Ⅲ‐6

 遅くまで塚本と話し込んで全然寝ないままで、次の日の自由行動の時のバス移動で爆睡してた修学旅行の二日目。ヨッチに起こされて金閣寺のバス停に到着。


 寝ぼけまなこで見ても金閣寺は綺麗だったし、義満よしみつやるやんって思ったよ。でも、どんなに有名な観光スポットも集中力の無い俺はやること無くて飽きちゃう。


 ヨッチとバンブーは写真撮ったりテンション上がってたんだけど俺は飽きてた。飽きててぼーっと目の前の景色を見てたら、視線の先に三年坂で目の合った女の子がいたんだよ。


 お互い「あっ、あの時の」って感じになって、気付いたら俺、その女の子に向かって手を振っちゃってんの。ヤバッて思ったんだけど、女の子も照れながら振り返してくれた。


 それ見てヨッチとバンブーに「ちょっと行ってくる」って口が勝手に動いて、バンブーに「どこ行くの?」って聞かれたけど無視して女の子のとこに駆け寄ってる自分にびっくり。女の子と「俺のこと覚えてる?」「三年坂の人でしょ」「そうそう。また会ったね」なんてやり取りしてたらヨッチとバンブーが来た。


 バンブーが不思議そうな顔して「知り合い?」って聞かれて俺も何て答えたらいいか分かんなくて女の子に「知り合い?」って聞いたら「知り合いだよ」って言われた。


 こっからは完全に俺の主観ね。「知り合いだよ」って俺の顔見ながら言った瞬間の女の子の顔が「何でそんな他人行儀なの?」って全然怒ってない感じで頬っぺた膨らませてプク顔されたんだよ。


 このかわいさ伝わるかな? 完全に脳みその司令塔の前頭葉ダメにされた。さっきまで自分でもびっくりするぐらいオートマチックに体が動いたり口が動いてたのに、いきなり神経回路がショートしちゃって活動停止して使いもんにならなくなって、ヨッチにお願いってアイコンタクトで投げた。


 ヨッチはこんな非常事態でも如才じょさいない男だから、俺のパスをちゃんと受け取って女の子とスムーズに会話を始めた。頼れる男だけど、俺は俺のパフパフになるかもしれない女の子をヨッチに預けてしまった。


 アフリカのことわざにライオンには何も借りるなってことわざがあるんだけど、それを思い出した俺は女の子に「逃げて!」って心の中で念じたんだけど、女の子はニコニコしながら気さくにヨッチとお喋りしちゃって「ムキィー」ってなった。


 マジでカワイイなポイント高いななんて思ってる場合じゃなくて、ヨッチに渡した会話の主導権を奪おうとしたんだけど、会話がはずんじゃってて無理。会話の中にお互いの自己紹介も挟んで中澤なかざわ志穂しほちゃんって名前なのも、実は俺達の地元に近い学校に通ってることも分かったり、西島相手に名前聞くだけでも手こずった俺とは大違い。ヨッチは聞き出すのがうまい。こいつは弁護士より探偵かスパイか刑事になった方がいいと思った。


「ねえ、この次はどこ行くの?」ってヨッチは志穂ちゃんに聞いてて、絶対こいつ一緒に京都回ろうとしてる。どうせこの後、志穂ちゃんに「これからジンバブエ行くの」って言われても「マジで、同じじゃん」って一緒についてくつもりなんだよ。

「修学旅行でナンパしたって土産話の一つも無くちゃ面白くないっしょ?」みたいなテンションで悪い虫がヨッチの脳内を侵食しまくってる。


「私達、次は今宮神社に行くんだ」

「マジで? うっわ、奇遇だね。俺達も行くとこだったんだよ」

「えっ? 玉の輿で有名な神社だよ?」

「あー、あそこはお玉さんのゆかりの地っていうので一番有名だもんね。でも別に玉の輿以外にも開運でも有名だしあそこ自体がパワースポットじゃん」


 多分、ヨッチはたまたま覚えてただけなんだろうけど、行く予定も無かった寺を事前に調べてたのも覚えてたのも、とっさに知識をサラッと言えちゃうのもすげえよ。


 まあ、いつものことなんだけどヨッチにこの案件は丸投げすることにした。志穂ちゃんと同じ班行動をしてたカオリちゃんとマコちゃんとも合流して仲良く話しながら、今宮神社にお参りしに行くことになって何だかんだで楽しんでた。


「修学旅行で他校の女の子をナンパして別行動なんてイケてるやん俺ら」って思ってた。こりゃ今日も旅館に帰ったら他のやつらに自慢できるなみたいに軽く考えてたんだけど、それは今宮神社で志穂ちゃんと待ち合わせをしてた西島を見るまでのことだ。最初、西島見た時は知らないふりしたかったもん。


「えっ、何で櫻井が志穂と一緒にいるの?」

「西島こそ」


 何かゴチャゴチャしてきたけど、しどろもどろさんになりながら西島と志穂ちゃんの話を聞いてたら、西島と志穂ちゃんは同じ塾に通ってて仲いいらしい。お互いに修学旅行の日程が一緒だから、自由行動の時に一緒に回ろうって約束してたんだって。

「へえー、そうですかぁ」ってね。こういう時どうすればいいの? 「さっきから様子が変だけど、何かやましいことでもあるんですか?」って西島が言ってきて怖い。敬語の西島が怖い。見たことない顔してるし。薄氷はくひょうを踏む思いってすごいうまい表現だよね。俺、いたずらな神様に薄氷でタップダンス踊れって言われてんだけど、何か聞きたいやつおる?


