第七話 キャッチザムーン(中編2)


 シギン王が手を振った。それを見て俺の横に呆然と立っていた男が我に返り、叫んだ。

「処刑を開始せよ」

「こら、待て。シオンは勝ったはずだぞ。解放しろ」俺は叫んだ。

「我らが王の勝ちだ。解放するわけにはいかない」

 男は俺の声をかき消したいかの様に叫んだ。

「処刑人達、武器を取れ。そっちのじじいからだ」

 がちゃがちゃと音がした。背後で処刑人達が武器を選んでいるのだ。処刑される者の持ち物で処刑される。それが規則だ。

 俺は必死に叫んだ。

「やい、このおかま野郎。そんな言い逃れは聞けんぞ。俺たちを解放しろ。

 たっぷりと酒を土産に持たせてな」

 酒と聞いて気絶したままのシオンの耳がピクリと動いた。

 まったく、こいつはもう。とにかく死んではいないようだ。

 いや、シオンのことだ。死んでても酒を欲しがるのかも知れん。

 俺は続けて叫んだ。この言葉に皆の命がかかっている。

「この卑怯者め。解放するのが掟だとさっき言ったじゃないか。嘘付きめ」

「うるさい。王の意向には逆らえないのだ。静かにしろ。処刑人! 処刑人!」

 男は叫んだ。

 ここだ! 俺は叫んだ。

「王? 王の意向には逆らえない? 判ったぞ。お前は・・・王の男妾なんだろう!」

 群衆の割れんばかりの歓声の中でがちゃがちゃと微かに聞こえていた処刑人達の動きが止まった。どうやら・・本当に、この男はそうらしい。

 男の顔に朱が上った。俺の前に近付いて来ると、男は俺の顔に唾を吐いた。

「この男から、処刑しろ。処刑人。前へ」

 ざくりざくりと砂を踏む音が近付き、俺の横で止まった。

 ぎいと首切り台に処刑人が足をかける音がした。今だ。

 俺はがっくりと首をうなだれた。諦めたように見せて、その実、口の動きを悟られぬように。

 そしてつぶやいた。


 ・・・剣よ。我が剣よ。オーディンブレード。何処に?


 オーディンブレードの存在が、ぽっかりと俺の心に浮かんだ。

 目をつぶった闇の中で・・剣は垂直に天を向いていた。

 そうだ。俺の横で処刑人に支えられて、俺の剣オーディンブレードが振り上げられているのだ。


 ・・・剣よ。汝、その命たる戦士の首を切るや?


 芝居気たっぷりに、ゆっくりと振り上げられた剣が弧の頂点に達した。

 そこでピタリと止まる。よほど首切りの技を修練しているのだろう。俺の心の中で感じとられたオーディンブレードの存在がピクリとも揺れない。


 ・・・目覚めよ! 剣よ! 我に解放を!


 処刑人がオーディンブレードを振り降ろそうとした。

 オーディンブレードは身をよじらせた。動揺する処刑人の手から抜けると、そのまま回転しながら処刑人の首と両腕をすっぱりと断ち切り、垂直に突き立った。

 俺の首枷の繋ぎ目に。


 見事なり、我が愛剣。


 切断された首枷を弾き飛ばして一息で立ち上がった俺は、オーディンブレードを掴むと、目の前の男を頭頂から爪先まで一気に裁ち割った。

 血の糸を引いて、二つになった男が両側に崩れ折れる。

 そのまま、俺は処刑人たちの中に飛び込んで剣を振り回すと、そのついでにキリアや月影の首枷を切った。

 本当にオーディンブレードは良く切れる。魔法で鍛えた鉄も、人間も。

 この剣に俺の技があればこの世に切れぬものは何も無い!

