旅に出るなら静かな朝に。旅をするなら、お祭り騒ぎの世の中で。

 場所は変わって、中央大陸の片隅。南の大陸への航路に続く街道で、二つの人影が歩みを進めていた。

 片方は神官の少女だろうか。流れる金髪を揺らし、汚れ一つない法衣をたなびかせて歩くその様は、見る者が見れば聖典に登場する天使にも見紛うほどの神聖さを感じさせる。碌に整備もされていない獣道には不釣り合いな格好であっても滑稽さは感じられず、無機質な相貌は儚げな雰囲気を放っていた。


 そんな浮世離れした外見の少女は、もう片方の人影を見つめて口を開く。


「――いいのですか、シリウス様」

「何が」


 返ってきたのは、気だるげな少女の声だった。その表情は外套の下に隠れていて窺うことはできないが、その声音と同じく気だるげな表情を浮かべていることだろう。露骨なまでに不愛想な返答だが、神官の少女は特に気にした様子もなく続ける。


「大賢者様に相談なくったことです。ここ最近、中央大陸だけでなく世界中できな臭い動きが見えています。現地の冒険者だけでは対応できない案件が増えているうえ、ほかの一等星はほとんど一等会議に顔を出しません。まあ、それはシリウス様も同じではありますが……」


 そこまで言って少し思案するように沈黙し、「どんな時でも、本部が対応に困るような依頼を達成しているのはシリウス様です」と、言外に戻ったほうがいいのではないかと上申じょうしんする。しかし、すぐに「私には関係のないことじゃよ」と提案は却下された。


「確かに国家の存亡は冒険者組合の管轄かんかつじゃが、私が休暇を申請することは正当な権利じゃ。それに、私がいなくなった途端に回らなくなる組織など健全ではなかろう」

「ですが、本部が抱えている案件は流星級以下の冒険者では対処できないものばかりです。最上級の恒星級でも、五等星や四等星では心許ないかと」

「なに、この機会に、領域守護者エリアマスターとして自分の町でふんぞり返っている二等星や三等星にも仕事をさせればよい。どうせ防衛の任務ばかりで鈍っている頃じゃろう」


 楽観的な言葉に対し、神官の少女の反応は芳しくなかった。


「巷では英雄と呼ばれる彼らですら荷が重い……と言ったら?」

「……ほう。どうやら事の重大性に気づいているようじゃな。さすが私の従者じゃ」

「シリウス様が動くほどの事態です。他の冒険者にどうこうできると思えません。そして、そんな案件を放置し続けていては、いずれシリウス様でも不覚を取るようなことになるかもしれない」

「それこそ願ったりじゃ。なにせ、私は私を楽しませてくれる強敵や困難を求めて旅をすることにしたのじゃからな」


 そう言って、シリウスは外套の下から顔を出す。無造作な碧い前髪の下から、不敵な笑みが露わになった。


「さて、まずは南の大陸じゃ。どうやらは大賢者は地を這う蜥蜴ごときに頭を悩まされておるらしい。世界最高の魔術師を名乗っておいてなんとも滑稽じゃが、腐っても元ライバル。あくまで私の名誉のため、蜥蜴退治にでも行くとしよう」

「まったく。相変わらずですね、私のマスターは。大賢者様の苦労がわかったような気がします」


 東の空から陽光が差し込み始め、誰もいないはずの街道に二つの笑い声が響いた。

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