外伝 旅する母のラプソディ Ⅳ

「……」


 私は立ち上がって砦を見た瞬間、一瞬だけど身体が止まってしまった。

 あら? ちょっと待って?


「ど、どうされました?」


 そんな動きが止まった私を見て隊長が不安そうに声を掛けてきた。


「……あなた達ロープは持っているかしら?」


 その声に答える様に私は一度皆の方に振り返りそう尋ねた。

 思ってもみなかった質問に皆は目を丸くしている。


「ほら早くして。持ってるの? 持ってないの? ロープ!」


「も、持って来てます。野営用具はバックパックに入れて携帯しておりますので」


 下手に茂みから立ち上がってしまった所為で、私に気付いたオーガ達が突撃してくる危険がある為、少し急かすように言うと隊長ではなく後ろの方にいる隊員の一人が答えた。

 隊員達の更に奥に取りあえず隠したバックパックの方を指差している。

 なら安心ね。


「そう良かったわ。じゃあ今すぐそれを全部取り出してちょうだい」


「え……と? ロープで何をするんですか?」


 いまだにキョトンとしている隊員達と同じく混乱気味の隊長が私が言った事の理由を聞いて来た。

 まぁそれはそうね、いきなりなんだもの。


「作戦を変えるの。まず私が先陣を切ってオーガ達を無力化して行く。そこまでは一緒。でもその後あなた達はオーガを殺さずに縛り上げていってちょうだい」


「え? 先程はトドメを刺す様に言っていましたが、と言うより縛るって? 倒してしまわないのですか?」


 その疑問は尤もね。

 シンプルに問題を解決するには全滅させた方が早いのだろうし。

 でも、ここに来て気が変ったのよ。

 ちょっと違うわね、気が変わったと言うかずっと感じてた疑問が解けたと言うべきかしら。


「えぇ、倒さない。全員生け捕りにするのよ。一応すぐに反撃出来ない程度には痛めつけるけど、力が強いから抵抗に気をつけてね」


「は、はぁ……」


 納得いかないようだけど、納得してちょうだいな。

 ……まぁ彼らは先程殺されかけたんだし、無力化されたオーガを見て憎さ余って殺しちゃったとしても責めないであげましょうか。

 それはあえて言わないけどね。


「あんた達! 声が小さい! 返事は?」


「え? ちょ、そんな大きな声を出しますと、見付かるんじゃ……」


 えぇ、見付かる為に声を上げたのよ。

 私達が来た事をオーガ達に警戒させる為にね。

 でも大丈夫、私の思った通りなら……。


「良いから! 返事は?」


「はいっ!!」


「よし! 行くわよ皆! ロープ用意出来たら付いて来なさい」


 今度は返事を待たずに私は砦に向かって走り出した。

 当たり前の事だが私達の大声を聞いたオーガ達は私の接近に気付いておりそれぞれが戦闘体勢を取っている。

 ただ城壁から打って出ようとする者達は居らず、周囲を警護していたであろう何処からか現れたオーガ達でさえ全員砦本体の入り口を護る様に立ちはだかっていた。

 数は全部で20体と言う所だが、本陣にしては護衛の数が少な過ぎる。

 どこかに遠征に出掛けているのだろうか?

 それとも襲い掛かって来ないのは実は森に別働隊が隠れていて城壁の中に入った私達を挟み撃ちにするつもり?

 しかし、それは両方無いだろう。

 そんな集団が隠れているのならば、砦に近付く前に私の気配察知能力で分からない筈は無いのだから。

 それにはと言うと……。


「……予想通りね」


 そう呟いた私は既に扉など跡形も無い城壁の門へ向かって速度を上げた。

 人間とオーガは敵対関係に有るが、別に戦争をしている訳ではない。

 強力無比な生物ほど繁殖力が弱いのは世の常であり、魔物にとってもそれは同じである。

 それ故人間の旺盛な繁殖力に比べるとオーガと言う種族は圧倒的に数が少なく、如何に一騎当千と言われていても多勢に無勢、互いが常時殺し合いをしていたのであれば今頃オーガと言う魔物は図鑑にしかその姿を窺えない過去の存在となっていただろう。

 オーガは肉食だが別に主食が人間と言う訳ではなく、肉なら動物魔物問わず何でも食べる。

 幸いこの森には彼らの食料となる獲物は周辺の村にまで狩りに出ずとも豊富なようだ。


 そんな彼らがなぜ自らを討伐対象とされ兼ねない愚行を犯したのか?

 やはり人間とは相容れない魔物だから?


