものでございますな。この光を通さない黒鱗石ゆえに出せるといいますか――」

ミリアルド・トゥーイットは今いる工房を見渡しながら、さりげなく聞いてきた。


「ん? ああ――。黒鱗石製の装飾や調度品は派手さがない分、このように少し落ち着いた雰囲気をだせるからなぁ――」

そう言って、工房の壁や調度品の試作などをみまわしながら、

「――まあ、これはこれでなかなかに画期的なんで、煌びやかな装飾に飽きてしまっていた貴族様方からは物珍しさもあって結構好評なんだよ」

と、ラウールが応じる。


「たしかに、質素、いえ、落ち着きがある、というか――」

ミリアルドは適当に合わせておきながら、

(こんなものが貴族たちに人気なわけがない。何か隠してやがる――。リチャードもよく行方をくらましやがるからな。早く突き止めてアリソン様へ報告しないと、俺の評価にかかわる――)

心うちではそのように考えていた。


 半面、ラウールはそろそろ限界だなと察していた――。


 

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