第3話 異世界転移じゃないの??

 思い返してもカフェにきた記憶が全然出てこない。

 これはもしや、今流行りの異世界転移モノってやつ?実は私には特殊スキルがあって、それでこの世界を救う!

 ……みたいな展開にでもなったりして。


 だんだんと想像があさっての方向へ飛び始めたところで、ずっと繋がれていた手が開放されて現実へと引き戻された。


「ここまでくればもう大丈夫かな?いきなり連れてきてごめんね。何だか君が困っているように見えたから……」

「ぁ……えっと、びっくりしたけど助かった……ありがとうございます」


 いろいろな想像はしても、頭はまだ混乱しているのかうまく言葉が出てこなくてつっかえながらゆっくりと話し、ぺこりと頭を下げる。

 青年はクリクリとした目をにっこりと細めて、大げさに胸をなで下ろす仕草をした。


「良かった〜!実は、途中から俺の空回りだったらどうしようって思ってたんだ。この街では見かけない顔だしお困りならお手伝いしますよ、お嬢さん」

「あ、あぁこれはどうもご丁寧に……」


 青年は茶目っ気たっぷりにウインクすると、服のポケットから名刺のようなものを取り出し差し出してきた。彼女も長く染み付いた社会人生活の癖で、しっかりと両手で受け取る。


《荷物運びから用心棒まで何でもござれ! なんでも屋 近部》


「なんでも屋さん……」

「そう、なんでも屋。モネさえ払ってくれれば今日の献立作りからご近所トラブルまで解決するよ〜」


 そう言って、彼は人懐っこい笑顔を浮かべる。チョコレートブラウンの髪がさらりと流れ、男性アイドルに匹敵するような可愛さを演出している。この笑顔と長身、すらりと伸びた手足では街中の女性が放っておかないだろう。細身ながらもしっかりと筋肉はあるようで、腰には剣のようなものを下げている。


「本当にさっきは助かった、ありがとう。その『モネ』?というものを払いたいけど持っていなくて……」

「えっ、モネを持ってないの?……う〜ん……?悪いけど、格好的にどこかのご令嬢という感じではないよね?」


 近部は腕を組み、右手を顎に添えて探偵のように考え込む。


「見かけない顔、モネを持っていない、貴族令嬢のように従者が払うというわけではない、まるでモブのような格好……。あれ?ねぇ、君はどこからきたんだい?」


 ブツブツつぶやいていたかと思うと急に話を振ってきた。


「えーっと……実は気がついたらさっきのお店にいたの。いつからいたとかそういったことはわからない……てか、初対面でモブみたいって失礼じゃない……?」


 質問に答えつつ、小さな声で彼のつぶやきに抗議した。抗議は彼の耳には入らなかったようだが、私の答えを聞いて慌て始めた。


「気がついたら……もしかしてここは初めて来た……?あ!今何時だ!?時計!時計持ってる⁉」

「え?ど、どうしたの?急にそんな慌てて……今は……あっ、3時半かな?」


 落ち着いて街の中をよく見れば至るところに時計がある。


「あーもうあと30分か……まぁそれだけあればどうにかなるか……?」


 先程まで人当たりの良さそうなキャラだったのが、打って変わって真剣な表情で訴えてくる。


「初めて来た君には悪いんだけど、ここはあと30分で閉まるから出口から元の世界に戻らなくちゃいけない」


 あまりに突拍子のないことを言われて理解が追いつかない。30分で終わるとは何が終わるのか?出口から出ていくとはどういうことなのか?再びパニックになりそうな私の手を掴み、街の中心部から急ぎ足で遠ざかる。


「ね、ねぇ!ちょっと待って!意味がわかんないよ!閉まるってどういうこと!?なんでそんなに慌ててるの!?」

「本来ならこの世界に入る前にここのマスターから説明を受けてるはずなんだけど……まぁいいや、ここはマイダの国。ここの住民はみんな何かしらの仕事をしてモネ……まぁ賃金を得てる。で、だ。これが大事なことなんだけど」


 ここで近部は一度言葉を区切ると、『出口』に向かう足は止めないまま一呼吸おいて信じられないようなことを言い放った。


「ここ、現実の世界と同じ時間の流れだから」

「はぃい?」


 現実って、私が普段生活している社畜生活のことでいいのでしょうか?

 異世界転移で、世界を救ったり、王子に溺愛されたり、現代知識を活用してスローライフしたり……少しも夢見てないわけじゃなかったのに。

 ショックと混乱で近部の言葉が飲み込めないうちに、彼は次から次へと言葉を紡いでいく。


「びっくりしてるところ悪いけど、時間がないから大事なことだけ先に言うぞ。ここは俺たちのいる世界の真夜中0時から4時までしかいられない別世界だ。4時までにこの街の外れにあるゲートをくぐらないと元の世界には帰れない」

「え……ゲート?何よそれ……てかもし、くぐれなかったらどうなるのよ……」

「今言ったろ、帰れなくなる」

「だから……もしも帰れなくなったら、どうなるのよ」


 近部がそれは――と続けようとすると、少し先に淡いピンクに光る丸い空間が見えてきた。そして、その空間に人が消えていく。

 さっき彼が言っていた『ゲート』があの空間のことなのだろう。ゲートの近くには子供なら中に入れそうな大きさの振り子時計があり、見ると3時50分を指している。これなら余裕をもってゲートとやらをくぐれるだろう。


「あぁ〜良かった、間に合ったぁ!これで無事に元の世界に帰れるよ」

「あ、あぁ……そうなんだね」


 実物のゲートを見ても、さっき急いで説明されたことに対して頭がついていけていないので、全部夢なんじゃないかと感じてしまっている。

 ゲートの前でボーッとしている私をみて、近部が小さく「あっ」と言ってこちらに体ごと向いて右手を差し出す。


「いやお金なら、ないって」

「違うよ、握手。なんでも屋って名乗ってるけど……改めて、俺は近部園生こんべそのお。君の名前も教えてよ」

「……今更ね。私は鈴樹律歌」


 私は小さく笑いながら握手に応じる。彼の外見からすると二十代半ばくらいだろうか……。

 別れ際になってお互い自己紹介するなんて不思議な感じだけど、年下に君って呼ばれるのもちょっと恥ずかしいし素直に名乗っておく。

 そんなやりとりをしているうちに、ゲートの光が弱くなってきた。時計を見れば3時55分になっていた。ゲートの前にいた人たちも私達を残してみんなくぐったようだった。


「おっと、ゆっくりしてたら時間切れになっちゃうな。行こうか、律歌ちゃん」


 握手していた手をつなぎ直し、2人一緒にゲートへ向かう。


「あ、ここまで連れてきてくれてありがとう。いつかお礼させてね」


 2人の体がゲートに吸い込まれていく。近部の口が小さく動いた気がしたが、律歌にはわからなかった。

 近部は律歌をまっすぐ見つめながら小さくつぶやいた。


「また、きっとすぐに会えるよ」

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