第14話


(随分若いな。……隊商を率いている、と言わなかったか?)


 求婚と共に送られてきた品はとてつもなく高価だったと聞く。そんなものをぽんと贈れるのだからさぞかし大きな仕事をする豪商なのだろう。それが私と歳の変わらなさそうな青年だったという事に驚いた。

 商人が上手い商売をするには才能がいる。経験も、人脈も必要である。親から引き継いだものがあるとしても代表として立つからにはその仕事ができるだけの商才があるはずだ。

 ルナンダは異国の美丈夫と呼ぶべき容姿をしている。恋人や嫁を探す必要などなさそうに見えるのに、何故私のような変わり者をわざわざ求めるのか分からない。



「初めまして、ルナンダ殿。……祈りに来られたならどうぞ。私はもう済みましたので」


「いえ。明日、騎士団へ伺う予定でしたので貴女様に会えるように祈りに来たのですが……その前に叶ってしまいました」

【そうだ、こんなところで会えるなんて奇跡だ。神の導きに違いない】



 はて、困った。これはどうも身構えてしまうし、一歩引きたくなってしまう。その熱量に押されて、という訳ではないはずだ。ハウエルの好意だって表に出ないだけでかなり大きいのに、私はそれから逃れたいという感覚になったことはない。



「例の件でしたら、私は……」


「お待ちください、レイリン様。……わたくしは、貴女様にわたくしを知って頂きたい。答えはその後にくださいませんか」



 私の中で結論は既に出ている。しかしそれを断ることが出来なかったのは、彼のふきだしが見えていたからだ。



【見知らぬ他人で不審者と捉えられても仕方ない……けれどどうか神様、この御方がせめてこれだけは受け入れてくださいますように】



 私のこの魔法は神からの贈り物。その力で覗いてしまった本音で神への祈りを見て、すげなく断わるのは気が引けた。……だって、これは神が私に見せているものだから。


(……仕方ない。この人も、自分を見せて断られたなら納得するだろう)


 その方が後腐れなく済むかもしれない。デルセアは友好国であり、かの国の独特な文化で作られた特産品は多くの国民が好んでいる。彼はかなり大きな隊商を取り仕切っているようだし、交易から撤退されれば痛手だろう。



「分かりました。しかし期待はされないでください。私はこの国を出る気も、騎士を辞める気もありません」


「充分です。それを変えることができるよう、努力いたします。ありがとうございます」



 拳を包むように手を合わせてゆったりと一礼して見せる。この国の礼儀ではなくてもその姿は美しく、礼を尽くされているのが伝わってきた。

 もし、相手が敵国の人間で何かしらの策略を抱いているとか、悪人であったならもっと断りやすかった。そうでは無いから難しい。


【頑張ってください、若君……!】


【この場には誰も近づかせませぬ……!】


 付き人か護衛か、扉の向こうからそんなふきだしが覗いていた。部下にもよく慕われているらしい。間者や犯罪者を叩きのめすのは慣れているが、こういう人間はどう扱えばいいのやら。



「しかしルナンダ殿、どうされるおつもりですか? 私にも貴方にも仕事があるでしょう」


「実は、昼間の護衛が足りませんので騎士団へご協力を願うつもりです。貴女様に来ていただければ、わたくしを知って頂けるでしょう」



 それなら確かに仕事をしながら共に過ごすことになる。護衛任務では仲を深められない――ということもないのは既に証明済みだ。ルナンダは私を嫁にするため、私はその求婚を断るための時間を共有することになるのだろう。


(ハウエルになんと説明したものか……)


 この騒ぎが始まった時にも同じことを思い、ついポロリと漏らしたそれを聞いたロイドのふきだしを思い出す。「レイリンの特別は大魔道士殿か」という文字だ。


(それは、そうだな。ハウエルは私にとって特別な存在だ)


 友人で幼馴染。恋人ではないがそれでも、こんなことがあれば報告しなければならない気がするような相手。気持ちを知っていて、告白を待っている。……それはつまり、私もそれを望んでいるということに他ならない。


(私の好意もハウエルと同じもの……ということか。しまった、もう少し早く気づいていればしっかり断れたのに)


