第1章 英知の結実(8)

8

 聖竜暦1243年9の月1の日――

――――『非保有国ノンプレッジャー』メイシュトリンド王国王城謁見の間。


 王は玉座に座し、一人のエルフ族の男と対峙していた。

 王の傍らには執政ゲラートも控えている。


 世界を導くもの・リチャード・マグリノフは、王に進言していた。

「カールス王陛下。先日南の『保有国』ヒューデラハイド王国にて、3年ぶりの「聖竜の晩餐」が起きたとか。そこで一つ進言したきことがあります。私が発見した『光』の素粒子は、これまで、四聖竜からの干渉を受けてきてはいない新たな素粒子であると推察されます。然るに、四聖竜はこの素粒子に対して、干渉できないなんらかの理由があると考えられるのです。もしかしたら、何かしらその痕跡を発見できるやもしれません。現地へ使いをやって調査をされてはいかがかと」


 王はやや訝しげに、

「ヒューデラハイドと我が国とは友好関係にあるため、国境を越えて交易もしておる。確かに、誰かをったとしても特に問題は起きないであろうが……。いったい何を探せと言うのか、なんらかのがなければ探しようもないと思うのだが、いかに」


「そうですな……。と言われれば難しいところなのですが、聖竜の晩餐から逃れ得たもの、という表現が一番しっくりくるところかと。例えばですが、焼け残ったものとか、被害にあわなかった場所とか、生き残った生命体とか……」

リチャードは、とにかくそういった四聖竜が感知できなかったものを探せと言っているようだ。


「陛下。そういう仕事にうってつけのものに心当たりがあります。私の方で手配させていただいてもよろしいでしょうか」

執政ゲラートは、王のやや乗り気でない様子を察し、こちらに任されよという意で進言した。


「おお、それは頼もしいな。では、お前に任せるとしよう。よろしく頼む」

カールス王は、その意を察し即答した。


――――――


「――というわけなのだ、ヒューデルハイドまで調査に行ってきてはくれまいか?」

執政ゲラートは自分の執務室で一人の男と面談していた。年齢は、ゲラートと同年代、30前といったところか。両腰に一振りずつの剣を帯びている。


「ふむ。何かわからぬが、聖竜の晩餐を逃れ得たものを探せと、そういうことか?」

フューリアス・ネイはそう返した。


「ああ、そういうことだ。とはいえ、なにかを発見できることの方が望み薄だ。これまでに聖竜の晩餐において何かが残った記録などほぼ皆無なのだからな」

ゲラートは両手の手のひらを上にして左右に開いて肩をすくめて見せた。


「つまりは、一応、というやつだな。まあ、いいさ。ちょっとした旅行気分で行ってくる。焼かれた村を見るというのは、やや気分が削がれるが、道中楽しみながらぼちぼちでいいというなら、だが?」

フューリアスは唇の端を少し上げて答えた。


「それでよい。取り敢えず行って来たという記録が残ればよいのだ。よろしく頼む」

ゲラートは応接机の上に手のひら大の麻袋をひとつ置いた。ジャラリと音がする。今回の旅費に充てろと言うことであろう。


 フューリアスはをつかみ懐に入れると、執務室をあとにした。


――――――


 フューリアスは早速旅立ち、まずは国境近くのヒューデラハイド王国領商業都市レノアに向かった。

 レノアはヒューデラハイドとメイシュトリンドの国交の要衝でもある商業都市だ。そういう街にはおのずと情報も集まる。そこまで行けば、聖竜の晩餐に見舞われた村の情報も手に入るだろう。

 ゆっくりと馬で駆ければ2日ほどでレノアに入れる。


 而して、2日後にはレノアに到着し、エリン村の情報を得た。

 あの酒場の主人、ノイマンと言ったか、帰りにまた寄ってみるかとも思いつつ、レノアを出て南東へと馬の首を向けてゆるりと進んでいた。

 道中は、ノイマンの言う通り街道が整備されており、一本道であるが故、迷うことはなかったし、荷馬車を引いた商人風情のものと頻繁に遭遇した。

 レノアを出たその日の日が傾き始めたころ、遠目に村の影を確認できた。あれが中継村のケリブだろう。


 ケリブの様子はやや騒然としていた。やはりすぐ隣の村が焼かれたと聞けば落ち着かないのも理解ができる。耳を澄まして村人の世間話に聞き耳を立てると、やはりエリン村の惨状についてひそひそと話している様子であった。

 ケリブは街道の宿場村ということもあり、それなりに栄えている村だ。一応の宿泊施設もあるようで、フューリアスも宿屋の看板を発見し、そこに宿をとることにした。

 際立ってこれという名産もないこの村では、特に目新しい情報は得られなかった。エリンまではさらに南東へ半日というところだということを確認し、明朝早く発つことにしてその日は夕食後すぐ寝床に入った。


 翌朝早くにケリブを出て、エリン村を目指す。

 日が高く上がり始めたころ一旦馬を街道脇の樫の木に留め置き、休息をとることにした。朝出てくる前に宿屋で調達したパンと葡萄酒を馬の鞍にかけているポーチから取り出し、樫の木の根元に腰を下ろして、がぶりとパンにかじりついた。

 たいして味わいもなく、ただ小麦を練って焼いただけのパンにやや辟易しつつ、葡萄酒で喉の奥へと流し込む。

 街道を通る人影は朝から見ていない。この先にあるエリン村へ行くものも、そこから来るものももういないからだろう。

 東から吹いてくる風が心なしか焦げ臭く感じるのは、感傷だろうかとも思いつつ、馬の首をとってさらに進む。


 果たして、そのもそうではないと思えるほど確かな焦げ臭さを感じるようになったあたりで、明らかに異様な雰囲気を感じる場所を発見した。

 

 あれが、焼けた村――エリン村であろう。

 

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