第十話 向こう側へ
10-1
ダンジョンの受付やギルドの周りには今日も大勢の人がいた。ダンジョンの変化は昨日だったから、まだ戻ってきたものはいないだろう。これから潜ろうという者たちが我先にと列に並びひしめいている。
皆一獲千金や武勇伝を求めてダンジョンに挑んでいくのだ。アイーシャのように生活のために潜っている者も少なくないが、そんな金目当ての連中を一般の冒険者は軽蔑していた。
特に、放置された魔物の死骸から素材を剥ぎ取るような調達士は、特に死体漁りと呼ばれ軽蔑されている。だがアイーシャの祖父、エルデンはその軽蔑を受けながらもアイーシャの為に素材を集め続けていた。生きる為だった。
エルデンが負傷した時、助けてくれる冒険者はいなかったと聞いている。エルデンは砕かれた足を引きずりながら自力で地上まで戻ったのだ。
もっと帰還が早ければ再生魔法が使えたかもしれないが、既に足先の壊死が始まっていてどうにもならなかったのだ。そしてエルデンは右脚を失い、調達士をやめることになった。
アイーシャはその事をずっと気に病んでいた。自分を育てるためにエルデンは右足を失ったようなものだからだ。
エルデンは気にするなという。しょうがなかったのだと。だが、毎日一緒に暮らして目にしていながら、気にせずにいることなど無理な話だった。
調達士を馬鹿にする連中のせいでエルデンは足を失った。調達士がいなければ作れない武具や薬品があるというのに。
調達士は軽蔑され、軽んじられている。それを変えたい。それがアイーシャの願いだった。
具体的には何をすればいいのか分からないが、貴重な素材を手に入れたり、或いは深層ダンジョンへ到達すれば、いつかは冒険者たちを見返してやれるはずだ。アイーシャはそう思っていた。
だからこそダンジョンに挑まねばならない。それを決意して今日という日を迎えたのだ。だがアイーシャの心は揺れていた。未知の不安に脅かされていた。
「アイーシャ、大丈夫か? 顔が青く見える」
ブレンの声に、アイーシャは怯えるように反応する。
「えっ?! な、何?」
「具合は大丈夫か? いつもと様子が違う」
そう聞くブレンはいつもと変わらない様子だった。そう、変わらない。ブレンはこの茫洋とした顔のまま、あの新聞記者を殺そうとしていた。勘違いではない。事実だ。
「何でもない……少し、緊張しているだけ……」
さっきのブレンの行動を考えると、どうしても動揺してしまう。
ブレンはいつもぼうっとしているが、基本的には親切で優しい。アイーシャの命令に口答えすることはあるが、なんだかんだと従い、エルデンを気遣い様子も見せる。
そんなブレンが何故あんなことを……。アイーシャには分からなかった。考えられるのは、アイーシャが困っていたからそれを助けようとした、という事くらいだ。
しかしそんなことでいちいち人を殺していいわけがない。襲われたのならともかく、話しかけられただけだ。やはりブレンは……どこかずれているのかもしれない。それも、致命的な何かが。
「よぉしいくぞてめえら!」
「おぉ!」
威勢のいい声が聞こえ、列の前の方が受付を通ってダンジョンに向かっていく。アイーシャ達の順番もそろそろだ。
「はぁ……こんなんじゃだめね。今はダンジョンの事を考えないと。しっかりしなさい!」
アイーシャは自分の頬を両手で挟むように叩いた。それを見ていたブレンは見よう見まねで同じような仕草をする。
「中に入ったらどうなるか分からないけど、ブレン、あんたも楽な穴が当たるように祈ってなさい」
「楽な穴? どういうことだ? いくつもあるのか?」
「……そういや言ってなかったわね。ダンジョンの中はいくつもの空間が重なっているの。難しく言うと、ええと……分岐複層構造坑って言うの。要は安全で楽な奴や、危険で魔物も多い奴まで色々な場所につながっている。しかも門をくぐってどこにつながるかは入ってみないから分からない。私は、少なくとも今回は危ない橋を渡る気はないし、あんたも初めてだから、安全な穴の方がいい」
「そんな構造だったのか。変な場所だな」
「その変な場所であんたは寝てたのよ。まああの名無しのダンジョンは分岐型じゃなくて単一型っぽいけど」
「ふむ……僕は単一型ダンジョンにいたのか……」
何か思う所があるのか、ブレンは遠い目をしながら考えているようだった。
「次の者、前へ!」
受付の声が聞こえ列が前に進む。順番が近づく。前にいるのはあと三パーティだ。アイーシャは深呼吸をし心を落ち着かせようとした。
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