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「この森の奥に……あるはずなのよね……」

 アイーシャはメイスを鉈のように振り下ろしながら、木々を掻き分け森の中へと進んでいた。森の中には魔物が潜んでいることがあるため、アイーシャはメイスから破邪の光を発していた。神聖魔法の基礎的な魔法で、魔物はこの光を嫌う。日中であるため効果は低いが、それでもこの森にすむ程度の魔物であれば寄ってくる心配はなかった。


 物見の洞へ続く道は絶えて久しい。獣道のように僅かに残る人の踏みしめた痕跡を辿りながら、祖父エルデンから聞いた思い出話を頼りに目的地を目指す。

 森へ分け入ってから既に三十分以上が経過しようとしている。アイーシャは時折方向に迷いながら、確信を持てないまま歩き続けていた。


「ひょっとしてさっきの場所を左に……? ううん、こっちでいいはずよ!」


 足元を確認すると薄い土の層の下に敷き詰めたような砂利の跡があった。これはかつての参道の名残だろう。周りは木の根や下草で覆われ見る影もないが、やはりこの道で正しいようだった。そして――。


「あれが……祭壇? あっ! 洞窟がある!」


 木々の切れ間から石でできた小さな祠のような物が見えた。アイーシャはその顔に希望を覗かせ、祠に向かって走る。邪魔する木の枝をもどかしいように打ち払い、アイーシャは胸を高鳴らせながら走った。

 森の切れ間に出ると、そこには祠があり、岩肌をくり抜いたように洞窟があった。横幅十メットル程の洞窟の入り口の上部には、目のような模様の刻まれた石が埋め込まれており、ここが物見の洞であることを証明していた。


「あった……おじいちゃんの記憶は正しかったのね。じゃあ、この奥にダンジョンが……ある……!」


 アイーシャは少し乱れた呼吸を整え、メイスに魔力を集中し破邪の光を強める。邪気を払い死霊や死人さえも浄化する力を持った光だが、単純に暗所での光としても役に立つ。

 真っ暗な洞窟に光を向けるが、内部の通路は左右に折れ曲がっているらしく先が見えない。


 物見の洞自体はダンジョンではない為罠の心配はないが、魔物がここをねぐらにしている可能性はあった。

 アイーシャは危険を確認するため、魔法カナリアを空いている左手から作り出し、洞窟の中を先行させた。魔物がいたり、或いは致死性のガスなどの危険があれば囀りと色の変化で教えてくれる。今は緑で安全。それが黄、赤、黒と色が変わるにつれて危険度が高まっていく。もし黒に変わるような魔物がいれば、その時は逃げなければならない。


「よし……今の所問題はないみたいね。早くダンジョンの入り口を見つけないと……」


 魔法カナリアの後をアイーシャはついていく。

 エルデンの話では物見の洞の入口から進んだ途中に分岐があり、右に隠された入口があったとのことだった。当時は大きな岩がこれ見よがしに入口を隠していたそうだが、今はどうなっているのか分からない。


 人が通わなくなったダンジョンは休眠状態に入ってその入り口も閉ざされてしまう。更に時が経てばダンジョンとしての機能を失い、魔力構造体はただの石と土の塊になってしまうという。

 エルデンがここの名も無きダンジョンに入ったのは約二十年前。内部には何の財宝も金目のものも無かったため、恐らくそれ以来誰もそのダンジョンには入ってはいない。二十年放置されたのであれば、最悪の場合ダンジョンは死んでいる可能性がある。


 そうなれば……金を稼ぐ手段が潰える。せいぜい森の雑魚魔物を狩って糊口を凌ぐしかない。家を売るという最終手段もあるが、サンカのように山野で暮らすというわけにはいかない。自分だけならまだしもだが、年老いた祖父はそんな生活に耐えられないだろう。


「ここが分岐ね? 右の方に入口があるって言ってたけど……」


 三十メットル程進んだところで、分岐点らしきところに出た。正面とその左右に穴があり、それぞれ奥に続いている。正面が物見の洞で、左右の穴はただの行き止まりらしい。そしてダンジョンの入り口はこれらとは別の所にある。

 アイーシャが右にメイスを向けて光で照らすと、横穴がありさらに奥に続いているようだった。魔法カナリアは近くを滞空していたが、アイーシャの意思を感知して右の穴へと飛んでいく。色は緑。問題はないようだった。


「よし! こうなったら行くしかないわね!」

 元より引き返すつもりもない。アイーシャは逸る気持ちを押さえながら右の方へと進んでいった。






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