第4話 邂逅

 急に血相を変えて慌てはじめた顔なじみに、商人は怪訝な表情を浮かべながらも、のんびりした口調で尋ねる。


「どうしたんだ? 急に慌てて」


「ほら! あれだよ!」


 そんな様子をもどかしそうに思いながらも、顔なじみが前方を指差した。

 その先を見ると、先ほどの金髪の少年を十人ほどの少年たちが取り囲むようにしている。その外側には、見世物を見るかのように雑踏の人らが、すでに人垣を作り始めていた。


「あの真ん中のでかい奴見えるだろ?」


 集まりはじめた人垣で先の様子は、はっきりとはわからないものの、その状況でも頭ひとつ抜き出た男が見えた。


「あ? ああ、額に傷か痣のあるでかい奴か?」


「ああそうだ。あいつはユーリってんだが、あいつはこの辺りの不良連中の大将なんだ」


「へぇ、そうなのかい?」


 焦ったような顔なじみに対して、商人はあくまでも興味本位ののんびりした口調だ。その様子に呆れながらも、顔なじみは丁寧に説明を続けた。


「元々塩抗夫として働いていたらしいんだが、三年くらい前に坑道で暴動が起こって多くの坑夫が死んじまったんだ。その騒動の首謀者だって噂もある男だ。若ぇくせに腕っ節だけは強くてな。街の腕自慢が束になってかかっても敵わねぇって話だ。額の傷はそのときにできた傷らしいぜ」


 ユーリはああ見えてまだ十八を迎えたばかりらしく、ガッシリした体格と二メートル近い身長でとてもそうは見えなかった。商人が言ったように額際の傷痕は、離れた位置にいる二人からでも確認する事ができるほど目立っている。


「おい、俺達も行ってみようぜ!」


 行商人は興味津々の様子で使用人に店番を任せると、顔なじみと連れだって人垣の輪へと加わっていった。






「噂になってる金色の奴ってのはお前か?」


 頭の先から爪先まで吟味するように睨め付けたあと、ユーリは口角を上げ、挑発するように不敵に笑ってみせた。

 正面に立つ少年とは頭ふたつ分ほどの身長差がある。大人と子供のような身長差に、周りを囲む野次馬は、同情と好奇がない交ぜになった複雑な視線を金髪の少年に送っていた。

 突然のことに動揺を隠せず、おろおろと狼狽えている彼の仲間に対して、金髪の少年は四人に振り向いて『問題ない』という風に落ち着かせると、ユーリに向かって一歩踏み出し肩を竦めた。


「噂になってるかどうかは知らないが、金色の奴ってのは多分俺の事だろう」


 この国では、頭髪は黒髪から茶、そして赤髪が一般的だ。金髪は非常に珍しく大抵は赤味がかかった色になる事が多く、少年のような白銀金髪プラチナブロンドは殆ど見られなかった。


「俺に声を掛けられたというとこが、どういうことだか分かるだろう?」


「さあな。お茶の誘いではなさそうな事くらいはわかるが?」


 両者の間は五メートル。誰もが震え上がるユーリを目の前にして、少年の態度は先程から全く変わっていない。


「この野郎!」


 少年の態度に周りを囲んでいるユーリの仲間がいきり立つが、それをユーリがジロリとひと睨みするだけで治めてみせる。


「俺を目の前にしても、なお軽口を叩く余裕を見せるのはお前が初めてだ」


「それはどうも」


「ふん! ただの怖い物知らずなのか、それとも世間知らずの坊ちゃんだからか?」


「多分世間知らずだな。怖い物はこれでも一杯あるしな」


 飄々とした少年の受け答えに業を煮やしたユーリは、態度を一変させ口調が荒くなる。


「ふはははは、面白い奴だ! だが世間知らずにひとつ教えておいてやる。この街で自由に歩きたいなら大人しく俺に従え!」


 そう言うと右手をサッと挙げた。

 その合図を待っていたかのように、人垣の中から彼の仲間が姿を現し、一呼吸の後に金髪の少年たちは、三十名以上に包囲され逃げ場を完全に塞がれていた。

 青い顔を浮かべて身を寄せ合う四人の従者に対し、金髪の少年はその様子を見ても態度は崩れず涼しい顔のままだ。

 それどころか、ユーリが期待する正反対の言葉を放つ。


「残念だが、遠慮する」


「何っ!」


「こう見えても俺は貴様と違って忙しいんだ」


「てめぇ! どうやら痛い目に遭いたいようだな!」


 この状況下でユーリを馬鹿にするような少年の言葉に流石に彼も怒声を発した。周りを囲む少年達もまなじりを吊り上げて少年を睨み、その外を囲む野次馬は固唾を飲んで見守る。