 いや、そうじゃないのだろう……。


「ていっ!」


 先陣を切って侵入して来た敵がたった一人の、しかも一見非力に見える女性だけである事を知ったオーガ達の幾人かは、護りを固めていた砦の入り口より駆け出し愚かな侵入者を排除しようと襲い掛かってくる。

 そんなまさに想定通りの動きをみせたオーガ達に笑顔を向けながら、私は流れ作業の様に近付くオーガ達の腕の腱を斬り、後ろに回れれば踵の腱を斬り、それが難しければ膝関節を剣の腹で叩き割っていった。

 それにより次々とその場に崩れ落ちるオーガ達。


「グワァ!!」

「ギャァ!!」


 地に伏した私によるの苦痛の悲鳴は周囲に響き渡る。

 あらあら痛そう……って、あえて反撃する気も起きない様な痛いやり方を選んだのだから当然だけど、本当にごめんなさい。

 バッサリ斬り捨ててあげた方が慈悲深かったのかしらね。


 なぜ私が『そうじゃない』と思い至ったかと言うと、立ち上がった事によって視野が広がってよく見えなかった砦の奥まで窺える様になった時、ずっと感じていた疑問が一気に解消されたからだ。

 なぜ今になって人間を襲い出したのか?


 いや、なぜ今まで人間を襲わなかったのか? と言った方が早いかしら。


 その答えは『人間を』と言うのが正しい。

 恐らく森で戦ったオーガ達はだったのだろう。

 砦の入り口に近付く私の前に近寄らせまいと一早く襲い掛かって来た先程のオーガの幾人かもそれと同様だ。

 しかし砦の入り口に近付くにつれ明らかに異常な姿の者達が増えてきた。


「はっ!」


「ガハッ!!」


 例えば今拳でアゴを貫いて昏倒させたオーガ。

 彼の胸には何か大きく鋭い鎌で撫で斬りにされた箇所が三本。

 その周りのオーガ達には片目や片腕が無い者も居る。

 中には半身が火傷で爛れた跡が生々しい者も見えた。


 傷だらけのオーガの存在理由は既に王国軍と戦っていたから?


 三度目だけど、これも『いや』と否定しよう。

 それは数年以上は経ったと思われる古傷だと言う事も有るが、その傷跡自体が人間が与え得る物とは逸脱していたからだ。

 勿論上に挙げた者達は魔法なら可能なのかもしれないけど、それさえ否定する証拠を持つ者が居た。


「どりゃ!」


「ゴハッ!」


 それは私の蹴りで吹き飛ばされたオーガが持つ上半身に刻まれた傷跡。

 大きな牙を持つ魔物の歯型と思しき物であり、そこから推測するにこのオーガ達は人肉欲しさに人里近くに住み着いた訳ではないと言う事なのだろう。

 恐らくオーガさえも捕食する化け物に故郷を追われ、この場所に流れ着いたのだと思う。


 正直な話、私は今この場に居る事を後悔している。


 砦の入り口のオーガ達は何かを護っている様な態度と言ったが、五体満足な者達から襲いかかって来た事や進むにつれてまともに戦闘が出来ない者達が増えていく事実からこの先に達が予想出来たからだ。


「はぁ……嫌だわ。えいっえいっ!」


「ギャァァ!」


 素早く突き出した二連激の蹴りによって一瞬で両膝を砕かれた最後のオーガが崩れ落ちた。

 こうして入り口を護るオーガを全て倒した私は、一度振り返り戦意が残っている者が居ないか確かめた。


 ……まぁそうよね、気持ちは分かるわ。

 意識の残っているオーガ達は全員手足の腱を斬られようが、両膝を砕かれようが戦意を失っている者は皆無だった。


「そりゃ護りたいがいれば必死になるか。私だって同じ立場なら首一つになろうと相手の喉元に喰らいついてでも止めたくなるでしょうしね」


 『手負いのコボルトは達人をも殺す』なんて例えも有るし、手負いの死にぞこない状態が一番危ないのよ。

 そしてそれが大切な者を護る事が理由なら尚更ね。


「このままだと隊長さん達が危ないわね。ちょっと気が引けるけどごめんなさい。とりゃ「グエ!」えりゃ「ゴワッ」そりゃ「ギャ……」」


 私は砦の入り口から増援が来ないかを警戒しながら憎悪の目で私を睨み今にも噛みつかんとしているオーガ達を一人一人気絶させるべく殴り倒していった。

 実際飛び掛かってきたオーガも居たけど、私にとっては弱点が自分からやって来てくれた様な物なので、有り難く回し蹴りで迎撃させてもらった。


「さて、こんなものかしら? う~ん、やっぱり砦から増援が出て来ない。やだなぁ~この先居るのは絶対アレじゃない? 言葉が通じないのにどうしたらいいのやら。気が重いわ~」


 私はそう言って肩をガックリと落としながら砦の中に入っていった。

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