袴をはいた魔女とビードロを吹く青年

はーこ

第1話 雨垂れの夜

 ぱらん、ぱらん。

 真っ赤な和傘に、水のつぶがぶつかって、はじけます。

 

「さわるなよッ!!」


 雨のふりしきる、ある夜のことです。

 ひとけのない路地裏で、魔女は、男の子をひろいました。


「ぼくはどこにもいかない! だれも、しんじたりなんか……っ!」


 男の子はがむしゃらになって叫び、あばれています。

 からだがぬれてご機嫌ななめな、子猫のようです。


 ざぁざぁと泣きやまない、真っ黒な空のもと。

 魔女はわらいます。


「さぁて。この子、どうしてやろうかしら」


 くるりと和傘がまわって、蛇の目がうずを巻きます。

 極悪非道なおこないが、幕をあげようとしていました。




 なんて魔女が余裕でいられたのも、はじめの数日だけ。


「おはよう、魔女さん。ごはんできてるよ」

「今日はどこへ行くんだっけ? 僕もついてっていいでしょ?」

「魔女さんってば、きいてる? ねぇ」

「ねぇねぇ、ねーえ」


 ──しくじったわ。


 人間がこんなにはやく成長するだなんて。すっかりサッパリわすれていました。

 青年となった男の子が、猫のようにしなやかなからだを近づけてきます。


「だめだよ、魔女さん」

「僕をひろったのは、あなたなんだから」

「最後までちゃんとお世話して……ね?」


 頬ずりをするさまは、甘える黒猫のよう。


 ──しくじった……やらかしたわ。


 もう何度目かもわからないため息をついて、魔女は頭をかかえます。

 彼女が、ひとつだけ失敗をしたとするなら。 

 それは、この日本国へやってきたことでしょう。

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