3:何事でも何処其処でも、第一歩があるはずで

 小倶田外区おともたがいく

 年々に首都へ集中する都市機能の分散施策によって生まれた、都外区の一つだ。


 ネットワークや交通網など、インフラ構築から都市計画として設計され、長い年月で築かれた新都市である。

 都市の『落成』からおおよそ十年が経過し、街は、


「見事、摩天楼に相成ったと」


 歓楽街の喧騒は当然で、官公庁の集まるここ『御門町ごもんちょう』でも街の灯は煌々である。

 タクシーハイヤーを含む車も、スマホ片手に小走りでビルに駆け込んでいく人も。

 夜という憩いに背を向けている。


「も、もう八時ですよ? どのビルも明かりがつきっぱなしじゃないですか」

「解消したのは人口過密だけで、労働量に変わりはなかったってわけ」

「ま、不夜城になるのはここと、お隣の繁華街くらいだよ」


 咲華を先頭に、三人は朝日とも思えるビル明かりの下を歩く。

 重要な話がある、と学校を出た後に怪盗志願の少女を連れだした形だ。


「ですけど、どうしてこんなところに?」

「そうね。何するにしたって、どこかしこも窓口閉まってるわ」


 ひなたもまた、口をへの字にして幼馴染の背に疑問を投げている。


「まあまあ。僕も、確かめたいことがあるんだ」

「確かめたいこと、ですか?」

「うん」


 ひらり、と身軽に振り返り、笑みのまま問いをかけてきた。


「変な話、僕がスプリングテイルである、なんてことは少し調べればわかることだ」

「派手好きが高じて、ね」

「いじわる言わないでよ、ひなちゃんさあ」


 折られた腰を取り戻し、


「けどまあ、あくまで『調べれば』なんだよね」


 それは、同時に現在の惨状に辿り着く道順である。

 負傷ゆえに今年度は活動を休止し、すわ引退か、という有様を。


「そんなポンコツに弟子入りを? ひなちゃんの胸が膨らむほうが信用な……ゴメン、ゴメンてひなちゃん。だからその辺の石を握り込まないで? ね?」

「……言う通りです。私、的屋さんのこと何も知りませんでした」

「そうなん? じゃあ、どうして咲華に?」

「それは……」

「誰かが導いたんだ。きっと、おそらく『この場所』で」

 

 明るい隠棲者が、両の腕を派手に振り上げる。

 目で追えば、巨大なビルに打たれた金属製の銘板。

 深々と刻まれるのは、


「……はい。ここ『全国怪盗技術管理協会ビル』で」


 興行をシステムとして管理する組織の名であり、


「的屋・咲華の、あなたの事を教えられたんです」


 彼女の『第一歩』の地点であった。


      ※


 通称で『怪盗協会』と呼ばれる管理団体。


 全国に支部を持ち、各地で『怪盗』の活動を認可する組織だ。

 その総本山が、ここ自社ビルを占める協会本部である。


 頂点に立つのは、一人の女傑。

 広々とした執務室のデスクに置かれたネームプレートには『田正・秋たまさ・あき』と。

 髪に混じる白雪と、柔和な頬を刻む皺が、彼女の経験を教えてくれる。

 

「果たして、若き英雄は舞台を降りる、か」


 幾冊かの週刊誌を広げては、吐息して投げ出す。


「来週号の確認ですか? 大変ですねえ」


 応接のソファに腰を下ろす細身の青年が、労わるように笑い手を振る。


「ここしばらくはどこも同じ内容でね、さほどじゃあない」

「お察しですね。昨年度MVPは今どこに! でしょう?」

「顔も住処も割れているんだ。そっちを取材すればいいだろうにね」

「大衆が好きなのはスプリングテイル、ってことですよ」

「派手好きの高校生には興味がないと。君とは大違いだね、迩達くん?」

「はは。さんざ『リネン・マスタが狙う次の獲物は女子アナ!』なんてやられましたね」


 迩達・麻繰じたつ・まぐり

 齢三十にして、業界の最高峰『マスター』の役職を肩に掛ける怪盗である。


「けどま、彼がいなくなって、業界の熱気が冷めたのは事実ですがねえ」

「昨年の熱狂が異常だった、と誰もが言っているが?」

「エンターテイナーが熱狂させられなくてどうするんです?」


 確かに、と秋は愉快さを隠せず笑ってしまう。


「意外だ。君は、他の職員や協会員と同じで、彼を嫌っていると思っていた」

「事実は事実、というだけです」

「大人だね」

「あなたが彼の『退会届』をどうして処理しないのか、疑うに留める程度にはですよ」


 追及をするつもりはないと、口端の笑みに見せてきた。

 偽悪的であるが、現在の立ち位置を切り崩してまで手に入れたい『モノ』ではないという意思表示だろう。

 秋はそんな『怪盗』らしい精神的な利己性と独立性を好ましく思う。


「それで、迩達くん。婆さんを口説きにきたわけじゃないだろう?」

「時間が許せばそれも辞さないんですがね」

「ふふ、嬉しいねえ。奥様にもお礼を言っておかないと」

「あらまあ、一枚上手だ」

「それで?」

「……先日、ここの窓口に女の子が訪ねたでしょう?」

「ふむ」

「その子に的屋……スプリングテイルを紹介したと」

「ああ。見たところ、同じ制服だったからね。仲良くしてもらえれば、と思って」

「彼女が、伊井楽と知って?」

「おや。そうだったのかい。御用記者だった伊井楽さんの御息女だったのか」

「……役者ですねえ」


 誉め言葉にありがとう、と微笑む。


「その伊井楽さんに用事でも? なら好都合だね」

「はい? どういうことで?」

「まあ、もうそろそろ……ほら来た」


 電話が内戦の報せを歌い、スピーカーに切り替え受話器を取る。

 届くのは、一階窓口からの慌てた声音。


『ら、来客です、協会長!』

「……あの子が再訪したんで? いや、それにしては……まさか」

「退会届を持って来た時以来だ。三か月にもなるか」

 

 片や驚き、片や穏やかに。

 受付の報告に耳を傾ければ、


『スプリングテイルです! スプリングテイルが紙吹雪を撒きながら突入してきました! おい、やめろ! シュレッダーの入り口に詰め込むな!』


 揃って、苦い顔をするのだった。

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