 シギン王が手を振り、軍勢が闘技場へとなだれ込んで来た。

 凄い数だ。

 いかに俺とオーディンブレードが頑張ろうと、いつかは疲れて動けなくなり、最後には殺されるに違い無い。だが俺たち四人分の命の値段。決して安くはないぞ。

 俺は剣を高く掲げて叫んだ。戦いのお叫び。ウォークライ。

 以前の様にオーディンブレードからの白熱の力の流れ込みは無い。オーディン神に逆らってしまったのだから。だが、それでも俺の心には狂戦士の怒りが湧き上がって来た。

 目の前が真っ赤に染まるほどの怒りだ。

「叫べ。ドーム。もっと叫ぶのじゃ」短剣を揮いながらキリアが俺に叫ぶ。

 言われるまでもない。

 俺はまた叫んだ。地獄のように熱く、純粋な怒りが更に濃くなりながら、俺を満たしていく。


 熱い・・・。


 俺は叫び続けた。兵士が俺たちの周りに駆け寄る。がちゃがちゃときらめく武器の光り。揺れる地面。焼けた鉄の臭いが鼻孔に満ちる。


 熱い・・・。


 俺は叫んだ。先頭を駆けて来る兵士へと、剣と叫びと怒りと共に飛び込んだ。


 右腕が熱い!


 先頭の奴が立ち止まって剣を構える前に、俺はそいつの顔のすぐ前に立った。踏み込みの早さこそ剣術の命。相手の息がにおう距離。俺はオーディンブレードを水平にその兵士の腰に当てていた。

 自分に何が起きようとしているのかを悟って、恐怖がそいつの顔に浮かぶ。一瞬の静寂。時間が止まったかのようだ。実際には瞬きにも満たない時間なのだが。

 できるはずがない。そいつがそう思っているのがわかる。刃を引くだけで硬い鎧ごと人体を切断するなんて芸当ができるはずがない。よほどの手練れでもそんなことは無理だ。

 汗に塗れた手でそいつが剣を俺の顔に突き上げてくる。それを避けて俺は右に流れた。そいつの腰に剣を当てたままで。

 少しの歪みも無く、動きに垂直にすべての集中力を載せて。俺の剣の師匠のファイサルの教え通りに俺は剣を引いた。さほどの抵抗無く、腰骨ごと、そいつの身体が真横に二つに切断される。

 この間月に来た時にこいつらの戦い方の弱点は学んでいる。魔法により強化された鎧を着ているので、こいつらは防御技術が甘い。ともすれば鎧で剣を受け止めようとする。

 確かに、これほど強靭な装甲をされた鎧を貫くのは普通は無理だ。

 俺とオーディンブレード以外では。

 俺はやつらの中に飛び込むと、切って、切って、切り裂いた。やつらの剣はオーディンブレードの前に砕け、やつらの鎧はオーディンブレードの前に分断された。

 俺の剣と俺自身は死の旋風となり、奴らの中を駆け抜けた。風はいつかは静まるだろう。だが、それまでは俺と俺の剣が貴様らの運命、生と死の境界線なのだ。

 狂戦士の力は無くとも、狂戦士の怒りだけで俺には十分だった。闘技場を埋め尽くす敵の数は、奇妙に俺に満足を与えた。

 戦士は戦いの中に死ぬのが善い。俺は戦士に産まれたことを誰とも知れぬ神に感謝した。

 断ち切られた身体から吹き出した血が、俺の右腕に掛かって、じゅっと音を上げた。


 熱い・・・右腕が焼けるようだ。


 見てみると、俺の右腕とオーディンブレードが赤く鈍く光っている。

 もう一人、恐怖に色どられた兵士が無謀にも突っ込んで来た。そいつの剣を上に受け流してから、俺は剣を水平に構え心臓の辺りを一突きに貫く。

 オーディンブレードに串刺しにされた、そいつの目から、口から、炎が吹き出した。

「!?」俺は純粋な怒りの感情に浸ったままとまどった。

「ドーム。腕を・・・剣を・・・振るのだ」

 兵士に囲まれた中でダガーを振りながらキリアが叫ぶ。その背後では月影が兵士の首を素手で叩き折っている。

 まだ、シオンは気絶したままだ。さっきのシギン王の武器がよほど効いたらしい。幸いシオンにとどめを刺すことを考えるような冷静な敵はいないようだ。


 キリアは何を言っている?

