ふきだしで愛を語るにも程がありますよ、大魔導士殿

Mikura

一章

第1話


 私は魔法国家ゴルナゴを守護する騎士として働いている。レイリン=フォーチュンといえばこの国の誰もが知っている、女性騎士の名だ。

 ゴルナゴは都市一つの小さな国だが肥沃な土地を持ち、大変栄えている。それは土地が持つ魔力が強く、魔法石の産出が豊富であり、また魔法を使える人間が他所に比べて多く生まれることが理由である。

 しかし豊かな小国というものは近隣の大きな国に目を付けられやすいもので、外国からの干渉や衝突が絶えない。人間だけならまだしも、魔力が多い土地には指定害獣――魔獣が生まれ、そちらの脅威にもさらされている。

 そんな数々の脅威から国を守るのは国防騎士団と都市を丸ごと覆ってしまう巨大な防壁魔法。防壁を作っているのは「大魔導士」と呼ばれる、桁違いに魔力豊富な人間だ。今代でそれを担うのはハウエル=シュワルツ。……私の幼馴染である。



「まだ騎士をやってるのか。辞めた方がいいって言ってるのに」



 魔法使いの中でもそれを研究する者、魔法の権威たちが集まる魔塔。この国の中心といっていい組織であり建物だ。この地下にある部屋がハウエルの職場兼家なのだが、仕事のためにここを訪れて受けた第一声がこれであった。

 会う度にこのような嫌味を言われる仲になったのはいつ頃からだったか。ハウエルの灰色、いやそれよりも鋭く輝く剣のような銀の瞳が私を睨んでいる。しかしそこに敵の目に宿るような――魔獣の敵意や、敵国の間者の殺意のような強い力はないのでため息を吐いて適当に流すのが常だ。



「私のような魔法を使う者が国家防衛の騎士に向いているのは明白じゃないか。貴方以外は“永遠に騎士で居てくれ!”と言ってくるんだがな」



 国を守るのは騎士団の役目であるが、その中でも魔法を使える者だけを“騎士”と呼称する。それ以外は兵士だ。元々は騎乗して戦場を駆けながら魔法を駆使する役職だったためについた名で、現代では当てはまらない者も多い。たとえば私のような騎士は馬に乗る必要がない。

 私の使える魔法は身体能力の強化。私はこれしか使えないが、強い肉体は戦闘において大いに役に立つ。馬よりも私が走った方が早く、別の戦場の声も私の耳ならば拾える。指令、伝令の人間を送らずとも、その魔法を使える人間がいなくとも、名を叫んでくれれば離れた場所から言葉が伝わるのだ。


(私に他の魔法は必要ない。これだけあれば何とでも戦えるし、騎士として活躍できている)


 大抵の魔法使いは魔法陣や魔道具がなくとも一、二種類の魔法を扱える。暮らしを豊かにするものから戦闘向きのものまで種類は様々で、人によって使える魔法は異なり、また遺伝する確率も低い。

 魔法使いの中でも身体強化や攻撃魔法に分類される能力を持つものは国防の騎士としての働きを期待される。危険の多い仕事でもあるため高待遇かつ国民からの支持も厚い。それに性別も問わないときた。私にとっての天職だ。

 それを、この男だけは頑なに認めない。幼い頃は仲が良かったはずなのにどうして険悪な仲へと変わってしまったのか、私自身に心当たりはなかった。



「この国は僕一人で守れる。君の力は必要ない」


「ああ、分かった分かった。たしかに貴方の魔法は別格だ。でもそれだけで国を守るのは厳しいと分かってるはずだろう」



 国を覆える程巨大な防壁を張れるような魔法使いは五十年に一人生まれるくらいの確率で希少な存在だ。防壁は国全体を使って描かれた魔法陣に魔力を注ぎ込むもので、個人の持つ魔法の種類に左右されず膨大な魔力量さえあれば作ることができるが、それだけの魔力量を持つ魔法使いが絶対的に少ないため個人の才能に頼ることになる。複数人でその魔方陣を起動すると魔力の相性に問題がでるのか、弱い壁しか貼れない。結果、魔力の多い魔法使いが生まれると「大魔導士」と認定し、国の防衛を担う大きな柱にするしかない。


 複数種類の魔法を扱える上、歴代大魔導士の中でも飛びぬけた才能と呼ばれるハウエルは自尊心が膨れ上がってしまったのだろう。

 何せ、彼はその防壁を二重に張ることができた。ゴルナゴの歴史上、彼が大魔導士となった今代が最も守備が堅いのは事実だ。それでもその防壁を破ろうとしてくる魔獣は、人の手で排除しなければ増え続け、結果的に彼の負担を増やすことになる。


(そもそも私は、ハウエルを守るために騎士になったんだがな……)


 ハウエルは生まれた時から髪が白く、まるで老人のようだと近所の子供わるがきにからかわれ、いじめられていた。それがどうしても気に食わなかった私はそんな子供たちを追い払い、彼を守る――と言うのは烏滸がましいがそういう関係だったのだ。

 八歳の頃にはハウエルの魔法が発現しいじめっ子は報復を恐れて近づいてこなくなったが、代わりに国の魔法機関が現れて彼を「大魔導士にする」と決めてしまった。国を一人で守ることになったハウエルを一人くらいは守ろうとする人間が居てもいいはずだ。彼より先に身体強化の魔法を得ていた私はその一心で騎士を目指したというのに。


(幼馴染わたしの心、幼馴染ハウエル知らず)


 それでも私はまだ、彼を守っているつもりである。私が魔獣を駆除し、敵国の間者を捕らえれば彼の負担が減っていくのだから。……嫌われているのにこんなことを考えていると知られたら気味悪がられそうなので黙っている。私はまだ、仲の良かった昔を思い出してしまい、彼のことを嫌いになれないままなのだ。



