大好き小説の悪役令嬢に転生したので推しカプ成就頑張ります!

宙布山ミリシラ2

第1話 大鹿貫朱里改めシュリ・ラブレー

 セレマは人々の楽しそうな声を聞きながら、誰もいない廊下を進んでいた。

「制服って正装なんだから、パーティーに着ていいはずだよね……?」

 不安そうに独り言を言いながら、彼女はトボトボと歩いている。


「あら、セレマ。本当に来たの?」

 気の強い意地悪そうな声が廊下に響く。

 セレマが顔を上げると、黒髪の長身の美少女が立っていた。


「シュリちゃん!」

 嬉しそうに名を呼ぶセレマを見て、シュリはぎょっとして後ずさる。


「パーティーに呼んでくれてありがとう!私、こういうの初めてで……すっごく嬉しい!あ、あのね、お土産?とか必要って聞いたからこれ……孤児院のみんなで作ったクッキーなんだ」


 はにかみながら差し出された小箱を、シュリは「ふぅん」と不躾にじろじろと見た。そして、仕方なくといった様子で奥に控えていた従者を呼ぶ。


「ロビン、受け取りなさい」

「へいへ~い」

 片目を長い前髪で隠した白髪の従者の男は、小箱を受け取りまた下がった。


 パシャッ、と突然水が飛び散るような音がする。

 その音の出所がわからなかったセレマだが、シュリがくすくすと笑いながら手に持ったグラスをゆらゆらと揺らしていることに気がついた。


「あらごめんなさい」

 それからやっと、制服のスカートに水がかかっていると理解した。

「濡れちゃったわね」

「いいよいいよ。普通のお水だし、乾かせばいいんだし」


「そんな濡れたままあたしのパーティーに参加するつもり?制服だし、おまけにそれって冬服じゃない。もう五月なんだからせめて夏用にしておきなさいよ」

「あぁ~そっか、やっぱりパーティーに制服ってダメなんだ……ごめんシュリちゃん!私全然知らなくて、場違いな格好で本当にごめんなさい!」



「……いやいやこれだけ意地悪言ってるのになんであたしに謝っちゃうのよ……!違うでしょ……!」



 小さくシュリは唸った。恥ずかしそうに自分の制服姿を見ているセレマには届かなかったのが幸いだった。

 後ろに控えているロビンはすかさず「もう意地悪ノルマは出来たっしょ。さっさと本題に入ってくださいよ」と急かした。


「ゲストがそんな格好しているなんて知られたら、あたしの沽券に関わるわ。……本当に、それだけだからね」


 シュリはセレマの腕を掴み、すぐ後ろの部屋に連れ込んだ。



 しばらくすると、部屋から二人が出てきた。

 だがセレマは青色の制服ではなく、オフホワイトを基調にした上品なパーティードレスを着用していた。桃色の髪はハーフアップにされ、小さな赤い石のついた髪留めが目を惹いている。


「まぁまぁね。いい?約束の通り、あたしが自分の失態のせいでドレスを貸す羽目になった、なんてこと言うんじゃないわよ」

「うん!シュリちゃんが優しいからドレスを貸してくれたってちゃんと言う!」


「違う違う!あたしの名前を絶対出さないこと!いい!?」

「う、うん……わかった」

 シュリの剣幕に押され、不服ながらもセレマは頷く。


「世話を焼いてやるのはここまでよ。あたしは主催者として色々と忙しいの、さっさとお行きなさい。この廊下を真っすぐ進めばパーティー会場よ」

「ありがとうシュリちゃん。いくつかマナーは勉強してきたから、迷惑かけないように頑張るね!楽しんできます!」


 セレマが手を振って会場へと進み、その後ろ姿が見えなくなった頃、シュリは大きなため息をついた。


「ロビン……今何時?」

「十八時五分。許容範囲内っすな。さぁてこれからですぜお嬢さん。あんたのために俺も色々手を貸したんだ、上手くいってもらわなきゃ困る。早く走って!」

「わかってるわよ!」


 二人は気心の知れた様子で言い争いながら、階段を上がり中庭が一望出来るバルコニーに到着した。


 そして……床に這いつくばり望遠鏡を取り出して、中庭の花壇前にいる男女を見つめた。



「よ~しよしよし!!!グッドタイミング!エルリッヒ様と中庭デートのお膳立て成功よ!!!!」

「はいはいそれはよござんすね」


 全てこの瞬間のためであった。セレマをパーティーに呼んだのも、綺麗なドレスを貸し与えたのも、パーティー会場と偽って別の道を教えたのも。


 セレマ・ナジエとエルリッヒ・ローズマリーを二人きりにするためであった!