 剣を振る?


 俺は丁度、向って来た兵士に向って牽制のつもりで剣を振って見た。

 今や、白熱して光を出しているオーディンブレードから、激烈な炎が吹き出す。兵士が幾人かまとめて火に包まれ悲鳴を上げた。魔法耐性があるはずの鎧が何の抵抗も見せずに熔け崩れる。

 周囲の誰かがそれを見て情けない悲鳴を上げた。炎の魔神ゴーモーノーンの記憶が新しいのだ。

 こいつらは火に敏感になっている。何人かは火傷がまだ治っていない。完全回復呪文マディを使える僧侶が不足している証拠だ。

 俺はまた剣を振り回した。

 剣から吹き出た炎が驚くほどの遠くまで伸び、誰も抵抗できない炎の道を作っていく。

 観客席はすでにパニックだ。悪夢が再び蘇ったのだから無理もない。我勝ちに出口に殺到している所に、俺の放った炎の舌が吸い込まれるように飛び込んだ。

 狙ってやっているのでは無い。この炎、奇妙に人間の方へと寄るのだ。

 俺は剣を振り、剣を振り、剣を振った。そのたびに吹き出した炎は闘技場を埋め尽くし、あらゆるものを焼いていった。しかも幾らかは闘技場の外へと燃え移ったようだ。


 気が付いたときには、闘技場は焼けた大量の死体と俺たちだけだった。動ける者はすべて逃げ出してしまっている。

 まだ猛烈な炎を吹き上げている死体の山が、凄い臭いを出している。

 俺の右腕のあざは小さくなり、剣の炎はすでに収まっていた。


 ・・・炎と煙の中を誰かが近付いて来る・・・

 シギン王だ。熱でマントが焦げることも気にしてはいない。

 考えてみれば当り前だ。この失態でシギン王は失脚するだろう。あの牢獄に繋がれて骨になるのがすでに決定事項なのだ。今さら、マントなど気にしてどうなる?

 奴の野望は俺の剣から吹き出した炎の中に焼け落ちたのだ。

 背後にもう一人、これは、ボーンブラストだ。

「まさか・・・この様な力があるとは・・」シギン王は苦々しげに言った。

「おそるべき奴。真に恐ろしいのはお前であったか。キリアでもシオンでもなく。

 魔術では王国一二を争うスーリが破れたのも無理は無い」

 それから、シギン王は俺の剣を見つめた。そして俺の目をじっと見つめた。

「その剣は触媒に成り得ないはずなのに」

「剣だけでは無理なのじゃ、狂戦士の怒りが無いと」キリアが口を挟んだ。

「その二つがあわさって初めて、その初源の炎は解放されるのじゃよ」

 俺はちらりとキリアを見つめた。

 キリア・・頼むから、ここで難しい話は止めてくれ。これ以上難しい話を続けるつもりなら、悪いとは思うが俺は家に帰る。

 キリアは俺の視線の意味を勘違いしたようだ。

「そうじゃよ。ドーム。初源の炎じゃ。お前があの地で破壊したオーディン神を繋ぐ力の宝玉は赤い色をしておった。4大精霊の内の炎の精霊石なのじゃ。

 あの宝玉は物質では無い。純粋な魔力が姿を取ったものじゃ。お前があの宝石を欠いた時、欠けた部分は元の純粋な力に戻り、そして魔法伝導金属であるオーディンブレードの刀身を通ってお前に注がれた。

