第2章 歪んだ均衡(7)

7

 後方で待機していた、ゲインズカーリ国王カエサル・バルは狼狽した。

 元は軍人であるこの勇猛な王は、これまでにも数々の戦場を経験してきていたが、さすがにこの状況下で敗北することになろうとは考えていなかった。

 軍人あがりゆえの先読みが、全く予期していなかった敵の援軍の強力さに前線を崩壊させられれば、狼狽うろたえるのも無理はない。


 さすがに、この状況で前進する無謀は行わなかったのが、せめてもの救いとなった。一目散に逃げると同時に各部署へ通達を送り、全軍ただちに退却の指示を出した。

 

 ゲインズカーリ軍は厳しい追撃を受けながら、国境まで退却するほかなかった。国境を越えて生還できた兵は、3000にも満たなかったという。実に1万以上の兵を失った計算になる。


 国境を越えて兵を立て直したところで、メイシュトリンド王国軍は越境して追撃はしなかったため、カエサル・バルはそのまま王都まで退却した。


――――


 その状況が世界中に知れ渡るまでにそれほど時間はかからなかった。


 各国は、「メイシュトリンドの黒い悪魔」と呼び、これを心底恐れた。そのとてつもない武具の性能は瞬く間に知れ渡り、他の3つの『保有国プレッジャー』はすぐさま、この状況の詳細を調査すべく、メイシュトリンドに諜報員を忍ばせることになる。


 また、当のメイシュトリンド王国国王カールスはと言えば、直ちに専守防衛を宣言し、これ以上、他国への干渉および侵攻の意はないことを表明した。

 さらに、ゲインズカーリ王国に対し今回の侵攻に対する賠償金を要求した。


 さすがに、ゲインズカーリ王国側としてはこれを跳ね付け、『保有国プレッジャー』としての面子メンツをかろうじて保ったが、失った兵力を回復させるにはそれ相応の時間と資金がかかるだろう。


 形ばかりの援軍を行軍させていたヒューデラハイドも、行軍を中止し、軍をもどし、先行していた補給物資は、戦勝祝いと戦場見舞いとしてメイシュトリンドへそのまま献上した。さすがに一度発した物資を引き上げるわけにもいくまい。


 南方のレダリメガルダ帝国は、報告を受け、やれやれといった感じであった。それとともに、今回の戦勝の決定的な要因である、「漆黒の武具」について非常な興味を持った。我が国もそれがあれば、他の3大国に比肩できる可能性がある、と詳細を調べるようにと指示を発した。


 西方のウィアトリクセン共和国は複雑だった。

 裏で糸を引いていたのはこの国であったが、その結果には大いに驚愕した。そこまであっけなく、ゲインズカーリが敗北するとは考えてもいなかったのだ。

 もとはと言えば、自国の鉱物をリチャード・マグリノフ国を捨てて出て行ったものが集めているとの情報から、何か陰謀があるとの「確証のない憶測つくりばなし」を吹き込んで、一泡吹かせてやろう、結果、こちらへの侵攻が遠のけばそれでよいという程度の考えだったのだ。

 こんなに早く決するのは予想外でもあり、東が苦しくなった分、逆にこの損害を補うべく、矛先が西こちらに向く可能性が高くなったともいえるのだ。

 早急に対策を講じる必要が出てきた。


 あと最後に、ゲインズカーリ王国が今回の敗戦の対価として、聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジを発動し、聖竜を差し向けるのではないかとの見方もあったが、さすがにこれを選ぶことはなかった。

 これに関しては、ゲインズカーリ王女の意向が大きく働いたといわれている。


 かくして、のちに「クルシュ川危機」と呼ばれる戦闘は終結した。


 「メイシュトリンドの黒い悪魔」がこれまでの「聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジ」に対抗しうる戦力となるのか、各国はその動向から目が離せなくなった。


 これ以降、世界は「歪んだ均衡」の時代に入ることになる。



――――第2章 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る