都市伝説と呼ばれて

松虫 大

第一章 都市伝説と呼ばれて

第1話 金髪の少年

 多くの人が行き交い、真っ直ぐ歩く事すら困難な程の雑踏の中だ。迷惑な事に五人の少年が肩を組んで横並びに歩いていた。

 少年たちは、色とりどりの鳥の羽根や光沢のある生地を貼り付けた派手な色合いの外套をだらしなく着崩していた。上着の中に着たチュニックも同様に派手な色合いで、腰の革ベルトには干した果物や革袋のほか、何に使うためか分からない細いロープやじゃらじゃらと音を鳴らす細長い金属の棒等をぶら下げていた。

 足下に目を移すと左右で黒と赤に色分けしたり、片足の真ん中で赤と白に色分けした派手なショースに、先がツンと尖って上を向いた長革靴という出で立ちだ。

 派手な格好だけを見れば道化のようでもあるが、地元のちょっとした不良連中というのが道行く人の評価であろうか。

 その事を知ってか知らずか、彼らは肩を組んで干し肉を頬張り、人混みを我が物顔で大声で喋り、仲間の冗談に大笑いしながら大通りを徘徊していた。


「なんだあいつらは!? ユーリたちの仲間か?」


「いや、見たことない奴らだな? でも見ろよ、一人は剣をぶら下げてるぞ」


 露天を営む男が街の顔なじみに声を掛ける。


「騎士様かよ! ってことは、ユーリとは関係なさそうだな」


「そうだな。でも関係ないだろうけど、騒動が起きそうな予感しかしないな」


 うんざりとした表情を浮かべた馴染みの声に『ちがいねぇや』と肩を竦めた露天商は、店先で並んでその少年たちを見送っていた。

 彼らが徘徊している大通りは、街を南北に横断する十五メートルの道幅がある街のメインストリートだ。

 現在は春のいちが開かれているため、通りの両端に露店が建ち並び、通常の半分近くまで狭まっている。

 行き交うの人々は当然ながら迷惑そうな表情を浮かべていたが、彼らの進行方向の人等は関わり合いになる事を避けて目を逸らし道を譲っていくため、彼らの進む先は人垣が割れ自然と道が開けていく。


『カモフ特産の岩塩だよ!』


『腸詰め肉入りのスープだ。いい味出てるよ!』


 通りを埋める露店から威勢のいい呼び込みの声が聞こえるが、彼らはその声に負けないほどに目を引いていた。その少年たちの中でも一際目立っているのが、肩に届きそうなほど伸ばした金髪を靡かせた少年だ。

 白銀金髪プラチナブロンドを揺らし、物珍しげに露店を物色しているキラキラした赤い瞳は、判りにくいが左目が青紫色になっていて、左右で瞳の色が違う珍しいオッドアイだ。

 年齢は十代半ばくらいだろうか。常に五人の中心にいて人懐っこい笑顔を浮かべている。

 右目と同じ赤い色と黒の派手なストライプ柄の丈の長いローブを纏い、臙脂色のチュニックの襟元には、金糸で刺繍が施されたシュミーズの高襟を覗かせていた。

 腰から下は他の少年達のようなショースではなく、濃紺の乗馬用キュロットを履いている。キュロットの両サイドには金刺繍で縁取られた赤いラインがあり、裾部分には金色の飾り釦が二つずつ留められていた。膝から下は白いバ・ド・ショースに、他の者と同じように先端が細く上に反り返った革靴という出で立ちだ。

 腰には燻製した蛙や蜥蜴、火打石や皮の小袋などがぶら下げられているが、それ以上に目を引くのが商人が言ったように腰に佩いたレイピアだ。

 長さ一メートル強と小振りで、柄や鞘部分に細かい細工が施された意匠は実戦を想定した物ではないが、街中で帯剣しているということは、それを許された身分だということだ。

 騎士や衛兵で無い限り、街中で帯剣することは厳しく禁じられている事から、この少年が騎士である証拠だった。

 服装は他の少年達と同じように派手で奇妙な形の靴を履いているが、立ち居振る舞いに気品を感じるのは、腰に履いた剣と無関係ではないだろう。

 帯剣しているのがこの少年だけである事から、他の四人は彼の従者や側勤めだと思われるが、少年に対する彼らの態度は決して身分差を感じさせるものではなく、仲の良い友人への態度と変わらない。少年もまたその態度を咎める事なく実に楽しげに振る舞っていた。