 人間の身体が一番魔力が通り易いのでな。

 そしてそのまま、お前を包んでいた狂戦士のオーラに捕らえられたのだ。

 同じ条件。すなわちオーディンブレードと怒り狂うドーム。

 この二つが無い限り力が解放されることは無かったのだ。」

 ただでさえ体が熱いのに、俺の頭はキリアの話でまた熱くなった。

 ときたま俺はこう思う。

 キリアは俺に頭痛を引き起こすために存在しているのでは無いかと。

「そんなことが可能なのか。これほどの力を一人の人間の中に包むことが?」

 シギン王が尋ねた。この惨状にも関わらずどことなくまだ余裕がある。

「可能だ。生命というものは、如何なるものより強い魔法なのだ。

 狂戦士のオーラと完全回復呪文マディの力を重ねれば、初源の炎といえど捉えることが出来る。まあ、あのままではドームの中の狂戦士のオーラが弱まり、いつか吹き出すことになっていたが」

 そうか・・それで、腕のアザは大きくなっていたのか・・・待てよ?

「じいさん・・俺を道具に使ったな」

 俺は片目でキリアを睨みながら言った。俺のもう一方の目はシギン王から離さない。

 こいつは何か切り札を持っている。でなければ、俺たちの前に来るわけがない。

 そうか・・・さっきの球だ。シオンを気絶させた。

 あれは何だ。何の魔法だ。

 それにこうやってのんびりと会話をしているのは、兵士たちが帰って来るのを待っているのだ。

 兵士達の前で王が冒険者を倒す。それも出来る限り派手に。名誉回復の機会はそれしかない。

 俺は月の民の魔術師たちが陣取っていた場所を見た。あそこならば魔法は使えるが・・・魔術師たちの死体を燃料に燃え盛る炎が消えない限り、近付くのは無理だ。

「終り良ければ全て良し、じゃよ。ドーム」キリアはとぼけた。

 このじいさん。いまの状況を理解しているのか?

 無論、理解しているに違い無い。キリアもあの場所の炎が消えるのを待っているのだ。時間を稼ぎながら。

「まだ、終っていないぞ」シギン王が遂に懐から手を出した。

 兵士たちを待つのは諦めたようだ。

 俺は奴を殺す方法を考え始めた。あの武器は・・・一体なんだ?

 シギン王が懐から取り出したのは、やはり例の球だ。銀色を基調に何かの複雑な紋様が刻まれている。シギン王が球を宙に放つと、それは奴の周りで回転を始めた。

 どんどん速度が早くなっていく。ボーンブラストがその回転する球から身を引いた。

「確かに生命の魔力は強い。

 だから冒険者の髪で編んだマントの中までには、反魔法場は届かない。お蔭で私はこれを使えるぞ。

 一度使うと魔力を再チャージするまでは使えない欠点があるが、それでも最強の武器だ。この武器の名前は」

 シギン王は叫んだ。

「グングニール」

『…グングニールだ…』

 同時に俺の頭の中に言葉が響いた。オーディンブレードの声だ。

『…私の中にはオーディン神の知識がわずかながら存在する。

 あれは『輝く槍』グングニールだ。オーディン神の武器だ。

 オーディン神が破れた時、奪われた武器だ。こんな所にあったとは…』

「どこが槍だ? ただの球に見えるが」俺は剣を構えたままつぶやいた。

 グングニールは今や恐ろしいほどの速度で空を回っている。

 そいつの巻き起こす風が頬に感じられた。グングニールの軌道が明るく光っている。球に光が反射しているにしては妙だ。

 シギン王が手を振った。

 グングニールが軌道を変え、俺の顔の前を横切って宙高く上がった。

 強烈な白熱光を放ち、長い尾を引いて空を横切る姿は・・・確かに投げ槍だ。

『グングニールは動くことで、熱を帯びる。早くなればなるほど、その前面に凝集した空気が熱を帯びしかも強靭になる』

 ああ、剣よ。お前もか?

