第1章 英知の結実(6)

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 ここまで話を進めておきながら、筆者は一つ大事なことを飛ばしていたことに気付く。

 書いていたつもりで書いていなかったのだ。いや、これまでそれを書く機会がなかったという方が正しい。


 「世を導くもの、リチャード・マグリノフ」――

 彼は、実は人間ではない。

 いや、そもそもこの世界の人類というのは、人間のみではないのだ。

 物語の始まりからそこは意識して書いてきており、「人間」とせず、「人類」としてきている。

 人類にも様々な種族が存在しているということを、暗に匂わせてはいたつもりだったのだが、はっきりと明言していなかった。

 と、ともに、これまでの登場人物の大半が「人間(=人族)」だったからである。

 

 ここで、はっきりと人間と違う種族が登場することになって、はたと気付いてしまった……。

 ああ、やらかした――と。

 どうかご容赦願いたい。


 リチャード・マグリノフ、彼はエルフ族である。

 

 エルフ族は人族と容姿は似ているが、肌が白く、髪は銀髪か金髪のものがおおい。人族より成長が早いわりに、寿命が長く、その長い寿命を生かし、世界のことわりに関する研究に長けており、知識も豊富で聡明な頭脳を持つ。ただ、その反面、人族よりものごとに対する執着が薄いきらいがある。

 現在、発見及び認識されている亜人種族はほかにもいくつかあり、ドワーフ族、獣人族、小人族それからそれらのハーフ混血もすでに少ないが存在している。


 西に位置する、4つめの『保有国』・ウィアトリクセン共和国はまさにこの亜人種族の国である。

 他の3つが人族の王国であるのに対し、亜人種族の国が一つしかないのは、簡単な理由によるものだ。

 それは、「好戦性」。

 人族のそれは、他の種族を圧倒的に上回っており、長い戦乱の中で台頭してきた結果、4つの『保有国』のうち3つが人族の王国という状況が生まれたのだ。

 それまで各地に点々としていたいわゆる亜人種族たちは西の地で結集し一つの王国を作り上げた。かろうじて人族と渡り合う勢力として残っていたのである。

 そこへ、降って湧いたような理論「竜抑止力理論」と、四聖竜との契約の実現にこの国もいち早く動き出した国の一つだったのである。

 結果、見事、ドラゴンズ・プレッジ聖竜との契約を実現させ、ひとまず人族と渡り合える力を手に入れたというところであった。

 

 話を戻す。今は、リチャード・マグリノフのことだ。

 彼は戦乱で混沌とする世界の安寧を願った思想家であった。

 彼の理論はもう既に紹介している「竜抑止力理論ドラゴニック・デタランス・セオリー」だ。

 この世に原初から存在する聖竜の力を借りて、互いにこの力を持つ国が現れれば、お互いにその圧倒的な力を後ろ盾として、結果、戦争を控えるように働くという考え方だった。

 そのような世界情勢になれば、もし仮に世界大戦にでもなればこの世界そのものが滅びてしまう結果に直結するからである。

 実際に聖竜と契約が可能なのかは、半信半疑の国家が多かったのだが、このままではいずれ人族に追いやられかねない亜人種族たちの国、ウィアトリクセン共和国はわらにもすがる思いでこれの実現に全力で奔走した。

 そうしてその結果、四聖竜の1柱ひとはしらである、風の素粒子の顕現たる黒雷竜こくらいりゅうケラヴナシスとの契約に成功した。

 この契約にこの竜が応じた理由は定かではない。

 ともあれ、人類の一つの勢力と、聖竜とのはじめての契約が締結された。

 これをいち早くキャッチした3つの国があった、それとともに、残った3聖竜も契約相手を探していたのである。

 結果的に、現在の4つの『保有国』が生まれ、それぞれの『保有国』は周辺の小国をあるいは取り込み、あるいは滅ぼし、そしてあるいは「緩衝地」として友好国の同盟を結ばせた。

 これが現在の「この世界」である。


 そのリチャード・マグリノフは、自身の理論が証明されたことで、一躍注目を集めることになり、各国から参謀や顧問など、要は「客人」として請われたのだが、これに対して彼は一切興味を示さず、姿をくらました。


 それから数年後、その彼がメイシュトリンド王国に現れたのである。

 彼は、メイシュトリンド王国国王カールス・デ・メイシュに謁見し、二つのことを述べた。


 一つ目は、「竜抑止力理論ドラゴニック・デタランス・セオリー」は間違っていた、ということだった。

 そして二つ目がさらに重要なことだった。

 

 二つ目は――――、


『四聖竜を駆逐しなければ真の安寧は訪れない。そしてそれを可能ならしめるのはこの国だけである』


というのだ。

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