好きな子をモデルに小説書いてたら本人にバレた。

おかだしゅうた。

第1話 君が書くヒロイン、みんなショートヘアだ

 その時、僕は緊張のせいで窒息寸前だった。

 

 文化祭、部室、二人きり。

 シチュエーションだけ切り取れば、恋愛映画のエモいワンシーン。

 本のページを捲る音だけが、時々聞こえてきた。


 僕は熱心に本を読み進める彼女──三沢茜を前にして、ひたすらに俯いていた。

 というか、目を合わせられるわけがなかった。



 なぜなら今読まれているソレは、僕が彼女をヒロインのモデルにして書いた恋愛小説だからだ。



 茜さんは学校中の人気者だ。

 可愛らしさといたずらっぽさが合わさった顔立ち。

 基本的に誰とでも打ち解けられる人当たりの良い性格。

 自信家で決断力も行動力もある。

 その活発な性格によく似合うショートヘア。

 その上頭もよくて定期テストの成績はほぼ毎回1位、部活も相当頑張っているみたいで県大会で表彰台に上がるくらいの実力者らしい。


 ちなみに僕との関係性はというと、ほぼ他人だ。

 中学1年生、2年生と同じクラスではあるものの、話したことは数えるくらいしかなかった。

 それでも僕は彼女に恋をしていた。


 いつか仲良くなることを夢見ていたものの、根暗で陰キャラの僕からしたら1軍女子の彼女は高嶺の花だ。話ができるわけがなかった。


 だからこそモテない僕は想像の世界に夢を見たのだ。

 彼女がモデルのヒロイン、そして僕がモデルの主人公のキャラのラブコメ作品を書き上げた。



 そして今まさに、そのモデルの人物が妄想に溢れた僕の創作物を読み込んでいるわけだ。

 この状況で彼女と目を合わせられる人間がいたら是非とも名乗り出てほしい。


 そもそも想定しているわけがないだろう。

 活発系女子の茜さん(14歳)が、文化祭で一人で文芸部の部室に乗り込んで、僕の小説を目の前で読み始める状況なんて。

 彼女が小説を読むようなタイプだとは知らなかったし、そうだとしても素人作品を読みに来るような物好きだとは到底思うはずがない。


 

 僕の心拍数は上がり続けていた。

 もしも彼女に、自分がモデルのキャラクターがいると気付かれてしまったらどうしよう。その時は僕の中学校生活、そして思春期が完全に終わりを告げる事を意味する。


 心臓をバクバクさせながら俯く。

 その時、本をパタと閉じる音が聞こえて、次に彼女が「ふう」と息をつく音が聞こえた。


「面白かったよ」


 確かに彼女はそう言った。

 僕は顔を真っ赤にしながら感謝の言葉を伝えた。


「ありがとう……ご、ございます」


「キャラクターがいいね」


 彼女の言葉が僕の心にグサッと刺さる。


「特にこのゆかりちゃんっていう女の子がかわいい」


 モデルがいいからかわいいのは当然だ。


「そっか、ははは」


 ギクシャクした返事が続いたせいでつまらなさそうな顔をする彼女。

 居たたまれなくなった僕は口を開いた。


「茜さん。せっかくの文化祭だし、他のところ回らなくていいの? 文芸部の部室にいるより、友達とお化け屋敷とかに行った方が楽し──」


「ねえ、これ以外にも君が書いた小説はあるの?」


 僕の話なんか聞いてないという風に話を遮られた。

 彼女は部屋の壁面にある本棚を指差した。その本棚には歴代の部誌やら作品集が並べられている。

 僕はその棚から数冊本を抜き取って彼女に手渡した。


「短編だからすぐ読めると思うけど……読むの?」


「もちろん」


 僕の問いに返事をする前に彼女はもう小説を読み始めていた。

 パラパラと、まるで漫画を読んでいるかのような速度でページを捲られた。

 明らかにマトモな読み方ではない。彼女の視線は目まぐるしく動き、意味は特に考えずに文字をそのまま読み取っているようだった。


 5分くらいして彼女は僕の作品を一応は読み終わったらしい。

 ゆっくりと本を閉じて、何か確信を持った風に頷いた。


「やっぱりだ」


「どうしたの?」


「君が書くヒロイン、みんなショートヘアだ」


「ぐ、偶然じゃないかな……」


 はぐらかしたものの、僕の内心は気が気ではなかった。

 明確に彼女をモデルにして書いた作品は初めに読まれた1つだけだったが、それ以外の作品でもどこか彼女に似たキャラクターを登場させていたのは事実だ。


「誰かモデルとかいるの?」


「いないよそんなの!」


 咄嗟に椅子から立ち上がり否定する。

 彼女のニヤニヤと笑う顔を見て、僕はハッとした。


「否定するときにリアクションが大きくなるって、つまりはそういうことだよね」


「えっと……それは、その」


 彼女の言葉でしどろもどろになってしまった。


「モデルは誰なんだろうなあ」


 わざとらしく聞かれる。

 僕の背中はもう汗でびっしょりだった。

 僕がだんまりを決め込んだからか、彼女は言った。


「じゃあ当てるから、正解だったら教えてね」


「それならいいよ」


 そう提案された時、うまく切り抜けられると確信した。

 だって、いくら自信家の彼女だといえどもここで「私」だなんて言えるわけがない。(それが正解なんだけど)間違っていた時のリスクを考えたら恥ずかしくて言うのは誰だって渋るはず。

 だから彼女は適当な友達の名前を数人あげて、つまらさそうな顔をしてどこかへ行くはずだ。

 

 その考察が正解だと指し示すように、現に彼女は考えるような素振りをして数秒沈黙している。


「んー、私」


 僕の考察は全て無駄だった。

 彼女は自分の考えに絶対の自信を持つタイプの子だった。


「……うん」


「へえ」


 恥ずかしさで僕はもう顔を上げられてなかったけど、絶対彼女はニヤニヤしていると思った。


「これは大変だ。もしもクラスのみんなが君が私のことを小説に書いてるだなんて知ったらどう思うんだろうね」


「それはやめてよ」


「うんうん。そこで提案です」


「提案?」


 僕は恐る恐る彼女の顔を見た。


「ひとつは、君には何も要求しないけどみんなにバラすというコース」


「論外だ」


 そうだよね、と頷く彼女。

 はなからその選択を選ばせる気はなかったらしい。



「もうひとつは、みんなにバラさない代わりにこれからも私がモデルの小説を書き続けるってやつ」



「──え?」


「まあ、詳しい説明は明日ね。私は君と違って忙しいのでこれから部活の友達と出店を回る予定があるのです」


 そう言い残して彼女は部室の外へ駆けて行ってしまった。

 部室の中には、完全に呆気を取られた僕と、彼女が散らかしていった僕の自作小説だけが残されていた。

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