 彼の従者も真っ青な顔で、たまらず『これ以上怒らすな』と哀願の表情を浮かべ、抱き合うようにして少年に視線を送っていた。

 だがそんなユーリの脅しに対して、少年は軽く肩を竦めただけだ。


「それは勘弁してくれ。争いごとは嫌いなんだ」


「その軽口を叩けなくしてやる!」


 そう怒声を発するとユーリは後ろに控えていたオレクに視線を送った。

 彼は軽く頷くと背負っていた二メートルほどの筒状の麻袋を下ろし、別の少年と二人掛かりで中から長大な剣を取り出した。


「け、剣だ!」


 人垣を作って成り行きを見守っていた野次馬たちは、出てきた剣を見て騒然となった。

 戦火が身近にあるこの時代だが、騎士でない限り街中で武器を携行する事は禁じられている。抜刀はもちろんだが、携帯するだけでも厳しく処分されるのだ。

 オレクから剣を受け取ったユーリは、少年を睨みながら柄に手を掛けると、迷う事なくゆっくりと鞘から引き抜いていく。


「抜いたぞ!」


「何だあのでかい剣は!?」


 鈍い光を反射しながら刀身が姿を現すと、その威容に周りが息を飲む。

 ユーリが手にする剣は、攻撃力が持ち味の両手剣ツヴァイヘンダーだ。しかし、通常のツヴァイヘンダーが一・四メートルから一・七メートルほどの全長に対し、ユーリの抜いた剣は彼の身長と同等の長大な剣だったのだ。

 ツヴァイヘンダーはその長さ故、普通の人間が簡単に扱える代物ではない。だが、その長い射程と重量を活かした慣性力は、恐ろしいほどのをもたらす。

 戦場では主にパイク兵の持つ長槍を薙ぎ払うために使用される武器だ。剣に分類されてはいるが、斬撃よりも破壊を目的とする打撃武器である。


「抜け! 腰にぶら下がってるモノは飾りじゃないんだろう?」


 ユーリが大剣を構えると、少年が腰にぶら下げている剣に目をやりながら少年を挑発する。

 少年が腰に帯びている剣は柄や鞘の意匠こそ凝った造りだが、標準的なサイズのレイピアと呼ばれる片手剣である。

 長さは一・二メートル。細い刀身の見た目の割に重さがあるが、斬撃よりも厚い甲冑や鎖帷子の隙間を狙って事を目的とした刺突武器である。

 戦場ではマインゴーシュと呼ばれる短剣や盾などの防御兵器と一緒に使い、身体を守りながら隙を見て攻撃に転じる使いかたをする。

 近年、火器兵器の登場により重装歩兵の優位が薄れ、防御よりも動きを妨げないことを重視する防具へと変わりつつあった。その流れからエストックやレイピアのような刺突武器から、サーベルやブロードソードなどの斬撃武器へと代わってきている。

 それでも普段の騎士の護身用として、レイピアは好んで使用されていた。

 両者の持つ武器はそれほど珍しいものではない。だがユーリの持つ長大な剣に比べると少年の持つそれは玩具のように思えた。


「俺を怒らせたことを後悔させてやる!」


 ユーリが怒りの表情を浮かべ、腰を落として姿勢を低くしいつでも斬りかかれる態勢になった。

 対して今まで飄々とした態度を崩さなかった少年は、ユーリが剣を抜いたのを見て様子が一変していた。

 惚けたような表情が消え、瞳は猛禽のような鋭い光を放ちはじめ、それによってオッドアイの双眸がはっきりと区別できるようになった。


「貴様、剣を抜くという意味を解っているのか?」


 抑揚を抑えたような少年の声には、先程までの軽さがなくなっている。


「な、何っ!?」


「命の遣り取りをする覚悟はあるのか?」


 それまでと一変した少年の迫力、そして念を押すような問い掛けに、泣く子も黙るユーリでさえ気圧され思わず後退っていた。しかも少年は剣を抜いてすらいない。左手は鞘を掴んではいたが、右手はだらりと下がったままである。


「だ、黙れ! さっさと剣を抜け!」


 グッと奥歯を噛みしめ、意思に逆らって下がろうとする身体をその場に繋ぎ止めると、絞り出すように叫ぶ。

 雰囲気の一変した少年は眼光こそ鋭いものの彼の挑発に乗ることなく、剣を抜こうとはしない。だが感情をなくしてしまったかのように淡々とした口調が、得体の知れない凄みを感じさせた。


「覚悟はあるのだな?」


「うるせぇ! お前に答える義理はねぇ!」


「そうか・・・・ならばその身体に尋ねよう」


 そう言うと少年の雰囲気が更に変わり、背筋が凍り付くような殺気が放たれる。


「ぐっ・・・・!」


 たまらずユーリは再び一歩足を引いた。

 いや、彼だけではない。周囲を囲む少年達も殺気に当てられ額に脂汗を浮かべていた。中には立ってられず腰を落としている者も出ていた。

 その外側で見守る野次馬達も例外ではなかった。と静まり返る中、『ごくり』と誰かの生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 耐えきれず何名か失神する女性が現れ、周りの住民が慌てて介抱していた。


「くそっ!」


 ユーリは右手で顔を叩き、萎えそうになる気持ちに気合いを注入する。

 最初に挑発したのが彼だったとはいえ、衆人環視の元で抜いた剣を何もせず収めることなど、彼のプライドが許さなかった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 自らを鼓舞するように雄叫びを上げ、遂に金髪の少年に襲い掛かった。

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