「それにしても、なんで今日に限ってローズマリー卿が参加するとか、中庭に直行するとかわかったんすか?あんた予知魔法使えるってわけじゃないのに」

「だから、あたしはこの話を知ってるだけなんだって。擦り切れるほど読み込んだんだから。あんたのその瞳なら、あたしが嘘をついてないってことわかるでしょ?」


 自信満々な主人に対し、ロビンは呆れた表情を隠しもしない。

「はぁ……わけわかんない話ばっかだし、もういいや。確かに本当のことしか言ってねーみたいだしどうしたもんかなぁ」

 前髪で隠れた右目が、人ならざる光を放つ。


「あたし、シュリ・ラブレーには夢があるわ。それはあの二人を、大好きな推しの二人をくっつけること……そのためならなんだってやってやるわ!悪役令嬢にだってなりきってみせる!この魔法の杖を使ってね!」


 シュリは這いつくばったまま手をかざすと、美しい銀色の杖がその手に現れる。


(そう、あたしにはセレマのこともエルリッヒのことも、これから二人に降りかかる災難のことも全てわかる)


(だってあたし……少女小説である『少女セレマ』シリーズの愛読者だったんだから!)



 シュリ・ラブレーは少し前まで、大鹿貫朱里おおかぬきあかりというどこにでもいるOLだった。

 高校時代に両親が死に、親戚はおらず、働きながらなんとか高校を卒業した。だが学歴も後ろ盾も無い彼女は正社員になれず、ブラック会社で派遣として日々神経をすり減らす毎日であった。


 そんなある日、取引先の男性がデートに誘ってきた。

 朱里は昔から女子にモテるタイプで、男性に声をかけられたのは初めてだった。

 何せ”おもしれー女”がモテるのは二次元だけの話で、現実の思春期ボーイからすると”おもしれー女”というのはライバルでしかないからだった。


 閑話休題。

 朱里はこの世の春が来たー!!!!者どもであえであえ!と死に物狂いで休暇をもぎ取り、デート現場に行った。

 そこに、彼の奥さんが登場した。


 呆然とする彼女に対し、奥さんは終始優しかった。どうもこの男、男慣れしていない若い女性に声をかける常習犯のようだった。

「私が相手をしてあげられないから」

 大きなお腹をさすりながら、奥さんが涙した。それを見るとどうにも抑えが効かず、次の瞬間には男の頬にバレー部仕込みの拳がめりこんでいた。


 家に帰っても心は晴れない。

(久しぶりに美容院に行ったのに、お金だって無いのに、服まで買っちゃってバカみたい)

 朱里は待つ人など誰もいないガランとした部屋で座り込んでいた。


 そしてゆるゆると動き出し、本棚の前に移動し、一冊の本を手に取った。

 その本こそが少女セレマ。朱里が子供の頃両親に買ってもらった小説であり、もう随分前に完結してしまった小説シリーズであった。


 孤児院暮らしの明るく優しい少女セレマが妖精から魔法の杖を受け取り、その力で人助けをしながら彼女の両親を探すストーリーだ。

 朱里はいつも元気で前向きなセレマに憧れた。将来は彼女のようにどんな目にあっても人を信じ続ける人になりたいと思ったものだが。


(人を信じることと、騙されることは別だよね)


 彼女に憧れた。でも現実の朱里は、自分が傷ついた分やり返したくてたまらない。

 そんな自分のことを考えたくなくて、一巻からもくもくと読み返していく。


(やっぱりセレマはローズマリー卿とお似合いだったと思うんだけどなー。シュリがちょっかい出さなければ絶対ここがくっついてたはずなのになー)


