第7話


 刺客はサディコフの方をちらちらと見ながら本気で震えていて、知っていることを全部話してくれた。ふきだしでも必死に信じてくれと訴えていたので事実だと思われる。

 ただ、彼が簡単に話すことを見越してか重要なことは何一つ知らされていなかった。遠くの貧しい国から連れてこられ、ハウエルを殺せば大金を貰えるという約束だったこと。その仕事を持ちかけてきた二人組は顔を隠していたし、フードとマントでよく分からなかったこと。五日ほど前に入国し、近いうちに騒ぎが起こるからその混乱に乗じてハウエルを殺すよう命じられていたこと。分かったのはそれくらいだ。


(魔法使いでなければ大した入国審査はないからな)


 ゴルナゴの発展と危険を天平にかけ、魔法を使う騎士なら一般人をいくらでも制圧できるという考えから、入国の審査はそこまで厳しくない。一般人は犯罪者の烙印がなければよほどのことがない限り入れる。

 たしかにこの状態でもゴルナゴは特に問題なく回っていた。騎士団に所属する騎士と兵士は日ごろから街を巡回しているし、各地に詰め所を配置しているのでいつでも市民が助けを求められる仕組みだ。


(騒ぎというのは魔獣行進のことだろうな。それならあれは人為的なものだということになるが……目的は指輪の奪取と、魔法使いの入国といったところか?)


 おそらく相手にとっても魔獣行進の被害があの程度で終わったのは想定外だった。魔獣討伐に慌てて出てきた騎士を狩り、指輪をいくつか奪う算段だったのかもしれない。


(緊急時に使われる証の指輪は旧型だからな。あれならわざわざ指を落とさなくても奪いやすい)


 現在使わている着けた本人にしか外せない証の指輪はハウエルが考案したものだ。討伐任務の際はこれを授かりに行くのだが、緊急時はそのように悠長なことはしていられない。四つの門付近にある騎士団の支部に保管されている旧型、つまり事前に魔力の込められた指輪を使うことになる。誰の指にもはまるよう大きめに作られているため抜けてしまうこともあり、首に掛けたりポケットにしまったりする騎士もいて、こちらは昔から時々紛失することがあり問題となっていた。突然の魔獣行進でも起きない限り使用することはなかっただろう。


(私がおおよそ対処してしまったので相手が入手できた指輪はキースのものだけだ。……本来ならもっと酷いことになっていたのかもしれないな。入り込んだ魔法使いがいるとするなら一人だけか?)


 生活魔法や治療魔法ではなく、戦闘や諜報に向いた何かしらの魔法を持っている相手だと予測はできるものの、その種類も多い。やはり指輪が見つかるまでハウエルを一人にするのは危険だ。また、旧型指輪が狙われている可能性もあるためそちらの管理も厳重にするべきだろう。という結論に至ったところで尋問を終了した。



「……この者は嘘を言っていないように思えるので、その……あとは頼む」


「ええ、私にもそう見えましたよ。……私もいくつか尋問しますが、望み薄ですね」

【残念。せっかく道具たちも手入れしたというのに】



 ふきだしがなかったら「大した情報が得られそうにない」という意味で“望み薄”だと言っているのだと思えただろうに、ふきだしのせいで彼の仕事が減ったことに対して残念がっているようにしか見えなかった。

 苦笑しながらサディコフに後を任せ、尋問部屋を出る。刺客は怯えていたし、必死で始めのうちは上手く話が出来ていなかったため尋問にはそれなりの時間を要した。さすがに夕食は冷めてしまっただろうな、と思いながら騎士団内のシャワーを借りてから帰宅する。……あの部屋には悪臭が染みついているため、私にもその香りが移ってしまっていた。それをハウエルの部屋にまで持ち込みたくない。


 魔塔の地下へと続く階段を降り、ハウエルの部屋の扉を軽くノックする。部屋の主の代わりに現れたロイドとそのまま交代し、室内に入った。



「ただいま。何もなかったようでよかった」


「……君は働きすぎ。早死にしても知らないぞ」

【万全じゃないんだからちゃんと休んでくれよ。食事も摂らないで働くなよ】



 ハウエルの言葉とふきだしの両方から向けられた小言に軽く頬をかいた。体を回復させるには休養と食事が大事だというのはちゃんと理解してるので何も言えない。いつもより夕食が遅くなってしまって体が空腹を訴えているのも事実だ。



「すまない。私は今から食事にするが、ハウエルは気にせず休んでくれ」


「僕も今から食べる」


「……先に食べなかったのか?」


「珍しく昼を食べたからお腹空いてなかったし、魔法陣の計算もいいところだったから」

【レイリンを待ってたなんて言えるか】



 どうやら私が帰ってくるのを待っていてくれたようだ。厨房に行くと料理はまだ温かいままで、鍋や皿の下には魔法陣の描かれた紙が敷かれていた。……最近開発されたという保温の魔法だろう。まさか温かい料理が食べられるとも思っていなかったので驚く。



「ハウエル、これは?」


「保温の魔法だよ。検証ついでだけど、食べるなら僕も温かい方がいいからな」

【寒い外から帰ってくるんだから温かい方がいいだろうし】



 これは間違いなくハウエルの気遣いだ。声にした言葉には何一つ、私のためだというものがない。ふきだしがなければ彼の面倒くさそうな表情からこの気遣いを読み取ることはできなかっただろう。


(それを言ってくれ、ハウエル。……そうでないと私は、貴方にちゃんと礼を言えない)


 待っていてくれて、気遣ってくれてありがとう。嬉しい。その言葉を飲み込んで、別の言葉を探した。



「……温かいのは私もありがたい。外は寒かったからな」


「……そう」

【温めておいた甲斐があった】



 厨房の台をテーブル代わりにしてその場で夕食を摂った。ハウエルは無言で食べ進めていたが喜んでいるのはふきだしで分かる。声に出さずとも【美味しい】と思ってくれているのも見て分かるので私としてはとても満足だ。



【またレイリンの料理を食べられる日が来るなんて思わなかった。昨日から何だか、昔に戻ったみたいだ。……そんな訳ないのにな。全部任務だからだ】



 ハウエルが正式に大魔導士となったのは十五歳の時だ。それまでは以前の大魔導士が存命で、彼も魔塔ではなく元の家に住んでおり、私ともまだ普通に交流していた。彼が魔塔に住むようになるまで一緒に食事をするのも日常だったのだ。十六歳になったら騎士団の入団試験を受けるという話をして段々関係が悪化していったのもこの頃だったかもしれない。



「ハウエル。……護衛の任務が終わってもこうして食事を作りに来てもいいか?」


「は?」

【いや突然なに。嬉しいけどなに。どういうこと?】


「大魔導士である貴方は健康的な生活をするべきだ。食事を忘れて研究に没頭するのはよくない」



 険悪な仲になって、彼がどんな生活をしているかなんて知らなかった。討伐の任務がなければハウエルの元を訪れる理由がなかったし、顔を合わせる度に嫌味を言う彼がいつか――私のことを嫌いだと言い出したらという不安もあった。けれど今はもう、そんな心配はしていない。むしろ不規則で不健康な生活をしているらしいことの方が不安で心配だ。



「……君は昔からお節介だよね」

【レイリンのいいところだけど、ちゃんと自分も大切にしてくれよ】


「ああ。それと、私が貴方と食事をしたいと思っているのもある」


「……は?」

【昨日から本当にどうしたんだ?】



 昨日から貴方の本音が見えるようになった、とは言えない。けれど知ってしまったから私も今まで通りの態度ではいられないのだ。嫌われていないなら大事に思う幼馴染を避ける必要はもうない。



