第9話 良い先輩になるためには
ゲートをくぐったと思った次の瞬間には、もう自室のベッド脇に座っていた。
「うぅ……く、首が……」
結局、ベッドに寄りかかるような体勢のままマイダの国へ行ってしまったので、うなだれた姿勢で首がガチガチに固まっている。
少しずつゆっくりと頭を持ち上げ、固まってしまった首や肩を優しくほぐす。
時刻は午前3時50分。昨日よりは余裕をもって帰ってこられた。
でも、次に行くときは直前までの姿勢を考えてから向こうへいかないとこちらへ帰ってきた時に体が変に固まって大変なことになる。
とりあえず、軽く体をストレッチしてベッドに入り二度寝を決め込むことにする。
ベッドに横になり、天井をぼんやりと眺める。
寝ると勝手にマイダの国へと行き、ゲートを潜れば戻ってこられる。
こちらで園生くんと話したことと向こうで園生くんと話したことと繋がっていたので、マイダの国というのは本当に今と同じ時間の流れで進む別世界なんだ……。
でも、どうして急に行けるようになったんだろう?
園生くんの様子だと私よりも前からマイダの国を知っているような感じだし、仕事を手伝った坂内さんだって前からいるような感じだった。
そういえば、前に園生くんが言っていた「10歳くらいの少年」とはなんだろう?
さっき、マイダの国に入る前に現れた幼稚園児くらいの子は何か関係があるのかな?
疑問が1つ解決されたと思ったら、あとからまたわからないことが出てくるなぁ。
頭の中でごちゃごちゃと考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
◆ ◆ ◆
カーテンの隙間から高くなりつつある朝日が部屋に入り込み、朝を告げる。
二度寝と称して5時間ほど寝ていたようで、がさごそ手探りでベッドの縁に充電しっぱなしのスマホを探し時刻をみると午前9時になろうとしていた。そのまま、ベッドでごろごろしながら今日の天気を検索すると1日ずっといい天気みたい。
昨日はたまたま出先で園生くんに会えたけど、今日も偶然会えるとは限らない。会えたら聞きたいことはたくさんある。
結局、マイダの国にいる間も連絡先を聞きそびれてしまったので未だに連絡先は知らない。
ベッドの上で思いっきり体を伸ばしてから起き上がる。
さて、今日は何をして過ごそうかなぁと部屋のカーテンを開けて外の様子を見ていたらスマホが鳴った。
着信画面をみて嫌な予感が頭をよぎる。
「はい、も」
「せんぱあぁあい!助けてくださいぃ!」
私の言葉も遮り、会社の後輩が半泣き状態で話し出す。
「先輩!データが……顧客用のデータが消えちゃったんですぅ!だ、だずげてくだざいぃ!」
電話の向こうで後輩がとうとう泣き出してしまい、話し声にぐずぐずと鼻をすする音と小さな嗚咽が混じっている。
今日は休日のはずなのだけど、返上して仕事していたのだろうか。
「落ち着いて。今会社?」
「……すん……そうですぅ。顧客用のデータを用意しなくちゃいけなくて……ぐすっ……明日の朝までに仕上げて、一回先輩にチェックしてもらおうと思ってたのにぃ〜……ど、どうしよぅせんぱ〜いぃ……」
「会社にいるのよね、課長は?一緒じゃないの?」
「課長いないですぅ〜。戸締まり忘れないのを条件に鍵借りたんですぅ……」
こういうところがダメ上司の所以ね。
さっきまでの清々しい気分は一気に吹き飛び、頭を抱える。せっかくの休日が今潰されようとしている。
相手に聞こえないように、小さくため息をつく。
「わかったわ、今からそっちに行くから少し待ってて」
「ゔぅ〜せんぱぃ〜……ありがとうございますぅ!」
そう言って、スマホの通話を切ると今度は大きなため息をひとつつく。窓から見える爽やかな晴天が急に憎らしく見えてくる。
私の休日が……。
しかし、あのまま電話で話していても埒が明かないので簡単に支度し始める。今日は本当は仕事じゃないし、ラフな格好でいいわね。上は薄手の紺のスキッパーシャツにして、下は面倒なのでデニムでスニーカーでも履いていこう。
メイクもシンプルに軽く済ませて会社へと向かう。
会社へ向かう道すがら、凹んでいるであろう後輩と私の朝ごはんも兼ねてちょっとオシャレな佇まいのパン屋でコーヒーとサンドイッチなどのパンをいくつか品定めする。店の奥では焼き立てパンの香ばしい美味しそうな匂いがしていて、店内では焼き立てパンが出てくるのを今か今かと待っているお客さんも何人かいるようだ。少し待っていれば焼き立ても買えたかもしれないが、あまり後輩を待たせてしまうのも嫌なので今回は出ているものだけを買うことにした。
前までの私だったら、こんな気遣いは出来なかったかもしれない。
後輩からの電話も、まず電話口で怒っていたと思う。「勝手なことをして」とか「こまめに保存してなかったのか」とか、本人だってわかっているような失敗を改めて責めてもしょうがないのに。
朝ごはんを買う目的ももちろんあったけど、昨夜のマイダの国での出来事が頭をよぎっていた。
坂内さんの仕事を手伝ったときに認められることの喜び、褒められることで得られる自尊心と満たされる承認欲求。
私は後輩に対して、坂内さんたちのように出来ていなかったと反省し少しずつ意識を変えていこうと思ったのだ。
まずは、凹んでる後輩のフォローと一緒に原因と問題解決を考えて、それから後輩が休日出勤なんてすることにならないように、日頃から進捗状況や困っていることなどをもう少し気にしてみよう。
すぐに変わるなんて無理だから、私に出来ることをひとつずつ。
パンとコーヒーと小さな決意を持って会社への道を急ぐのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます