第20話 怪しいお客様


 すずさんと恰幅かっぷくのいいおじさんは、今店内に入ってきた男たちが危険人物だとわかってはいないようだ。


 しかし、入ってきた男たちの態度が悪いせいか、すずさんは両手を胸の前でぎゅっときつく握りしめて少し警戒しているような固い態度で接している。

 おじさんは最初こそ男たちに眉をひそめたが、絡まれたくないのか体を小さく縮こませて目立たないようにしている。


 二人組のうちの腰から剣をぶら下げて黒い髪を短く刈り上げている男が案内されたテーブルからすずさんに向かって再度声をかける。


「おぅ、姉ちゃん。俺たちゃ腹減ってんだ。なんか食わせてくれや」

「はいよ。どんなものが食べたいんだい?」

「あーそうだな……やっぱり肉とかスタミナがついて腹が膨れるようなのが良いな。な、おめぇもそれでいいだろ?」

「とりあえず、腹が膨れれば何でもいい」


 あの時、私とタイムに手と足を噛まれた男が応える。

 男は剣を持っている男とは逆に茶色い髪を背中までのばしていて、それを頭の後ろでひとつにまとめて縛っている。

 よく見ると手にはうっすらと歯型がついていて、私の噛んだ跡なんだろうな……と少しだけ冷静さを取り戻せた。

 私の歯型も残っているのだから、園生くんに投げられたナイフの傷も残っているだろう。


 それなら、まだ傷が痛むだろうし単純にご飯を食べに来ただけかもしれない。


 私は警戒心は心の片隅に潜めたまま、仕事を再開した。

 しかし、直接対応するのはやはり怖かったので、接客対応はすずさんに任せて私はキッチンで洗い物や掃除など裏方をやらせてもらうことにした。


「分厚い肉のステーキがいいな!」

「それなら、俺はよく焼いてくれ」


 それを聞いたすずさんは申し訳なさそうな顔をして、いつもより少し小さく縮こまった。


「あぁー……今日の仕入れでは厚い肉は手に入らなかったんだ。すいませんが、薄切り肉ならあるんで生姜焼きとかでもいいかい?」


 キッチンからでも、テーブル席の声はある程度聞こえる。

 男たちから「えぇー」という不満の声があがるが、ないものはしょうがない、と切り替えたようで生姜焼きとご飯とスープ、どれも大盛りを頼んでいた。

 すずさんは「ごめんねぇ。ありがとね」と言いながら、ご飯の支度をするためキッチンへと移動してきた。


「……あれ、律歌ちゃん。顔色がかなり悪いけど、大丈夫かい?慣れない仕事で疲れたかねぇ……」

「あ、いえ、そういうわけじゃないんです……」


 すずさんに伝えるべきか迷ったけど、今、下手にすずさんを怖がらせてこのあとの仕事に支障が出たら大変だ。

 園生くんや保さんのように頼りになる人が近くにいたらいいけど、今いるのは男たちの威勢に縮こまっているおじさんが一人。

 もしも、何かあったときにこの3人だけで対処がうまく出来る気がしない。

 それであれば、すずさんにいらぬ恐怖を与えないで無難に何事もなく男たちをお腹いっぱいにさせてさっさと帰らせたほうが良いのかもしれない。


 今とれる最善策を一人でうんうん考えていると、すずさんは男たちに出す料理を作りながら小さく息を吐いた。


「律歌ちゃん。無理しなくていいから、後ろの椅子で休んでな。どうせ、今お客さんはあの二人しかいないんだ。何かあれば呼ぶから。ね」


 すずさんはそう言うと、私の背中をぐいぐいと押してキッチンの奥の方にあった椅子に無理やり座らせた。

 そのまま、私の頭を軽く撫でると作業の続きに戻ってしまう。


 私はすずさんに撫でられた頭を右手でそっと触れ、言わない選択肢が合っていることを願った。



「はいよー。お待たせしました!生姜焼きだよ!」

「はぁーもう腹減って死ぬかと思ったぜ」

「はっは、大げさだねぇ。特別に特盛にしておいたから、たくさん食べていきな」


 すずさんの言う通り、山盛りの生姜焼きと茶碗にこれまた山盛りの白いご飯が二人の前にドンッと勢いよく置かれる。

 よく見えないけどお椀のスープも並々と注がれていそうだ。

 すずさんの作る生姜焼きは豚肉に近い食感の獣肉とたっぷりの玉ねぎを、たっぷりの生姜を使った特製の醤油ダレで味付けしたものだ。

 生姜がかなり効いていて一度食べると病みつきになってしまう、すずさんの作る料理の中でもダントツの人気を誇る。


 男たちは本当にお腹が空いていたようで、目のまえに置かれたご飯を見るとまるで他のことが見えなくなったかのようにそれぞれがガツガツとご飯を食べ始めた。


「はぁ~すごい、良い食いっぷりだねぇ、あんたたち」


 すずさんが感心して言うも、食べる事に夢中で耳に入らない様子の男たち。


 20分も経たないうちに男たちは山の様に皿に盛られていた生姜焼きとご飯をぺろりと平らげてしまった。


「ふぅ、いやぁ食った食った」


 黒髪単発の男がパンパンに膨れた腹を左手でやさしく擦りながら言う。

 茶髪の男もそれに応えるようにうなずき、げふっと小さくゲップをした。


「さぁて、腹も膨れたし、そろそろ行くか」

「あぁ。準備はいいか」

「おうよ」


 男たちは今一度身支度を整えると、突然宿のドアに向かって走り出した。

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