「私もハウエルも、もう一人になってしまったからな。やはり一人での食事は味気ないし、どうせ作るなら誰かに食べてもらった方が私も嬉しい」



 私たちはそれぞれの家族を既に失っている。私も祖母を亡くしてからは家に帰っても誰もいないので騎士団で寝泊まりすることの方が多いくらいだ。自分だけの家で一人で食事を作って一人で食べるというのはとても静かで、それならわざわざ料理などしなくてもいい、という気分になってしまうのだ。

 ハウエルの食事事情も気になるところだし、私も誰かと食事をする理由があれば料理を楽しめる。一石二鳥だと思っての提案だ。……たぶん、ハウエルも喜んでくれるだろう。



「……僕は構わないけど」

【なにこれ現実? 夢じゃない?】


「ならそうしよう。毎日は難しいだろうが、一緒に食べられる日は作りに来る」



 たしかにこんなことは昨日まで考えられなかった。すべては神の贈り物のおかげである。こうして少しずつ、昔に戻っていければいい。ハウエルの素直でない性格はきっと変わらないが、ふきだしで内心を知ってしまった今ならもう大丈夫だ。たとえこの魔法がなくても何を言いたいのか、おおよそ察することができる気さえする。


 食事を終えて後片付けをしている時だった。そう言えばまだ話していないことがあったな、と思い出してハウエルを振り返る。彼は【レイリンはあの約束覚えてるんだろうか】と何か考えていたところだったのだが、私の言葉でそれは一瞬でまっさらに消えた。



「私はどこで寝るべきか話し合おうと思っていたんだ。忘れるところだった」


「……は? どういうこと?」


「護衛が一日ずっと傍に居るのは当たり前だろう? 任務の間、ここに寝泊まりする」


「いや……君が寝る場所がないから帰った方がいい」

【レイリンが泊まるなんて聞いてないけど!?】



 護衛が護衛対象から離れては意味がない。四六時中一緒にいるのは当然のことで、それはハウエルも理解していると思っていたがそうでもなかったようだ。

 この家にはおそらく一人分の寝台しかないのだろう。しかしそこは気にしなくてもいい。



「私は壁に寄り掛かってでも眠れるので寝床は気にしなくていい。寝室の壁かドアを背に眠ろう」


【そういう問題じゃない……!! 男女が同じ部屋に寝泊まりするのはまずいだろ……!!】



 ハウエルは無言で難しい顔をしながらそんなことを考えていた。そうしてふと、自分の感覚が男性職場である騎士団に染まり切っていることに気づく。誰も私を異性として扱わないのでそういう考えがすっぽりと抜け落ちていた。おそらく団長もその辺りを忘れているので私をハウエルの護衛にしたのだろう。


(いや……それとも私なら間違いなどありえないという考えだろうか)


 私も寝込みを襲われた経験がない訳でもない。騎士団に入ったばかりの頃はそういうこともあったのだが、刺客だと思って襲ってきた相手の骨を外したり折ったりした回数が三回目くらいになってから何もなくなった。……私は大抵の男性より圧倒的に“強い”のである。


(それに、ハウエルに襲われるのはありえないだろうしな……)


 彼は素直ではないが優しい性格をしているし、同じ部屋に女性が寝ているからと言って過ちを犯すとは思えないのだ。そんな信頼感があって何も疑問に思っていなかったのだがハウエルの方は混乱している。



「……僕は他人が同じ部屋に居たら眠れない」

【っていうかレイリンがいたら眠れない】


「なら、寝室の前で眠ろう。それなら問題ないだろう?」


「………………そうだね」

【問題あるだろ。僕が君を好きだってこと分かって……ないからこうなんだろうなレイリンは】



 ハウエルのふきだしに驚いた。目を見開きそうになってしまい、逆に閉じることで誤魔化す。もう一度目を開けた時、彼のふきだしにはもう別の文字が浮かんでいたが、きっと見間違いではない。


(……そういう意味、なんだろうな。これは)


 なんだか急に落ち着かなくなってきた。便利な魔法だと思っていたが実はかなりやっかいな魔法であるのかもしれない。

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