 第二巻は、セレマの初恋の相手である貴族エルリッヒ・ローズマリーが表紙を飾っている。朱里は彼が絶対セレマのロマンスの相手だと信じ切っていたが、三巻ではシュリの姦計によりエルリッヒはセレマと喧嘩してシュリと婚約する羽目になった。

 朱里は信じていた。ここから彼は挽回するのだと。


 ……周りの読者たちが、後から登場した盗賊団頭領や妖精国の王子様に夢中になっていても、信じていたのだ。


 現実は無常である。四巻ではお互いに惹かれあっているとわかっていながら、エルリッヒは貴族の体面を優先して婚約を破棄出来ず、そのままシュリと結婚した。

 セレマは失意の中、新しい人生を歩もうと聖騎士団からのスカウトを受ける……という展開になったのだ。


 ため息をつきながら、最終巻を本棚に戻した。深夜までぶっ続けで全十二巻とファンブックと人気キャラの外伝二冊を読んでいた。流石にお腹が減ったのだ。

(あたしが賢くて、誠実な相手とだったらディナーとか食べてたんだろうな)

 家には食べ物はない。仕方なくコンビニへと向かった。


(あたしは男を見る目が無くて、初めて口説いてきた人にのぼせあがって、自分も他人も傷つけた。それこそセレマみたいに、毅然とした態度で利用したり消費したり

しようとする人々を突っぱねて、本当に好きな人と結ばれなきゃダメだったんだ)


 ぼんやりと考え事をしながらコンビニまでの道を歩いていると、連日の雨で川が増水していることに気がついた。

(気をつけよう……あれ?)


 橋の真ん中に、川を眺める男がいた。腰より低い手すりだった。数年に一度、酔っぱらいがバランスを崩して頭から川に落ちる事件が起きている。

 増水した深夜なら、更に危険だ。声をかけるべきだろうかと朱里が近づくと、それは。


 朱里を騙し、奥さんを裏切った例の男だった。


 彼は朱里に気がついた様子もなく、思いつめた顔のまま手すりを越えようとした。

 反対側から歩いていたサラリーマンもそれに気がつき、「え!?」と声を上げたが、彼との距離は遠くて届かない。


 朱里は、届いた。

 気がつけばダッシュで彼に近寄り、その身体を掴んだ。

 男は橋の上に戻されてその場に倒れ、代わりに川に身を投げ出されたのは、朱里だった。


 冷たい真っ黒な川に落ちた朱里は、結構後悔した。


(やっちゃったなぁ。でも奥さんのためだってことは伝えたかったかも。奥さんと子供には慰謝料とか養育費が必要で、そのためにはお前は生きてなきゃいけないんだよ!それだけなんだよ!って)


 呼吸ができない。

 全身が痛い。

 何も見えない。

 苦しい。


(……ほんとバカだ。だから、もし来世があったなら……セレマのような人を助ける私でありたい。私はきっと来世でもセレマのようにはなれないから)


(こんな早くに会いに行くなんて父さんも母さんも怒るだろうな。人の男にちょっかいかけたから天国じゃなくて地獄行だろうし、二人には会えないかもしれないけれど。……もし出会えたら抱きしめて、母さん、父さん)


 そこで意識は途切れた。



「ぷはぁ!」

 はずだった。


 朱里は誰かに引きずりあげられた。目の前には、見知らぬ外国人の青年。

 染めたにしては自然過ぎる白髪の男は、陽の光の下朱里を見ていた。

「大丈夫っすか?シュリ様」

 男には見覚えがなかった。だが、この世界には見覚えがあった。


 空には島が浮いている。それは妖精国だ。

 南に見える高い塔は贖罪の塔。

 木々がところどころ変色しているのは灰死病の影響だ。


 水面に目を落とすと、そこには朱里とよく似た別の顔がある。

 これにも見覚えがある。

 少女セレマの三巻の表紙を飾った、意地悪な少女。

 さっき白髪の男が呼んだ名前の。


(シュリ・ラブレーだ)


(あたし、少女セレマの世界に、シュリとして転生しちゃった……!?)


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