「別に何もやましいことなんてしてないよ」


 こうなったら開き直るの一択。もっと俺にスキルがあったら別の対応もあるんだろうけど、俺はそんな気の利いたもんは持ち合わせちゃいない。


 何だろうな、AV見てたら母親が急にドア開けてきた時のことを思い出してた。あの時も俺は堂々としてた。そうだよ、俺はAV見てんだよって態度でフルチンのくせに堂々としてた。


「顔色悪いけどどうしたの?」って志穂ちゃんが俺の顔をのぞき込むように見てきたけど、俺の心配なんか全然してなくて、俺と西島とのやり取りを楽しんでるみたいだった。この子もこの子で結構怖い子なのかも。


「何が? 別にいつも通りだよ。それよりみんなでお参りに行こうよ」


 全ツッパだ。ここは全ツッパで乗り切るしかない。


「そうだね、じゃあ行こうか」


 志穂ちゃんの王手飛車どりの一手が指された。そこから飛車取られて角取られて、遠くの方から竜王に成った西島がにらみ利かしてて詰んでんだけど投了できない地獄みたいな時間が流れて西島にあきれられて「いいからさっさとどっか行って。ヨッチ君、あとはお願いね」って言われてようやっと投了。


 西島達はそのままお参りに行ってしまって、ここは粘った方がいいのかなってちょっと思ったんだけど西島の背中がついてくんなって言ってた。


 っていうか女の勘って何であんなに鋭いの? 何となく気付くくらいは男もあるけど、見透かすスピードがエグくない? 今、脇汗すごいし。嫌な汗かいたわ。


 ヨッチに「どうする? これから暇になったから鴨川行く?」って聞いたら行かないって。どっかで休もうってお茶飲んだけど、喉が渇いてて安全な場所で飲む宇治の抹茶おいしい。


 感情の起伏がジグザグに乱高下した後だったからテンションがおかしくなって突然の京都弁を喋ろうブームが俺の中で巻き起こって「ヨッチはん、あんた、てんごばっかりしとったらあきまへんえ」とか「はんなりしまひょ」とか薄い知識でエセ京都弁を喋り散らかした。


 ちょっとは笑ってくれてもいいのにヨッチもバンブーも無視してほっとかれたからムカついて「ごめんやっしゃ、ごめんやっしゃ」っつって何の前触れも無くバンブーのほっぺたに張り手したり「あんた、それはあきまへん、あきまへんで」っつってヨッチのちんこもんで絡んだ。


 二人とも俺がたまに変なスイッチ入るの知ってるから、まためんどくさいのが始まったって顔してたけど、俺は一人でやりだして「堪忍やでぇ、堪忍やでぇ」っつって一人で笑ってた。


 しばらくして俺の発作が治まって、中途半端に余った時間をどうするって、何もプランが無かったから京都の街ゆく人達にあだ名を付けたり、カワイイ子とか美人を探してお互いの女子の好みをののしり合った。


 夕方になって旅館に戻って風呂入って飯食って、また寝ろって言われても寝られるわけがない。女風呂のぞくか、女子部屋に忍び込むかしないと修学旅行は終われないのだ。もう女風呂のぞけないわけだし、女子部屋に忍び込むの一択しか無くなってる。


「おみやん、便所行くふりして外に教師がいるか見てきてよ」

「いや、絶対外で見張ってるって」

「分かんないじゃん。あいつらだって夜の間ずっと見張ってるわけじゃないっしょ」


 おみやんは渋ってたし、前日の夜更かしもあって俺を含めて全員眠そうだった。分かるけどさ、中学校の修学旅行は一生に1回しかないってのになんて意識の低いやつらだ。意地でも全員寝かさないつもりでいたらバンブーに「さすがに今日は寝ようよ」って言われた。


「マジかバンブー? 修学旅行の最後の夜だぞ?」

「いいよ別に。それよりもさ、今日会った志穂ちゃんとはどうやって知り合ったの?」

「うーん、知り合ったっていうか、三年坂あったじゃん? あそこで俺達がふざけてるのを志穂ちゃんも見てたんだよ。ほんで目が合って二人ともそのこと覚えてて、金閣寺でまた見掛けて偶然だねっつって話しかけただけ」

「その割には手振ってなかった?」

「あー、あれな。何かな、体と口が勝手に動いたんだよ。よく格闘家とかが無意識のうちにパンチを繰り出したり、意識が無い状態で戦ってることがあるっていうの聞いたことあるけど、それと似たようなもんかもしれん」


 自分でもあれは不思議だった。何でだろうってうまく説明できなかったんだけどヨッチに「いいように言うな」って言われてどうせ病気か何かだって話になって、俺の病名はヘタレちんぽスケこまし失敗症候群と名付けられて、誰がヘタレちんぽスケこまし失敗症候群だっつってね、ヨッチともめたんだけど、その後も志穂ちゃんのかわいさを熱弁したり、塚本が「櫻井君がその子にいくなら、西島は俺が」って「それは話が違うでしょ」「どう違うんだよ」みたいなくだりがあって、喋ってるうちに俺が一番早く寝落ちしたらしい。うるさいやつが寝たから、みんなもそのまま寝たんだって。


 次の日の帰りのバスでカラオケ大会が始まって、おみやんが歌ったスキマスイッチの『奏』がやけに耳に残った。思ってたのと違ったし西島に嫌われてしまったけど、まあまあ楽しめた修学旅行になった。

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