最終話 下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

「はーーーはっはっ! いい気味だぜ! 貴族ども!!」


 崖の上から頭目が叫んだ。

 どうやら俺の事に気付いていないのか、それとも俺より貴族達が憎いのか、こちらを見ようともしない。

 ただただその目に宿る憎悪の炎は貴族達にのみ向けられていた。


 頭目の声につられて周りの奴らが崖を見上げる。

 口々に『曲者め!』とか『降りてこい』とか叫んでいるが、そんな事を言って素直に降りる馬鹿が居る訳ないだろ。


「俺は『赤熊団』団長様だ! 貴族の所為で山賊に身をやつし、お前達の手によって家族を殺された者だ!」


 正直に名乗りはするのな。

 俺頭目と勝手に呼んでいたが、団長と呼んで欲しかったのか。

 どっちでも良いけどよ、それよりお前も人を殺して来ただろうになに被害者ぶってんだ?

 貴族の所為ってのは同情するが、山賊に身をやつす他にも生きる道は有っただろ。


 と思いはするが、口に出したりしない。

 わざわざ矛先をこちらに向ける必要なないしな。

 今の内に逃げるか。


 俺はバレないように少しづつ後退りジョセフィーヌに近付いて……。


「ふざけるな! 王子に対して矢を放つなど極刑に値する! この反逆者め!」

「ここで待ち伏せていたと言うのか? 何故ここが分かった!」


「はははははっ! こいつを見ろ! こいつはそこに転がっている血笑のジェイスの部下だ。こいつが全部吐いたのさ」


 俺達を余所に問答を始めた奴等が少し気になる事を言いだしたのでの方に目を向けた。

 すると団長は片手で何かを掴み上げている。

 どうやら人間? ボコボコの血まみれだが、確かに人間だ。


 ジェイスの部下と言っていたが恐らく別れた三人の誰かなのだろう。

 返り討ちに遭ってたんだな。

 けど、そんな小物が吐く情報なんて悪事の一部だと思うぞ。

 まぁ、聞いた悪事の百倍は悪い事してると思うから一部とか関係無いけどよ。


 ジェイスの部下は裸に剥かれて首に縄を掛けられている。

 それだけじゃない身体も縄で縛られており、それには丸い何かが取り付けられていた。

 なんだあれ? 噂に聞く火薬玉か? すっごい爆発を起こすとか聞いた事があるぞ。

 なんか嫌な予感がするんだけど。



「こいつの持っている部隊証の反応を追えばジェイスの位置が分かるからよ。こっそり追わせて貰ったぜ。はははっ! そこに宰相の息子や国の跡取りが揃って居るなんざ思わなかった。これで積年の恨みが晴らせるぞ!!」


 ちょっと待て、馬鹿王子は知っていたが他にもそんな重鎮が混ざってたってのかよ。

 なんだよ国の跡取りが揃ってるって、何が面白くてそんな奴らがジョセフィーヌを追って来やがったんだ?

 ただ恐らく詳しい事情を聞いても胸糞悪い現実を知るだけだ。

 マチュアが悪いって事にしておこう。

 十中八九それが正解だろうしよ。


 ただ良い事を聞いたな。

 俺はすぐさまポケットから下級兵士の部隊証を取り出して谷底目掛けて投げ捨てた。


 部隊証にもそんな機能が組み込まれてたなんて知らなかったぜ。

 知らない内に行動を管理されていたとはよ。

 ジェイスの財布だけ捨てれば良いと思っていたから危なかった。

 ありがとうな団長さん。


 さて、もう逃げるか。

 恨みつらみを晴らすのはこの際団長に譲ってやるぜ。


 俺は後ろ手でジョセフィーヌに逃げるように合図をする。

 それに気付いたジョセフィーヌも俺を真似て少しづつ後退り出した。

 もう少し……もう少しだ。

 あと少し離れたら一気にダッシュして逃げてやる。




「お前達はもう終わりだ!! ほらよ受け取れ」


 団長は崖下の馬鹿王子達に向けて血まみれの騎士を投げ捨てた。

 げっ! 身体に付いているのが全部火薬玉だったらここいら全体崩落するぞ。


 やべぇ! 早く逃げねぇと!

 後退るのを止めて俺はジョセフィーヌの元まで走り出す。


 グシャ! パリンッ!


 駆け出した俺の背後から肉が潰れる音がした。

 その後に爆発音が聞こえると思いきや、何かが割れる音しか聞こえてこない。

 あれ? 火薬玉じゃなかったのか?


