第五話 今日の稼ぎ

5−1

「ふう。大分やっつけたな」

 ブレンは汗もかいていないのに額を拭う仕草をした。


「半分は私でしょうが! このポンコツ!」

 アイーシャは鎖帷子に付いた、自分の焦げた髪の残骸を払った。


 二人の足元には今仕留めたばかりの火炎蜂がいた。全部で四匹だ。二人で協力して取ったのだが、二匹はブレン、二匹はアイーシャが仕留めたものだった。


「あんた、狂い猪を倒した時みたいに剣が使えるようになったかと思ったのに、結局全然駄目じゃない!」


 アイーシャの剣幕にも、ブレンは動ずることもなく鷹揚に答える。


「うん、そうだな。お化け茸と戦ったときよりはましになった気はするが……頭の中と体がうまく繋がっていない感じだ。そのうち慣れてくるだろう、多分」


 今日もブレンが前衛となり魔物を狩りに行った。

 まず五匹の刃鴉を見つけたが、ブレンは二匹をやっつけた。しかし残りの三匹は仕留めそこね、飛び回る刃鴉に翻弄され、アイーシャの魔法でなんとか倒すことが出来た。


 その後に火炎蜂が樹液を吸っているのを見つけ、不意をついてブレンが斬りかかった。うまく行けば三匹は仕留められたはずだったが、一匹しか仕留められず反撃を食らうこととなった。


 ブレンの体は鎧以外の部分も十分に硬いので傷つくということはなかったし、火炎蜂の火炎魔法でも燃えることはなかった。


 しかし四匹の火炎蜂から一斉に火矢の魔法を受け、ブレンは全身を炎に包まれてしまった。それでも闇雲に剣を振り回していたがまともな戦いにはならず、結局隠れていたアイーシャが魔法とメイスで仕留めることとなった。

 一匹には逃げられてしまったが、四匹は成果としては上々だった。刃鴉とも合わせればそれなりの稼ぎとなる。


「強くなるのがそのうちじゃ困るのよ、ポンコツ! まったく……おかげで髪が焦げちゃった」

 アイーシャは皮の兜の裾からはみ出た毛先をつまむ。先端が黒く焦げチリチリになっていた。匂いを嗅ぐと焦げ臭く、切って揃えないと駄目のようだった。


「顔や体じゃなくて良かったな。髪はまた生える」


「はぁ?! 女の髪の毛を何だと思ってるのよ!」


「髪は髪だろう。爪と同じようなものだ。必要だが定期的に入れ替わるし、伸びすぎると邪魔だ。僕と同じ様にしてはどうだ?」


「あんたと同じにしたらツルッパゲじゃない! 馬鹿じゃないの?! ポンコツ馬鹿!」


 プリプリと怒りながらもアイーシャはやっつけた火炎蜂を回収する。頭を斬り落とし、胴を開いて針と毒袋を取り出して雑嚢に入れていく。牙や複眼は宝飾品に加工され、針の毒は強壮剤になる。不要な部分は捨てて金になる部分だけを持っていくのだ。


「今日はこんなもんでいいかしらね。火炎蜂は最近捕まえてなかったからちょうどよかったわね。夏になればまたたくさん出てきて値下がりしちゃいそうだけど」

 雑嚢の口を縛り、アイーシャは両手の土埃を払った。


「ふむ。捕まえた魔物が金になるんだな」

 ブレンは放置された火炎蜂の死骸をしげしげと眺める。


 刃鴉も同様に刃のついた羽だけ回収して残りの部分は森に放置していた。しばらくすれば他の魔物が食べて片付けてくれるので、わざわざ穴を掘って埋めたりする必要はなかった。


「そうよ。お金になるんでなきゃ、わざわざこんな危ないことしないわよ。まあ、あんたが引き付けてくれるおかげでだいぶやりやすくなったけど」


「役に立っているなら良かった」


「でも、壁だけじゃなく剣使いとしても役に立ってもらわないと。精進しなさい、ポンコツ」


「ふむ、心がけるよ」

 ブレンは右手の剣を持ち上げ小首をかしげる。ブレン自身にもどうやって狂い猪を倒したのかは分かっていなかった。とっさに体が動いたとしか言えず、それを再現することは不可能だった。


 アイーシャを守らなければいけない。それが強い衝動となりあの時のブレンの体を動かしていた。体の奥底から強い力が湧き、気がつけば狂い猪を斬り、そして蹴飛ばしていたのだ。


「ほんっと変な奴。強いんだか弱いんだか」


 アイーシャの目には、ブレンはどこか手を抜いているように見えた。本当は強いのに弱いふりをしているように見える。わざとらしいほどに。


 今日の狩りでもブレンはしくじっている。お化け茸の時よりはましになっているが、動きがもたもたしている。剣はまともに振れるようになったようだが、ちゃんと的確な位置に打ち込めていない。


 それが一体何なのかアイーシャには分からなかった。一生懸命手を抜いている、とでもいうような矛盾した行動に見えるのだ。


 ブレンが自発的にやっているとは思わない。そこまで性悪な、あるいは頭の悪い魔導人形ではないだろう。しかし何か問題があるようだ。


 その問題が解決するまではこいつはポンコツだ。本当の意味で背中を預けることは出来ない。アイーシャはそう思った。

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