 このままでは俺の頭はグングニールより熱くなるぞ。

『ドーム。ふざけている場合ではない。グングニールは神々の使う最強の武器だ。超高熱呪文ティルトウェイトの砲弾だと思えばいい』

 それは大変だ。どうすれば良い?

 自分の圧倒的な力を感じ取ったシギン王が楽しそうに笑い、手を振った。

 恐ろしい速度で天空からグングニールが舞い降り、俺目がけて飛んできた。

 必死の横飛びで俺はグングニールを避けた。

 くそお、なんてえ速度だ。これでは剣で叩き落すのも無理だ。

 じゅっと音がして俺の左足に焼け痕が付いた。さらに何かが俺の足を打った。

 まるで火のついた棍棒で叩かれたようだ。グングニールは俺をかすめたわけでもない。近くを通っただけでこれだ。

 グングニールの通った後に、炎が吸い込まれて渦巻いた。

「これは・・衝撃波じゃぞ。ドーム! あの球は音より早く動くのじゃ」キリアが叫んだ。

 俺はキリアと、倒れたままのシオンのそばに立つ月影を見た。どちらもこの局面では役に立たない。俺がなんとかしなくては・・。


 どうすればいいのだ? 一体?


 俺はシギン王に向き直った。グングニールを操る、こいつを殺せば・・・。

 俺は奴の方へ一歩踏み出した。

 たちまちにして天空からグングニールが降りて来て、俺の前を横切った!

 顔に熱い衝撃を受けて俺はひっくり返った。目を守るのが一瞬遅ければ目が焼けていただろう。

 ふたたびオーディンブレードの声が俺の頭に響き渡る。

『奴は遊んでいるのだ。その気になればグングニールは狙った的を決して外すことはない。あれを破壊しない限り、我々に勝ち目は無い』

 できるのか?

『難しいが。

 今お前の持っている初源の炎と剣技、そして私の力の全てをぶつければあるいは。

 だがグングニールを捉えるのは至難の技だ、あの速度では』

 また、シギン王が手を振った。

 グングニールが舞い降り俺の方へと飛んで来た。俺は避けなかった。

 グングニールは今度は俺の右足を焼いて行き、俺はよろめいた。やはりシギン王は遊んでいるのだ。わざと狙いを外している。勝利は揺るがぬからこそ決定的瞬間を先に延ばして楽しんでいる。

 敵になぶられるぐらいなら見事に死んでやる。

 剣よ、どうすればいい?

『一つだけ、方法がある。私についている宝石『オーディンの隻眼』。

 これを使えばグングニールを引き寄せることは出来る。本来、グングニールはオーディン神の武器なのだから。

 宝石をグングニールへと向けよ。グングニールは引き寄せられる。

 そうすればグングニールは真っ直ぐお前の胸の中心へと飛び込んで来るだろう。オーディン神の手元に戻るつもりで。しかし速度は緩まないだろう。お前は倒すべき敵だから。

 そこへ私をぶつけるのだ。

 全力を込めよ。

 我々の力が弱ければ、私は砕かれ、お前の心臓は跡かたも無く弾けとぶ。

 覚悟はいいか?』


 いいとも。ぞくぞくする。不思議な事に、俺は幸福を感じていた。



 そして、俺は左足を一歩踏み出すと、身体を斜めに構え、剣を垂直に頭の上に掲げた。

 シギン王も何かを感じ取ったようだ。今度は手を俺に向けて真っ直ぐに差し示した。

 俺は剣の柄を横にして、柄に填め込まれた『オーディンの隻眼』と呼ばれる赤い宝石を輝く槍グングニールへと向けた。

 上空で弧を描いて舞っていた白熱する光の槍が鋭角に向きを変え、俺の方へと真っ直ぐに向かって来た。

 自分の方へ向って来る物は大きさの変化でしか見て取ることは出来ない。ましてやそれ自体が光輝く物では。距離を計るのは無理だ。

 だから、俺は剣を構え直して目を閉じた。

 来る!