 ジョセフィーヌを抱き締めた俺は様子を見る為に一度振り向いた。

 崖の下には騎士の死体が見える。

 だが、ここからじゃ割れた物が何なのか確認出来なかった。


「な、何だこの匂いは! く、臭い」


 近くに居た奴らが鼻を抑え出した。

 どうやら割れた物の中には激しい臭いを発する何かが入っていたようだ。

 毒なのだろうか? しかし誰も鼻を抑えるだけで倒れる者は居ない。


 その時、ビューと谷から吹き上がる強い風が吹いた。

 突然の突風は渦を巻き周囲の空気を攪拌させる。

 それにより謎の臭いは俺の鼻腔にまで届いた。


「こ、これは!!」


 ヤバい! これはヤバいぞ!

 臭いの正体が分かった俺は慌てて耳を澄ませた。

 まだ大丈夫か? ……いや、遠くから地鳴りが聞こえて来る。


「ジョセフィーヌ!! 今すぐここから逃げるぞ!!」


 俺は逃げるのがバレるのも構わずに声を上げてジョセフィーヌの手を引き駆け出した。

 ジョセフィーヌは驚きながらも素直に俺に付いて来る。


 背後から「あいつらが逃げたぞ! 逃がすな! 追え」と聞こえて来たが、その声はすぐに悲鳴に変わった。


「逃がさないのはお前らだよ。死ね! 死ね!」


 弓が射られる音と馬の嘶く声、それに人が地面に叩きつけられる音だ。

 俺が後ろを振り返ると、団長がこちらを見ていた。

 ヤベェ! ジョセフィーヌが射られる!

 そう思ってジョセフィーヌを庇うように抱き締めると、団長は俺に向かって驚くべき言葉を叫ぶ。

 どうやら俺達の事に気付いていたようだ。


「そこの嬢ちゃんの話が気に入った! 俺は道を間違っちまったが、まだ道を間違っていない奴らは沢山居る筈だ! 頼んだぜ! 俺達の代弁者とやらよ!!」


 くそぅ、団長め。

 格好良い事言いやがって。


 俺は片手を上げて団長の心意気に答える。

 そして、ジョセフィーヌを抱えて走り出した。


「カナン様? あの臭いは何なのですか?」


 俺の腕の中でジョセフィーヌが尋ねて来る。


「あれは魔物寄せの香の原液だ。しかもここまで強い臭気は恐らく御禁制の品だな」


「御禁制の原液?」


「あぁ、隣国のとある町で開発されたってヤバイ代物だ。なにしろそいつはあまりに強力な所為で、開発した町が一晩で滅んだって話さ。それがこの国に流出したって話でな、当時俺も下級兵士として捜索に加わってたんだ。まさか本当にあったとはな」


「え、町が滅んだ? それってもしかして……?」


 これ以上俺の答えは必要ないかもしれない。

 崖の上からとてつもない数の爆音が聞こえてくる。

 市販品の香でさえ大量に焚くただけで数十匹の魔物が寄って来たんだ。

 こんな人里離れた山奥で御禁制なんてヤバい物が充満したりなんかすると……。


「あぁ魔物大発生スタンピードだ!」


 俺が叫んだと同時に崖の上から魔物が溢れるように落下してきた。

 遠くで団長の笑い声が聞こえて来る。

 最後に「これで家族に会える」と聞こえた気がしたが空耳かもな。


 それでも止まない魔物の雪崩は、その多くは落下によって死んだが、やがてその死体がクッションとなり生きている魔物が街道に溢れ出す。


 もう一つ聞こえて来た声。

 「なんでよ! あたしが何したって言うのよ! あんた達死んでないであたしを助けなさい」

 その直後に悲鳴も聞こえたが、すぐに人間の声は聞こえなくなった。


 魔物の出現が止まらない。

 何処にこの数の魔物が潜んでいたと言うのか?

 まるで地獄の釜が開いたようだぜ。

 幸運なのは魔物達が正面から出現しない事だ。


「ヤバイ! 幾らなんでも数が多過ぎる! 団長の奴、あんな事言っていたが俺達も殺すつもりだったんじゃねぇだろうな?」


 いくらジョセフィーヌが軽いと言っても全速力の峠道。

 さすがに息が上がってきた。

 腕が痛ぇ、足が棒のようだ。

 このままじゃ追いつかれちまう。


「カナン様! 私を置いて逃げてください」


 俺の苦痛に歪む顔を見たジョセフィーヌが泣きそうな顔でそう言った。

 なんて事だ! 俺はなんて馬鹿なんだ。

 俺はまた彼女を悲しませちまった。


 痛む腕に力を込める。

 上がらねぇ足を無理に上げる。

 軋む身体を奮い立たせる。

 そして飛びっきりの笑顔をジョセフィーヌに向けた。

 

「何言ってんだ。これくらい軽い軽い。それより喋ると舌噛むぜ。俺を信じて胸に顔を埋めていろ」


「はい!」


 ジョセフィーヌは笑顔で答え、俺の胸に顔を寄せた。

 そうさ、俺は正直者だからよ。

 今言った言葉も絶対に護ってやる。



 そう心に誓ったその瞬間、遠くから魔物の駆ける音とは異なる音が聞こえてきた。


 ……パカラッ……パカラッ、パカラッ、パカラッパカラッ!

