第3話 視線の先

「少し前にさ、典明と遊ぶ時に由梨亜を誘った事があるじゃない? 実はあれ、確認するために誘ったんだ」


 覚えている。私なら安全圏だと踏んだ判断が残酷だったと哀しかった。忘れていた辛い感情が蘇える。


「本当はあの頃から気になってた。典明の視線の先にいつも由梨亜がいたから」


 どきっとした。確かに純子と福士くんがつきあう前、私は福士くんの視線を感じていた。勘違いかと思っていたけれども、やっぱりそうだったんだ。


「あの時は試すようなことしてごめん。私も由梨亜といると楽しいから典明の気持ちが分からなくもないし……ジェラシーでどうかしてた」


 純子は申し訳なさそうに頭を下げた。福士くんとつきあった時は喜んで、今は私を疑い、それを正直に打ち明けて素直に謝る。純子は裏表がない。

 それに比べて私は福士くんへの気持ちを一切純子には打ち明けない。まっすぐな純子に、心が痛い。


「気づかなくてごめんね。正直に言ってくれてありがとう」


 私は全てを打ち明けないけれども、言いにくい事を言ってくれた純子への感謝は本当だった。


「これですっきりした! GWゴールデンウィーク、由梨亜も楽しんでね」


 顔を上げた時、純子は笑顔になっていた。少しだけ無理をしているのが分かる、長いつきあいだから。

 純子も私も、もやもやが残っている。明日からGW。学校に来なくていいのが救いだった。


    〇


 GW明け、体調不良で純子が休んだ。連休前にあんな話をしたので気になり純子にメールを送信した。

 連休中の遊び疲れで休んだという内容の返信が来た。そういう事かと、とりあえずは安心した。


「あの、由梨亜さん」


 声をかけられて、メール画面から顔を上げる。福士くんだった。


「今日の放課後ちょっといいかな? よかったらパソコン室で話したいんだけど」


 福士くんはいつも通り友達と話をするような感じだった。私からしたらいつも通りではない。

 パソコン室は放課後、自主的にパソコン学習がしたい生徒が自由に出入りが出来る。誰かと会いたい時、二人きりになっても不自然ではない場所だった。


「うん、じゃあパソコン室に行く」


 私は必要な単語だけの返事をした。


「じゃ、放課後ね」



 放課後、私はいつもよりゆっくり帰り支度じたくをして福士くんをチラッと見た。彼は友達と一緒に教室を出て行き、一瞬不安になったがすぐにそれはかき消された。


「先生に用事あるから先帰ってて」


 そんな声が聞こえてきた。福士くんは教室の入り口から一瞬、私を見た。目が合ってどきっとした。福士くんを見張っていたのがバレたと思い、途端とたんに恥ずかしくなる。


 教室からどんどん人がいなくなり私もパソコン室へ向かう。

 階段を下りて長い渡り廊下を歩く、三分ほどしたらパソコン室に到着した。自主的に学習する生徒なんて滅多にいない。

 パソコン室には福士くんだけがいた。窓際の壁に寄りかかっている。


「ごめん急に、こんな所まで来てもらって」


「ううん、いいよ。何かあった?」


 私の心臓はどきどきしていた。福士くんがどうして私を呼び出したのか、それが早く知りたかった。


「こんな事を言ったら軽蔑けいべつされるかもしれないけど、俺前から由梨亜さんの事いいなって思ってて」


 心臓が、どきんと大きく脈打つ。


「純子とつきあってるけど……由梨亜さんの事どうしても忘れられなくて」


 忘れられない? 私と同じ気持ちだったの? 四月の初め、純子とつきあう前に感じていた福士くんの視線は、私の勘違いではなかった。私と福士くんは同じ気持ちだったんだ。


「いきなり困るよね。とりあえずメルアド教えたくて」


 福士くんはメルアドを書いた紙を渡し、私はそれを受け取る手が震えていた。


「じゃっ」


 私が紙を受け取ると、福士くんはパソコン室から出て行った。私の手には福士くんのメルアドが書いた紙が握られている。心臓はまだどきどきしていた。

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