幕間劇4 キリアの日記


 スーリの例の事件から二週間が過ぎ去った。ドームも最近ではだいぶん落ちついて来たようだ。

 ドームには相当なショックだったようだ。あまり落ち込まなければ良いが。


 月からの客はめっきりと減って来た。復讐よりは復興。月にはもう刺客を送り込む余裕がないのだと思う。どうやら炎の魔神ゴーモーノーンのお蔭で、かなりの被害を与えることができたみたいだ。それも当然の事だが。なにせあやつは根源の神の争いに破れた、なりそこないなのだから。いわば準根源の神とも言える。


 だが、問題は色々と残る。捕まえた月からの刺客は根源の神に関する詳しい情報を持っていない。どうやらこれらの情報は月の民の中でも貴族階級の独占らしい。


 わしは、また月に行かねばなるまい。どうやってドーム達を巻き込むか、いい策が浮かばない。とは言え、しばらくは月に行く気は無い。破壊されたとは言え月の大部分はまだ健在だし、ゴーモーノーンもやつらの魔法兵器を全て壊すことは出来なかったろうから。

 それに今行っても、たぶん無駄足だろう。スーリはわしらを誘ったが、月の地下の目に付くところに根源の神の手がかりがあるとは思えない。


 シオン達が月の宮殿から回収してきたこれらの資料によると、あそこには王族だけが見ることの出来る三冊の本があるらしい。特別な祭典の時にだけ公開されるこれらの本にこそ、わしの求める根源の神々への道が記されているに違いない。


 わしはまだまだ待つつもりだ。

 やつらが撒いた餌に安易に食いつくつもりは無い。その内に焦れた奴らは本物の餌を釣り糸につけるだろう。その時こそ、わしの出番だ。

 とはいえ、何等かの準備をせねばなるまい。必要なアイテムに補給物資、それにドームたちに支給する酒樽の山。

 やれやれ、金がかかることかかること。まだまだダンジョンにはお世話になるだろう。



 今度の月への旅には余りにも謎が多すぎるとわしは思う。


 何故、根源の神々は月に刺客達の街を作ったのか?

 もっと近く。そう、この大地を取り巻く霧の中では無く。

 月の街のもう一つの目的。太陽の神の脱走に備えてなのか?

 それならば少しは納得も行く。街を要塞にしあれほどの大型兵器を揃える理由も。だがだとすれば、設計者はあの狂える太陽の神が脱走する可能性があると考えていたことになる。それは大変に危険なことだ。恐らくそんな事態が起これば世界の滅亡クラスの大惨事になることじゃろう。

 このことをマーニーに言ってみたことがある。マーニーは静かにほほ笑むだけじゃった。あのほほ笑みはいったい何を意味しておったのじゃろう。マーニーにはこのわしの頭脳をしても理解できぬことがある。まったく不思議な女性じゃ。あれほど魅力的な女性は他にはおらぬ。


 わしは毎日、月を望遠鏡で見ている。奴らの刺客が送りこまれるたびにマーラーテレポート特有の発光を月の上に見ることが出来る。奴らはわしの持つような虚空船は持っていないのだろうか?

 恐らく今までその必要は無かったのだろう。月の民にはわしのように虚空の向こうを探る必要はないから。たった一度のテレポートでここまで飛んで来れるような設備があれば、虚空船などいらない理屈じゃ。

 月の民はわしらを殺した後はどうするのじゃろう。恐らくこの街は放置して引き上げるのかと思う。じきに新しい冒険者が補充され、まるで何事もなかったかのように冒険の日々が繰り返されるじゃろう。


 いずれにしろ推測だけでは限界がある。わしは再び月に行って見なくてはならない。それは避けられないことだ。

 今度こそ根源の神々の秘密を見つけ出すために。


 根源の神々の手がかりは、スーリは地下と言ったが本当だろうか。

 ではスーリは嘘を言ったのか? そんな見え透いた嘘を。

 他に送られて来た刺客とは違い、スーリだけは貴族の出身だった。愛の邪神モルゴドを呼び出せるのがその良い証拠だ。炎の魔神ゴーモーノーンがスーリの家族とやらを殺さなければ、貴族が刺客として送りこまれることは無かっただろうが。

 だからこそスーリの残した言葉には何か重大なヒントがあるとわしは考える。

 考えるが、わしにはそれが判らん。苛々する。ドームがスーリに致命傷を負わせていなければ、何とかなったかもしれないが。


 ドーム。確かにあいつは最近おかしい。わしはそれがオーディンブレードにあると推測する。

 狂戦士だと?

 あの剣にあんな性質があるとはわしの長い長い人生でも初めて知った。元の持ち主のファイサルは狂戦士になど一度もなったことはない。まあファイサルはのんびり屋でおまけに恐ろしく強かった。人間というよりは歩く神と言うべき男だったからな。剣の一振りでいかなる怪物も叩きのめす。そもそもが強すぎて狂戦士になる必要がなかっただけかもしれん。

 あるいはドームの様に戦士一筋に長い間やって来た者だけが、オーディンブレードに気に入られるのかも知れない。普通の戦士では剣と話をすることも覚束ない。もしかしたらファイサルも今のドームと同じく剣と話をしていたのだろうか。あやつが剣に語り掛けている姿なんか見たことはないが。


 確かに、狂戦士の状態にあるドームは恐ろしい。敵味方の判別がついているのかどうかも怪しいものだ。気をつけねばいつの日にか、わしらすべてドームに殺されるやもしれん。

 ドームは気付いているのだろうか?

 狂戦士となったドームの発するオーラは極めて強力だ。あれに包まれている者は通常の数倍の力を放つし、おまけに傷を受けても出血もしないし痛みも感じない。あの状態のドームを殺すには直接心臓を破壊するしかないだろう。

 あれほどの力、もしやオーディンブレードもまた、ワードナーのアミュレットの様に根源の神へと繋がる物なのだろうか?

 調べて見なくては。何としても。やることは山積みだ。

 ともあれ、状況は一段落した、刺客も減ったし、根源への手がかりの目論見も付いた。


 後はただ、時を待つだけなのだ。


        ---赤の年、ドラゴンの月、キリア記す。

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