 ……パカラッ……パカラッ、パカラッ、パカラッパカラッ!


 なんだ? 馬の蹄の音? 一頭? いや二つの異なる蹄の音だ。

 俺は走りながら肩越しに後ろを見る。


 なんてこった。

 俺は思わず涙が出そうになったぜ。

 だってよ、俺の目には迫る魔物を上手く交わしながら俺達目掛けて走ってくる相棒達の姿が映ったんだからよ。

 一頭は俺達を馬車で運んでくれた相棒。

 もう一頭なんてもっと付き合いが短いってのに律儀な奴だ。

 昨晩俺と一緒に魔物を引き連れて走ってくれた相棒だった。


 なんでこいつ等が居るかなんて今はどうでも良い。

 俺達を助けに来てくれたって信じるぜ。


 相棒達は俺の横まで駆け寄ると俺と併走するくらいスピードを落とした。

 どうやら飛び乗れと言っている様だ。

 本当に賢い奴等だぜ。

 俺はまず彼女を肩に抱き上げて、馬具を付けたままの相棒に手綱に手を伸ばし片足を鐙に掛けて飛び乗り、ジョセフィーヌを鞍に乗せる。


「ジョセフィーヌ! 乗馬は出来るか?」


「はい! 乗馬は貴族の嗜みでしたから大丈夫です」


「よし、じゃあ頼んだぜ。俺はそっちに移るからよ」


 ジョセフィーヌに手綱を渡した俺はもう一頭の相棒に飛び移った。

 これでなんとか逃げられる。


 と思ったのも束の間、すぐ前の崖の上から魔物が降って来やがった。

 このまま進むと丁度俺の真上に降って来るだろう。

 先回りしていたってのか? ヤバイこのままじゃ下敷きだ。

 避けようと手綱を操作するが、こんな咄嗟じゃさすがに避けられそうもない。


 幸運な事に彼女は既に先を走っている。

 俺が潰れても彼女は無事だ。


 彼女だけは逃げ切れる事に安堵した俺は迫り来る敵を見上げた。

 これで俺の人生は終わりか。

 色々辛い事も有ったが、最後に小さい頃に憧れた物語の騎士の様に愛する者を助ける事が出来た。

 なかなか良い人生だったと思うぜ。

 さよならジョセフィーヌ。


 そう全てを諦めかけた時、右手に違和感を覚えた。

 手綱しか握ってねぇ筈だったのに別の何かを握っている。

 訳が分からねぇが、その何かはまるで俺に頭上の敵を討てと言っていると感じた。

 俺はその衝動のまま手を思いっきり振り上げる。

 すると俺の真上の魔物は真っ二つに裂けその身体は俺の両脇に落下していった。


「は? な、なんだ? 何が起こった?」


「カナン様……。それ……」


 前を走るジョセフィーヌが振り返り俺の手を指差した。

 それにつられて俺も自分の右手を見る。


「こ、これはまさかフラガラッハ?」


 何故かは分からない。

 いつの間にか最強騎士の魔剣であるフラガラッハが俺の手の中にあった。

 確かにジェイスに刺さったまま置いて来た筈だ。

 なんで俺の手にあるんだ?


「フラガラッハはカナン様を主に選んだのですわ」


 ジョセフィーヌは笑みを浮かべながらそう言った。

 それに呼応したのか俺の手の中のフラガラッハも少し震える。

 勝手に動くのが少し気持ち悪いが、俺を選んでくれたってのなら頼もしい。


「よし! お前も俺の相棒だ! 俺達の逃避行手伝ってもらうぜ」


 新しい相棒はもう一度大きく震えた。




 俺達は走る。

 迫り来る魔物から逃げる為に。

 やがて日が傾き出す頃には追って来ていた魔物達の姿は見えなくなった。


「ここまで来れば大丈夫か?」


「えぇ、もう追って来ないようです」


 背後から魔物の気配がしなくなった事を確認した俺達は走る速度を緩めた。

 さすがに相棒達に無理をさせ過ぎた。

 少し休ませねぇとな。


「なぁ、これからどこへ行く? やっぱり西の国を目指すかい」


「そうですね。でも貴方が望む所ならどこへでも付いて行きますわ。そう……この地の果てまでも」


「ははは、そうか! なら俺が目指すのは……」



 俺は追放令嬢を護送する……彼女が幸せになれるその場所まで。


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