第一話 トレント①ー2

 オレと目が合った木の怪物は一直線にオレに向かってきている。だがまだ距離は空いており、その距離はおおよそ50メートルほどはある。


 追いかけてくる大木の速度もそれほど速くはない。オレと木の怪物の間には大きな木や岩といった障害物が多い為、バイクのような速度を出せないようだ。ただそれでも木やツタをなぎ倒し大きな音を立てながら、進んでくる。


 オレに向かって、一直線に。


 この森にいくつかある倒木は、あのモンスターのせいなのかも知れないと思った。これだけ生えている大きな木々の間に現れる獣道は、あの大木の通り道なのだろう。

 だが今はそんなことを考えている場合ではない。


「まずは地面に降りないと話にならないぞ」


 今オレはモンスターではない大木の上に登っている。だからこそ街を見つける事が出来た。

 その代償に木の怪物に狙われることとなっている。


 オレは当然空を飛べるわけでも、大木を伝って走ることが出来る超人的な運動神経もない。唯々普通の高校生なのだ。怪物の速度はオレの走る速度ほどで近づいてきているため、すぐにでも地面に降りなければ木の怪物に追いつかれてしまう。


「いきなり賭けだな」


 オレは降りる方法として二つの考えが浮かんだ。


 一つは上ってきた道を折り返すというものだ。幹に手を掛けながらボルダリングの要領で降りる。降りること自体は安全だが、当然降りるまでに時間がかかる。急いで地面に向かっても、この方法では地面に着く前には怪物に襲われるだろう。


 その為オレは第二の方法を選択した。


「うおぉぉぉぉぉぉ!」


 その方法は簡単だ。オレは木の上から飛び降りたのだ。


 もちろん闇雲に飛び降りるわけにはいかない。ここは地面から10メートルほどの高さにある。ここから能天気に飛び降りれば、何の力もないオレは無事では済まない。異世界転生しただけの一般人であるオレには耐えることが出来ない高さだ。


 だからオレは眼下で入り乱れていたツタを持ち、ターザンのように宙を滑空した。この方法ならば垂直落下ではなくなるため速度は制御できると踏んでいた。

 これが、オレが考えていた二つ目の策だった。


 これなら安全かつ即座に地面に降りることが出来る。そう踏んでいたのだが。


「おぉぉぉぉぉ、ぐえっ」


 近くにあった適当なツタを手に取ったため、どこを支点にしているのか分からない。そのためオレが思っている方向にも進めずに、オレの身体も想像を超えて加速していく。

 ツタの思うがままに体は進んでいき、そして最終的に他のツタが密集している地点にオレの身体は投げ出された。


 オレはそのツタに引っかかりながら下に落ちていく。そしてある程度落ちたところで腕がツタに引っかかった。


「いてて。だけどツタで助かった。これが木の壁や地面だったら、大怪我どころじゃ済まなかっただろうな」


 まだ地面までは距離がある。だが今の行動でオレは元々板場所から半分以上地面に近づいた。朧気だった真下の景色が、この距離になってやっと地面に何があるのか判断できるようになった。

 すぐ真下に水たまりがある。水たまりというにはあまりにも大きく、底も見えないほどに濁っていた。水たまりに多少の深さがあれば、ここから飛び降りても大丈夫そうだと思った。


「――――」


 だがオレは嫌な予感がした。高さという危険とは違う、別の嫌な予感が。


「ここはツタを使って降りるか」


 オレはリスクを取らずここからは安全策で降りることにした。その為オレの身体と絡まっていたツタをサバイバルナイフで切る。その切ったツタが真下の水たまりに落ちて――


 ――サメのような巨大な生物が水面に顔を出し、そのツタを食いちぎった。


「……選択ミスったら即ゲームオーバーかよ……」


 ここで飛び降りなくて本当に良かったと、自分の直感を素直に褒める。水たまりに飛び降りていたら、オレはその瞬間そのモンスターに食いちぎられていたかも知れない。間一髪の状況だった。


 オレはいくつもあるツタを持ち替えながら、ゆっくりと地面に向かった。

 そしてある程度の所まで降りると、柔らかそうな地面に向かって飛び降りた。そして何とか地面に脚を付くことが出来た。


「ここまでは来ることが出来た。だけどやべぇな」


 地面に降りれば木の怪物もオレを見失うかと思ったが、今も変わらず一直線に向かってきている。それも目前まで迫っていた。


 不幸中の幸いはその怪物がいる方向が街とは反対側のため、その怪物から逃げて行けば街にたどり着くと言うことだ。


 地面に降りながら街方向に走っていたため、街までの距離は縮まっているはずだ。それに街に近づくと森を抜けられるため、そこまで行けば怪物が引き返すか街の誰かが助けてくれるかも知れない。


 そんな微かな希望に縋り、オレは全速力で走っていた。


「そこまでは何が何でも逃げないと」


 オレは地面を凝視しながら全力で森を駆け抜けた。この場所が異世界ではあるが、ジャングルというものは元の世界と変わりは無い。大木の根や岩が地面に散らばっているため足場が悪く、思うように速度が出ない。


 そして他にも問題はある。それはモンスターが点在していることだ。


 後ろから追いかけてくる木の化け物以外にも、見るからに危険そうな生物も多々見かけた。だがそのモンスターよりも、後ろから森を破壊しながら追いかけてくる怪物の方が危険だとオレは判断した。


 他のモンスター達も後ろから襲い掛かってくる大木の気配を察知して即座に姿を消す。逆に言えば、それだけオレを追う大木の姿のモンスターがこの森の中でも特段危険だと証明していた。


 だからこそオレは他のことには脇目も振らずに、一直線に街に向かって走る。それが今のオレが生き残ることが出来る唯一の手段だった。


「しかし、なんでオレを狙ってくるんだ?」


 他にも生物が多くいるにも拘わらず、何故この森の中でもちっぽけなオレだけを狙ってくるのか分からない。オレが何かしたわけでもない。しかし明らかにオレに向かってきている気がする。


「もしかしてオレは狙われていないのか?」


 だが偶然オレの逃げる方角にその怪物が移動してきているだけで、それをオレが勝手に追いかけられていると錯覚しているだけなのでは。

 そんな希望的な思想を描いた。


 そしてそんな一瞬の油断が命取りだった。オレは草に隠れた大木の根に足を取られて、オレの身体は草に投げ出された。

 地面には草が生い茂っている為、転んだことに対しては特に怪我もない。だが立ち上がる前に何かが身体に巻き付いた。


「や、やべぇ」


 ついそう呟いてしまった。だがそう呟くのも無理はない状況に陥っていた。


 樹液にまみれた枝の一本に絡められるように、身体が宙に浮いた。オレの腕ほどの太さの枝はとてつもない力を秘めており、オレ自身の力では到底ふりほどけそうもない。


 そんな思考と並行して締め付ける枝の本数と力が多く、強くなっていく。段々とオレを締め付ける枝からの脱出が不可能になっていく。


 ついにオレは木の怪物に掴まってしまったのだ。

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