 しかし一度受けた話を「やっぱり好きな相手が居るから」と断っても信じて貰えないだろう。国の英雄と呼ばれる私は、色恋に関してずぶの素人でポンコツだったらしい。笑顔のルナンダを前に、困って首元を掻くくらいしか出来なかった。



 翌日。ルナンダは護衛を引連れて騎士団を訪れ、充分すぎる金額を提示して騎士を借りたいと申し入れた。

 異例の魔獣行進後、魔獣の数は極端に少なくなっており人手が余っていること、今季の討伐数貢献一位は既に揺るがないこと、そして騎士団内部の一部とルナンダの希望によって私が選出され、私が行くならばとロイドも名乗りを上げた。



「レイリンのサポートなら喜んで」


「ロイドが来てくれるなら心強い。護衛任務は不慣れだからな」



 要人の警護、護衛というのは騎士団の仕事の中でもままあることだが、私が経験した護衛任務は先日のハウエルの件だけだ。相手は見知った幼馴染であったし、普通の護衛任務とは色々と違っただろう。勝手を知っている同僚がいるのはありがたい。



「今回は特殊なケースです。あちらにも護衛がいらっしゃいますから」



 護衛は一日中護衛対象の傍に居るもの。しかしルナンダは自国からも護衛を連れてきている。ただ、日中の仕事の間に手が足りなくなることがあるので少数の人員を借り受けたい、という話だった。

 朝に彼らの宿に赴き、その日の商談が終わって宿に戻った後は自宅へ帰ることができる。夜の巡回などがない分、確実にハウエルとの夕食の時間が確保できそうで私としてはありがたい話だ。


 そしてこの護衛の仕事は明日から始まる。その説明をしなくてはならない相手の元へ仕事終わりに訪れて、食事を共にしながら話した。



「ふぅん……」

【あのやたらレイリンに会いに来る騎士と、レイリンに求婚した商人と、日中ずっと一緒に過ごすのか……気になって研究に身が入らないだろ……】



 私の話を聞いたハウエルはどうでもよさそうな返事をしながらそんなふきだしを見せている。そこまで気になるなら言ってしまえばいいのに、それを声にできないのがこの幼馴染の素直ではない部分なのだろう。そんなところもかわいいと思って気づかないフリをしてしまうから私も仕方のない人間だとは思う。


(改めてハウエルを好きなのだと思うと……意地悪をしてみたくなるな。子供じゃあるまいに)


 たとえば「長く共に居れば仲良くなれるかもしれないな」と言ってみれば、行き過ぎた想像をして慌てるに違いない。それで彼が自分の気持ちを口にしてくれればいいのだけれどそうはならないだろう。無駄に心を乱すだけならやめておくべきだ。いじめたい訳ではないのである。……普段通りでも充分ハウエルは慌てふためいているし、可愛い。



「この任務の間なら夕食は一緒に摂れそうだ。最近、ハウエルの顔色もいいからな。……私が来なくなったら貴方は食事を摂らなくなりそうで心配だ」



 彼は自分に無頓着だ。自己犠牲的に魔獣に立ち向かった私が言えた義理ではないのかもしれないが、少なくとも自分の健康管理はやっている。

 しかしハウエルは放っておけば自分の生活を疎かにするタイプだと分かってしまった。一緒にいなければ食事を忘れ、眠るのを忘れ、血の気のない顔色になってしまう。



【君が居なければだめだ、って言えば結婚してくれるのか。……って今言えば……】



 視線を下に落としたハウエルのふきだしに少し期待した。そのまま彼の言葉を待って、数秒。ゆっくり口を開き、閉じ、そして。



「……僕のことは気にしなくても、大丈夫。それより君こそちゃんと怪我しないように気をつけろ」

【……うっ言えない。言えない……ッそういう雰囲気じゃなかったし、しかもこんな面倒みられてて情けないし……ッ】


(言わないのか)



 なんだかとても肩透かしを食らったような、残念な気持ちになった。私は彼のその告白を楽しみに待っている。その告白にいい返事を返せる日をただ待っているだけでは、いけないのだろうか。


(しかし……そういう雰囲気ってどう作るんだ?)


 ……恋愛素人の私には難しい問題である。


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