変なアプリをインストールした日1


 俺はとある健全な中年男性、斎藤健二さいとうけんじ


 そろそろ会社をやめようかとか、いままで取る暇さえなかった有給を消化しようとか悩む今日この頃、俺の部下として会社に入ってから何かとつるむことの多い新人、宮川琢磨みやがわたくまに最近の新しいゲームアプリについての話を聞かされていた。


「それで、なんか最近のアプリってリリースされてから2ヶ月くらいで打ち切りになることが多いんですよ。嘆かわしいと思いませんか? どう思います先輩?」


 そんなことは制作会社に問い合わせろよと思いつつも、このゲーム脳の宮川がまともなことを言う方が不自然だったなと思い直し、俺は適当に返事をする。


「あーはいはい、嘆かわしいね」

「そうそう、そうなんですよね~。やっぱ時代ですかねぇ……。あ、今日の帰りゲーセンで格ゲーしにいきません?」

「却下だ。というかお前にそんな余裕はない」

「そうなんですよね~」


 上司であるはずの俺が部下である宮川にこの手の話を振られるのはいつものことで、毎回こいつのゲーム愚痴を聞いては流している。


 まるで立場が逆の接待のようだなと思いつつも、まあ俺も新ゲームの情報なんかを宮川から聞けることも多いので損はしていない。

 中々、ことゲームに関しては宮川の情報網は侮れないのだ。


 とはいえ俺の元々の趣味は戦略ゲームやロールプレイングゲームが主で、格闘ゲームやアクションゲーム系はプレイした経験もあまりなく、操作なんかもてんでダメだ。


 だからその手の話に関してはいつも断っているのだが、……こいつはそれを理解しているのだろうか。

 そんなことを考えながら俺はデスクを片付け、帰宅の準備をする。


「んじゃ、俺はそろそろ帰るわ」

「えっ!? もう帰るんすか!? あの仕事の鬼と呼ばれた先輩が!? 天変地異の前触れ!?」

「なんだその不本意な呼び名は。俺だってたまには定時で上がるさ、じゃあな」


 そう言って驚く宮川とは別れ、その日の業務を珍しく、本当に珍しくつつがなく終え帰宅する。


 ちなみに、あいつは俺のことをよく仕事の鬼だのデスマーチの神様だのと呼んでいるが、なんのことはない、ただ部下の残した仕事のつけを俺が支払っているだけだ。


 それがこのブラック企業に10年勤める俺の役目とはいえ、そろそろ転職を考えるべきなのかもしれない。


 とはいえ、そんなアテは何処にもないが。

 しかし社畜戦士の俺とて毎日毎日これではさすがに嫌気もさす。


 そんな訳で今日は久しぶりに気分転換でもするかと思い、無理やり仕事を切り上げてきたのである。


 はぁ、明日には今日のつけが回って仕事がさらにキツくなると思うと、定時に切り上げたはずなのに気分が重い。

 どうかしてるぜ、この会社は。


 だがそんなことにいつまでも構っていてはせっかくの自由時間が台無しになってしまうので、明日の事は明日考えようと早々に頭を切り替え、久しぶりに何か面白いゲームでもないかとスマホでアプリを探す。


 幸い宮川からある程度の情報を得ていたので、面白そうなタイトルには目ぼしを付けておいた。


「どれどれ……。ふむ、色々あるなぁ」


 とはいえ、詳細を確認していくと思ったよりも興味をそそられない。


 結構似たり寄ったりのゲームアプリも多く、今までプレイしてきた内容と大差がないため、どうしてもやりたいという気持ちにはならないのだ。


 まあ、やってみれば感想は変わるかもしれないが。

 だが現時点でやる気がなければ、インストールすることもない。


 世の中そんなものである。


 目ぼしいタイトルが全滅してしまった俺は、仕方なく他のタイトルも探し出す。

 そこでふと、気になるゲームを見つけた。


「ん? なんだこれ、『異世界創造のすゝめ』? 知らないタイトルだな。……へぇ、ジャンルはシミュレーションRPGね」


 詳細を確認すると、どうやら自分だけの惑星を作りそれを運営していくタイプのゲームらしい。

 いままでにないシステムなので、多少面白そうではある。


「ん~、まあ。これもチャレンジってことで、ちょっと触ってみるかぁ。合わなかったら消去すればいいだけだし」


 さっそくアプリをインストールし、その他諸々の同意項目にチェックを入れてゲームをスタートする。

 するとスマホの画面には宇宙空間を思わせるような広大なマップが広がり、銀河団のような綺麗な画像が表示された。


「え、なにこれ。こっからどうするんだ?」


 当然オープニングムービーや何やらが始まったのだと思ったのだが、スマホの画面は銀河団が表示されたまま動きを見せない。


 依然として固まったままだ。


 なんだこれ?