「大体その髪型もなんなんだ」


「騎士が髪を高く括る理由なんて一つだろう。知らないのか?」


「知ってるから言ってるんだろ。命知らずなのか?」



 髪を伸ばし高い位置で結い上げるのは敵への挑発と自信の表れである。この髪掴んで首を掲げてみろというメッセージだ。こうしていると目印と言わんばかりに敵が集まってくるため、隊長以上の実力者に多い髪型だ。私とて騎士団の隊長の一人なのだからこれくらいする。私の赤い髪は戦場でもよく目立つだろう。……とはいえあまり人間との戦闘になったことはないのだが。しかしこの髪型にしてから魔獣もよく寄ってくるので効果はある。血の色に似ていて奴らを刺激するのかもしれない。


(貴方こそなぜ髪を伸ばしているのか、とは訊かない方がいいな)


 雪兎のように白くて柔らかいハウエルの髪は彼にとってコンプレックスだったと記憶しているけれど、現在はその髪も背中に流れるほど伸ばされている。その理由は気になるところだが本人のコンプレックスを刺激するのは悪いことだと口をつぐんだ。



「もういいから、早く証をくれ。魔獣の討伐に行く度に言い合いをしていても仕方がない。何より集合時間に遅れてしまう」



 ハウエルの魔法防壁は魔力の多い者を拒絶する。魔獣と力の強い魔法使いはあの防壁を出入りできない。ただし彼の魔力が籠った指輪を装着すれば出入りは自由だ。魔法使いでもある騎士は討伐に出る際彼から証の指輪を授かり、そして帰還後はそれを返却しなければならない。

 これは他国の魔法使いを入れないための措置である。そのために毎度顔を合わせては嫌味を言われるのが私達の今の関係、という訳だ。



「はあ……君にこれをつけるのが嫌でしかたない」


「大魔導士殿の我儘は通らないぞ。魔獣討伐の成績は私が最も良いんだからな」



 差し出した左手の中指にハウエルが証の指輪をはめた。これは装着した人間にしか外すことができない。それもまた盗難防止のためで、この仕組みを開発したのは目の前の男である。魔法の考案、開発についても秀でた大変優秀な大魔導士だ。その尊大な態度を除けば非の打ちどころがない。



「絶対に返しに来いよ。失くすなよ」


「貴方は私を何だと思ってるんだ? そもそも外れないだろうに。ちゃんと返しに来るから安心してくれ」



 それこそ指を切り落としでもしない限り外れないのだからそんな心配は要らないというのに、ハウエルは私に対して信用がなさすぎる。

 ため息を吐きながら背を向けた。ハウエルのせいで毎度ここで長居をしてしまう。それでも出発を後らせる訳にはいかないと部下の待つ街の北門まで駆けた。身体強化を使い屋根を伝っていけば都市の中心にある魔塔から外門までは約三十分だ。普通に歩けば半日の距離なので他の騎士は前日に指輪を受け取っている。

 なぜか私だけはハウエルが直前まで渡し渋るという嫌がらせを受けているため、この時間になってしまうのだ。私でなければ出発に間に合わないだろう。冷たい空気の中を風を切るように走り、北門の前に降り立った。



「隊長、おつかれさまです!」


「ああ、皆揃っているか?」


「は! 準備完了しております!」



 今回魔獣討伐で私が率いるのは百人の部下のうち三十人。彼らの乱れない隊列に満足して頷いた。私が隊長になった時は「女が隊長なんて」と反発する者が居たとは信じられないくらい、全員が真剣な目をしている。

 そしてもう一つの小隊が討伐を共にするため隣に集まっていた。その隊長である金髪の男が軽く手を挙げながらこちらに近づいてくる。その手にも私と同じ、証の指輪が輝いていた。



「ようレイリン、遅かったな。また大魔導士殿の我儘か?」


「まあ、そんなところだ。それよりもキース……貴方の隊はあれで大丈夫なのか」



 五人ずつ六列にきっちりと並ぶ私の隊と比べ、キースの隊は並んでいるのではなく“集まっている”という状態だった。魔獣討伐前だというのに気が抜けているのか雑談も多い。

 今は冬で魔獣の活動も少ない時期だが、それにしても緊張感がなさすぎる。あれでは怪我人が出るのではないだろうか。



「大丈夫だって。というか、さすが女騎士レイリンの隊だな。うちじゃあそこまで統制とれねぇよ」


「それは貴方がだらしないからだと思うが……」


「それ言われちまうとなーんにも言い返せねぇな。まあ、あいつらは雑魚を処理してくれればあとは俺がどうにかできるし、いいさ」



 私生活がだらしない上司を見れば部下もそれに倣う、それだけのことだ。キースは同世代の騎士であるが私との性格は真逆と言っていい。それが隊にも表れているのだろう。

 少々不安になったが、火力の高い火属性の魔法を使えるキースがいるなら滅多なことにはならないか、と軽いため息で流すことにした。出発前から揉めても無駄に体力を使うだけだ。



「……まあいい。魔獣の討伐さえしてくれれば」


「それは勿論。じゃ、行くか」



 門を潜って外へ出た。ここから先は人間ではなく、魔獣が食物連鎖の頂点に立つ世界だ。隣であくびをしているキースを横目に、より一層気を引き締める。


(……無事に帰るさ。約束があるからな)


 不愛想で尊大で自分を嫌っている幼馴染が相手でも約束は約束だ。魔獣相手に気を抜けば命を落としかねない。約束は必ず守らなければな、と内心で呟いた。


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