第4話

 小さな町。

 バイトも限られているから、良い求職はなかなか空きが無い。

 でも、私には縁が無い。

 心が死んでるから、愛想良く出来無い。常時空腹だから、忙しい店では働けない。お金を稼いでも取られるばかりだから、頑張る気も出ない。

 家から自転車で十分程度の喫茶店『コロンビア』。学校帰りに制服のまま向かう。

 三階建ての古いビルの半地下にある為、目立つ事は無く、客数は少ない。

「いらっしゃいませ」

 体に力が入らない。喉から絞り出すような囁く声で客を迎える。客の方もこんな店でレベルの高いサービスが受けられるとは思ってないから、聞いたか聞いて無いか、好き勝手に店内に入り、席に着く。

 客席は、二十席の小さな店。それでも、満席になる事は無い。

 店長ひとりでも回せる筈だけど、七十オーバーのお爺ちゃんだけに体力的な問題がある。給料が安いだけに、私のような役立たずでも雇わざるを得ない。元々、私程度の人間でも手伝えるくらいの忙しさなだけなんだけど。

 オンボロエアコンが騒々しく冷気を吐き出している。窓側は下半分は暗いが、上半分は道路から漏れて来る夕暮れの熱気で空気が温められている。

 レジに立つと、自動ドアを抜けて入って来る熱で額に汗が浮き出て来る。

 人気が少ない店は、ある人達にとって使い勝手が良いようだ。

 数少ないお客の中で、時折、おじさんと女の子の待ち合わせが見られる。

 それも、親子程の年齢差はありそうな。

 初めの内は、本物の親子だと思っていたけど……。

「ほら、右行った」

 店長が知ったかで呟く。

 ふたりが出て行って、店内には誰もいない。仕事中は余計な発言をしない店長だけど、暇な時は、気を使ってか少し話してくれる。

 私は、ふたりの歩く背中を追った。

 初めましての挨拶な筈なのに、数分後には親し気に話して、数十分後には何か話がまとまったのか連れ立って出て行く。

 店を右に出て、裏道に入るとラブホテルが数軒固まっている場所がある。

「今流行りのパパ活って奴だよ」

 私が不思議そうに見ていると、店長がグラスを片付けながら言った。

 いつも、下を向いて、誰かに呟くともなく私に語り掛けて来る。その音量たるや、十の三という所かな。

「昔から、そういうのはあったんだけどね」

「あ、そうなんですか」

 私もパパ活くらいは知っている。お金持ちのおじさんとお茶や食事やあれこれをするだけでお金を稼ぐ事が出来る。学校でも話題に上る事は多々ある。勿論、自分からやってるなんて言う人はいない。でも、羽振りの良い子や高そうなネックレスやイヤリングをしてる子もいないでもない。

「昔は、あれだよ、そんなに簡単じゃなかったからね。携帯電話ですぐに連絡取れるんだろ? 昔は、そんな簡単なものが無かったからね。もっと、探り合いながら、お互いの信頼を深めて行ったもんだけどね。今は、それぞれの目的が分かっているから、あっさりしてるよね。分かるよ。今は昔とは違っているってのは、分かっているんだけど、もう少し人と人との繋がりを味わって欲しいものだよね」

「パパ活ってしてもいいものですか?」

 何か、変な聞き方。

 昔は、援助交際って言ってたらしい。そのまた昔は愛人かな?

 パパ活って、良い目で見られる事無いけど、店長の言葉にはそんな嫌悪感が無かった。

 うぶな女子高生に下手な発言は出来無いというのか。手を止めた店長が両手を流しに置いてひと言ひと言確かめるようにポツリポツリと口を動かした。

「駄目だよ。男も女も表立って言えない関係が良いなんて、聞いた事が無い」

 核心を突くひと言。

「いつの時代もお金に困った女性がいて、それを助けるとの名目で女の子達の体と時間を支配しようとする男がいる。男達は、厚顔無恥にも、それを社会のせいにして正当化しようとする。確かに、いつの世も、お金に困る人と好きに使える人はいるから、そうなるのも仕方無いんだが……。傍から見てられないね。どうにかならないものかね」

 店長もパパ活には賛成では無いという事か。お店の中で、生きる為に男に媚びて気に入られようとする女性の乾いた笑い声が上がる。そうせざるを得ない状況を見るだけしか出来無い状況を残念がっているのだろう。

 不思議と嫌悪感は生まれない。

 私だって、生きる為には手段を選ばないかもしれない。お金を稼ぐ幾つかの方法のひとつだと割り切る事も出来ると思う。

 でも、例え私が誰かに頼って稼ぐ事が出来たとしても、どうせ行く行くは母親に取られるだけ。自分の為に使えないのでは稼ぐ意味が無い。パパ活してもお金を役立てる見込みは無い。だから、時給の安いこのバイトを続けているんだけど。

 店長は、言いたい事は全て言ったという感じで洗い物を続けた。私の家庭事情までは知らない。

 古びた自動ドアが低い機械音を響かせた。

「あの、すみません……」

 私と同じ学校の制服を着た男子生徒が顔を覗かせる。

「おお。来たか。さあ、入りなさい」

 店長が手を拭きながら言う。

「はい。すみません」

 臆病気味な感じを見せる色白の優男だった。緊張しているのか表情がぎこちない。エプロンの下に同じ高校の制服を着る私を見て戸惑いの表情を見せる。

「瀬南(せなみ)さん。新しくバイトに入る大辻(おおつじ)君だ」

 初耳だった。ていうか、別に新しいバイトが必要な店では無い。店長は、おかしくなったのかしら?

「えーと。そのままでいいからエプロンだけは着てね。仕事内容は、そんなに難しくないから。あ、荷物は奥の物置の棚を使っていいよ」

 この店に休憩室なんて有難い場所は無い。休憩する時は、エプロンを外して、客席のひとつに座るだけだ。

「知り合いの子でね。バイトをした事が無くて不安だから、まずはここで働かせてくれないかって頼まれたんだ。面倒だと思うけど、仕事を教えてやってくれないか」

 どうやら、近所の親しい人が大人しいひとり息子を心配するあまり、お願いされたらしい。日頃、仲良くしているから、優しい店長は断り切れなかったようだ。

「はい。分かりました」

 私だって、あまり他人と関わりたく無い。でも、仕方無い。

「初めまして。瀬南(せなみ)です」

 大辻(おおつじ)君は、目線を下に向けたまま、無言でぺこりと頭を下げた。

 はあ?

 こっちだって、超絶陰キャなのに、無言って何よ。無言って。

 絶賛、二十四時間超低血圧状態まっしぐらの私でも、生まれて初めて血圧が十程上がる感じがした。

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