 俺にどうしろと?

 もしかしてフリーズというやつだろうか。


 いや、それにしては銀河団は徐々に動いているようなそぶりがある。

 フリーズではないのかもしれない。


 ためしに指で銀河団をタッチしてみると、『ピコンッ!』という音と共にメッセージが現れた。

 プレイヤーの操作を待ってたのか。


 なんてテンポの悪いゲームなんだ、これを作った制作会社は大丈夫か。

 今までに類を見ないほどに説明不足のゲームだな。


 そして現れた文章にはこう書かれていた。


【ようこそ、アナザーワールドへ! 異世界創造のすゝめをインストールして頂きありがとうございます! まずはこの銀河団の中から、お好きな銀河をお選び下さい】


 なんだ、お好きな銀河って。

 選んでどうするんだ?

 説明が無さ過ぎる。


 しかし選ばないと次に進めないようなので、銀河を選ぶことにした。

 銀河団をもう一度クリックすると、今度は選択可能な銀河の一覧が表示される。


「ずいぶん沢山あるな、いったいいくつあるんだよ銀河。変なところで容量使い過ぎだろこのゲーム」


 ざっと見てみるが、何を選べばいいのか性能の違いが分からない。


 渦を巻いた標準的な銀河もあれば、真っ赤に染まったガスのようなものに包まれた謎の銀河もある。

 他にも色々。


「とりあえずネットの情報を見てみるか」


 スマホで『異世界創造のすゝめ』の公式サイトを検索し、チュートリアルの概要を見ようとする。

 しかし公式サイトが見当たらない、リリースされて間もないからだろうか?


 しかしゲームに戻ると、新たにメッセージが残されていた。


「何々? 基本的にどの銀河を選んだかでその後の資源が変わる? オススメなのは渦巻型の銀河と……」


 ようするに銀河によってガスや水、その他今後必要になる資源の配分が変わってくるらしい。

 一番バランスが取れているのは渦巻型の基本的な銀河らしいので、俺もそれを選択することにした。


「だが、渦巻き型といっても色々あるな……」


 色々あるが、現状ではこれ以上の情報を見られそうになかったのでとりあえず見てきた中で一番綺麗だった、青く輝く銀河を選択。


 するとまたメッセージが出た。


【おめでとうございます! 『命育むマナの銀河』が選択されました! 選択された銀河の中から、お好きな太陽系をお選び下さい】


 銀河に名前なんかついてるのか。


 選択するまで詳細が分からなかったので、おそらく当たりハズレがあるガチャ要素みたいなものなのだろう。


 もしかしたら狙った銀河が出るまでリセマラする人とかがいるかもしれないな。

 ……にしても、今度は太陽系か。


 そんなこと言われても太陽系の違いなんて分からないが、どうすればいいのだろうか。

 仕方ない、好みで選ぶか。


 とある太陽系をタップすると、今度は銀河系と違って太陽系の詳細情報を確認できた。


【マナの太陽系No.32056】

【生命誕生可能惑星2個】

【資源:3456 マナ:2034】

【難易度:中】


 とのことらしい。

 なんだ、マナって。

 これがメッセージにのっていた、銀河によって変わる資源の一つなのか?


 とりあえず難易度が中らしいなので、初心者の俺にはハードルが高いと思い別の太陽系を探す。

 そして様々な太陽系を行ったり来たりしながら物色していると、ようやく納得のいくものを見つけた。


【マナの太陽系NO.26467】

【生命誕生可能惑星1個】

【資源:5678 マナ:34567】

【難易度:下】


 資源の値が高いのもそうだが、なによりマナの数値が桁違いだ。


 よく分からないが、たぶん多ければ多いほど良いのだろう。

 難易度も下だし、初心者にはおあつらえ向きだ。


 文句のつけようがない立地だな。

 俺はこの太陽系をダブルタップし、決定ボタンを押す。


【マナの太陽系NO.26467、が選択されました! それでは自由な創造をお楽しみ下さい!】


 メッセージがそれだけ伝えると生命誕生可能惑星がズームアップされ、画面に様々なアイコンや機能が出現した。


 どうやらやっとゲームの始まりらしい。



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