 強烈な殺気だ!

 炎だらけの闘技場の中を、焼けた大気にトンネルを開けながら突進してくる強烈な存在を感じる。

 ・・・その中心の一点に、これまで何者にも負けたことの無い、猛凶な意志があった。

 この神の武器はそれ自体に意志がある。俺のオーディンブレードと同じだ。

 殺意が迫る。俺も殺意で迎え撃つ。

 まだ・・・まだ・・・今だ!

 俺は渾身の力を込めて、真っ直ぐに剣を振り降ろした。

 ウォークライが俺の心に轟く。俺の声と剣の声だ!

 そして戦いの中に死んでいった無数の戦士たちの雄叫びだ。俺の周囲を戦士の叫びが満たす。剣の刃が何かに食い込む感じがした。

 世界が爆発した。

 腕がじんと痺れ、剣が手からもぎとられそうになる。だが俺は持ちこたえた。

 どっと強烈な熱気が顔を襲い、髪に火がつくのが感じとれた。俺はまだ麻痺している手の一振りで、髪の火を払い、そっと目を開けた。

 破壊されたグングニールの爆発の跡が見えた。俺の位置から扇状に焼けた跡が伸びている。その進路にかかっていた首切り台が粉々に砕けている。爆発に巻き込まれたのだろう。

 もし少しでも力が足りなければ、俺の方がこうなっていた。

 キリアが爆発の余韻を受けて倒れている。シオンのそばにぐったりしているのは月影だ。

 その向こうではシギン王が頭を振りながら立ち上がる所だった。

 ボーンブラストの姿は見えない。いつものようにどこかの物陰に隠れているのだろう。

 俺はシギン王へと近付いた。足元が定まらない。思いの他に体力を消耗してしまった。だがシギン王を殺すぐらいは出来るだろう。たぶん。

 シギン王がよろよろとキリアのそばに行くと、気絶したキリアの背後に回って盾にした。キリアの取り落したダガーを拾うと、切っ先をキリアの首筋に押し付ける。

「近寄るとこいつの命は無い」シギン王は言った。

 俺は剣を構えた。オーディンブレードがいつもより重い。剣も力を使い尽くしたのだ。

「知っているぞ。こいつがお前に取ってどれだけ大切な人間かを。見殺しにはできまい」

 シギン王はそう言うと、もう一方の手を俺に向けた。

 口の中でゆっくりと呪文をつぶやき空中にサインを描き始める。

 シギン王は魔術を使うのだ!

 そして魔術が使えるということは、闘技場を覆っていた反魔法場も消えているということだ。たぶん今のグングニールの爆発に巻き込まれて吹き飛んだのだろう。

 俺は戦士だが、長い間、冒険者をやっていればわかる。シギン王が空中に描き出しているサインは最強の攻撃呪文。超高熱呪文ティルトウェイトだ。

 いまの俺の状態でこんな強烈な呪文を食らえば死ぬだろう。おまけに、もう炎はたくさんだ。

 ゆっくりと呪文を唱えているのは、シギン王の頭がまだ爆発の影響から抜けていないからだ。呪文を間違えたら魔法は暴走する。もしかしたら爆発でシギン王の鼓膜がやられたのかも知れない。

 今、殺さねば。呪文を唱え終る前に。

 腕や足では不十分だ。一撃でシギン王の心臓を貫かなければ。

 呪文を唱えるためにトランス状態に入っている魔術師は殺す以外に止める術は無い。問題はシギン王の心臓はキリアの心臓の後ろにあるということだ。

 俺は心を決めると、剣を振り上げた。

 シギン王が呪文の最後の部分にかかった。「ティルト・・・」

 そして俺はオーディンブレードを振り降ろし、キリアの身体を貫いてシギン王を刺し殺した。

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