女帝転生

冨平新

第1話 転生

 「スキルス胃がんのステージⅣです。五年生存率は8%ほどでしょう。」

 「わかりました。お世話になります。これからよろしくお願いします。」


 平吹瑠香ひらぶきるかは、三年は我慢していた腹痛に耐えかねて外科を受診した。

 四十六歳の看護師である瑠香には、自分の身体が何故強烈な腹痛を起こしているのか大体解っていた。

 多分、胃がんだろうとは思っていた。

 

「しかし、スキルス胃がんとは。しかも、ステージⅣ。こんなひどい状態になるまで、よく我慢したものだわ・・・。」


 看護師である彼女は、身体の異変には相当早く気づいていた。

 であるにもかかわらず、彼女は何故、早期受診をしなかったのだろうか。


 四十六年間。

 瑠香は自分の人生を振り返る。

 良いこともあったが、ほとんど辛いことの連続だった。

 独身の彼女は、経済的にも苦しい生活をしていた。

 新型ウイルスの出現で、職場での勤務はハードになった。

 それでも看護師として、患者さんの未来のために瑠香は身を粉にして働いていた。


 「私は、いつまでたってもこうなのだ。普通の女性が味わうような『幸せ』を、今まで一度も味わうことはできなかった。だから、末期の胃がんになったのならば、そろそろこの旅を終わりにしても良いだろう。」

 それが、早期受診をしなかった理由である。


 瑠香が勤める『緑赤十字総合病院』の外科を、患者として受診した。

 痛みがひどいと言うと、モルヒネパッチを大量に処方してもらえた。

 「人生の最後ぐらい、自分の痛みに向き合って、徹底的に自分の身体をいたわってケアをしてあげよう。人生の最後の最後なのだから、痛みを感じないように身体を麻痺させて、自分の身体に徹底した緩和ケアをしてあげよう。」

 瑠香はモルヒネパッチを、自分のお腹に心を込めて貼った。


◇◇◇


 一年半後、平吹瑠香はこの世を去った。

 いや、正確には、瑠香の肉体がち果て、焼却された。


 「ご臨終です。」

 離れて暮らしていた弟と妹が、瑠香の亡骸なきがらして号泣していた。


 幽霊になった瑠香は、自分の死体を上から眺めていた。

 (・・・私、成仏じょうぶつしなかったんだ・・・)


 残留意思ざんりゅういしが、明らかに残っていた。

 肉体こそ持たないが、瑠香は生きていたのだ。


 「お姉ちゃん・・・ごめんね・・・ごめんね・・・。」

 (美香みか、何故謝る・・・)

 「姉貴あねき・・・姉貴の事、尊敬していたんだよ・・・。」

 (まさる・・・)

 

 幽霊になった瑠香は涙こそ流せないが、妹と弟の本心を死んだ後から知るなんてこともあるのかぁと、そんな風に思っていた。


 ◇◇◇


 告別式の様子も、幽霊になった瑠香は一部始終を見ていた。

 (私、焼かれちゃったな・・・)


 「平吹瑠香様ですね。」

 (あ、はい、って、え?私、死んだんですけど)


 幽霊になった瑠香が、声のする方を見ると、ピースマークのような顔をしたテルテル坊主に天使の輪が浮かび、羽が生えたものが浮かんでいた。


 (可愛い!)

 あまりの可愛らしさに、瑠香は心の中で叫んでしまった。

 (あなたは、誰ですか?)

 「案内人です。名前は『みーこ』と言います。」

 (みーこさん、ですか。あ、ちなみに、私はもう死んだんですけど)

 「存じております。ですから、今後の逝き先について、お伝えに参った次第でございます。」


 「『世界の支配者A』様から、伝言をお預かりしています。読み上げます。」

 (え?セカイノシハイシャ?)

 「平吹瑠香、本日付けで、世界の女帝を命ずる。」

 (・・・・・・)

 「平吹瑠香様のご生前のご活躍については、全て把握したうえでの決定です。

どうかお断りなさいませぬよう、お願い申し上げる次第でございます。」


 『世界の支配者A』の命令により、平吹瑠香は世界の女帝に転生することになった。

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