第2話

【電話で話ができませんか?】

 だから、剛からそう持ちかけられた時も、素直に【待機状態】で剛からのコールを待つことができたのだった。

『はじめまして、剛です』

「はじめまして、ミハルです。電話、ありがとうございます」

『メールでたくさん話してたから、はじめてって感じはしないね』

「うふふ、そうですね」

 初めての電話はそんな会話から始まった。

『サイトは、長いの?』

「そんなに長くはないですよ、まだまだ初心者です」

『そうは見えないな、それに、大人っぽいね』

「お褒めいただきありがとうございます」

 多少、大人っぽいメイクでサイトにアクセスしているからか、そういうことはよく言われた。だから、悪い気はしなかった。

 しばらく普通の会話で盛り上がったあと、剛の口調が一瞬、変わった。

『さて』

 スイッチが入った、と、瞳はサイト上の経験で思った。

 剛と電話で会話するのははじめてだったが、【そういう】雰囲気になったというのは瞬時にわかった。

『服、まくってみて?』

「……はい」

 それからは剛の指示に従うだけだった。

 通常、突然にそういう指示をしてくる電話の相手だと、瞳は【している】ふりをして喘ぐ真似だけをする、ということがよくあった。十中八九相手はその真似に騙されてくれるので、瞳としては喘ぐ演技だけがうまくなっていっているような気がしていた。

 しかし、剛相手では違った。

 声のトーンに導かれるかのように、服を脱ぎ、触れて、気持ちよくなって――――

「イき……そう……」

『イっていいよ。ミハルがイくの、ずっと聞いててあげる』

「あっ、ああっ、イくっ」

 いつの間にか呼び捨てまでされて、剛の指示通り瞳はひとり、のぼりつめてしまった。

『イったね』

 瞳にはその声がとても冷たく聞こえたが、それすらも気持ちよかった。

「すみません……」

『とても可愛かった。よかったよ』

 電話の向こうで微笑みの音が聞こえる気がした。

 このひとには逆らえない魅力がある、と瞳は思った。



 それから、瞳の電話の相手はめっきり剛になった。

 剛は瞳がサイトをやっている目的が生活費のためだと知ってなお、自分の連絡先を直接に教えようとはしなかった。

 それが瞳にはだんだんと魅かれる要素になった。

 普通、サイトに料金を払い続けることのわずらわしさと懐具合から、直接に連絡を取りたがる男性は多かった。それが女性側の【小遣い稼ぎ】だと知ればより一層のことだった。が、ここまで徹底しているのは彼くらいのものだったのだ。

「いいんですか、直接連絡をとらなくて?」

 そう聞いたこともある。

『サイトでの付き合いはサイトでの付き合いだからね。俺は、そこは切り分けたいと思ってるんだ』

 どんなに望んでも、リアルにはなりえないということか――そう思って、瞳は、いつの間にか剛と会いたいと望んでいることに気がついた。

 だが会うのはご法度だ、瞳にサイトを教えてくれた友人は会っていると言っていたけれど――瞳は剛に会いたいと言うのを必死にこらえていた。

『ただ、もし会うなら、ミハルだけだと思ってる』

「!」

 剛からそういう発言を聞くのは初めてだった。

「会いたい、って言ったら、会ってくれますか……?」

『そう言うのは俺のほうからだろうけどね、普通は』

 ふっと剛は笑った。

「会ってみたいと思ってくださるなら……わたしはいつでも動けます」

『そう? それなら、俺の住む街に来てみるかい?』

 通常なら、こんな言葉はひとときの冗談として流すのが、いつもの瞳だった。

 しかし、相手は他でもない剛である。

「行ってもいいんですか」

『ただし……こっちに来たら、することはひとつだよ? その覚悟はあるんだろうね?』

 どきんと心臓が跳ねる。

 いやらしいことなら、いままでのコールでもたくさんしてきた。

 しかし、実際に、となると、全身に緊張が走る。

「……本当に?」

『何のために会うんだ?』

「それは……」

『俺に抱かれに来い。知らない世界を見せてやる』

 覚悟はずっと以前からあったはずだ。

 剛に会うということはそういうことなのだと。

 瞳は「ええ」と短くうなずくと、予定を立て始めた。



 当日、瞳は緊張しながら電車に乗り込んだ。

 いつもなら音楽を聴いたり、本を読んだりするのだが、今回ばかりはそれどころではなく、握りこぶしを膝の上で作ったまま、彼女は動かなかった。

 雲間から見える、沈みかけの太陽が、窓の外から瞳の横顔を照らしていた。

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