 その少年たちが一軒の露店の前で立ち止まった。

 この市の中でも珍しい宝飾品を扱う店で、露店としては料金設定は高めだ。顧客はこの市に訪れる騎士や豪商たち。毎回王都より商船で乗り付けてくる商人の店だった。


「これはこれは騎士様、何かご入り用でございますでしょうか?」


 商人がその少年をカモだと思ったか、愛想笑いを顔に貼り付けて籾手で少年達に対応し始めた。


「・・・・」


 金髪の少年は商人の言葉には反応を示さず、並べられた商品を吟味するように黙って見つめている。無視された商人は一瞬ムッとした表情になるがそれも一瞬のことで、すぐに笑顔を貼り付けたまま少年の傍で籾手を崩さなかった。


「店主、これはフェリクスの作とあるが本物か?」


 沈黙状態が暫く続いた後、少年が並んだ商品の中から、ブローチを指差して店主に尋ねた。細かな装飾が施され、中央部分にはルビーが赤い光を放っている手の込んだブローチだ。


「騎士様、お目が高い。その品は王都の名工として名を馳せているフェリクスの手によるもので間違いございません。王都でも金貨五枚は降らぬ逸品にございますぞ」


 店主は少年から作者について尋ねられたことに驚きを見せたが、大仰な仕草で淀みなくフェリクス工の作品だと答えた。


「そうなのか? フェリクスの作品はもっと力強い作風だったと思うが?」


「えっ!?」


「この繊細な作風はドゥシャンかフゴの作に近いのではないか?」


 店主は血の気が引く思いで、陳列棚からひったくるようにしてブローチを掴み取ると、首に掛けていたルーペでブローチを覗き込んだ。ほどなくみるみる顔色をなくしていく。


「こ、これは失礼いたしました。騎士様の仰る通りにございます。確かにこれはドゥシャンの手による物にございました」


 田舎の少年騎士などに価値など判るまいと侮っていた人物から思わぬ指摘を受け、店主は青ざめながらも素直に間違いを認め、別の商品をいくつか手に取って少年に差し出す。


「因みにフェリクスの作品はこちらにございます。騎士様の仰るようにこの力強いライン使いが特徴にございます。そしてこちらがフゴの作となります。ドゥシャンと似た作風となっておりますが、フゴの物がより繊細なラインが特徴でございます」


「なるほど比べてみるとよく分かるな。ならば・・・・」


 その後も少年は次々と商品を手にとっては店主泣かせな質問を繰り返していく。

 彼の質問はどれもが的確で、店主は額に汗をびっしょりかきながら必死に応対していた。少年から解放される頃には一時間近くが経過していた。


「はは、こっぴどくやられたな?」


「ふぅ、いや~参った。ただの騎士の子ガキだと思ってたら酷い目に遭ったぜ!」


 ようやく解放されてぐったりしている店主に顔なじみの商人が声を掛ける。店主はほっとした様子で汗を拭い、使用人から受け取ったコップの水を一息に飲み干し息を吐く。


「まだ成人したかどうかの若さの割にたいした知識を持ってるだろ?」


「ああ、やけに物知りじゃねぇか。こっちの間違いまで指摘しやがった」


「だろ? 俺も一度話した事があるんだがよ、その辺の商人顔負けの知識を持ってやがるぜ」


「あいつはまだ成人前じゃねえのか? 若いくせにすげぇな」


「あいつの話しぶりだと、多分この辺りの相場も頭に入ってると思うぜ」


「マジかよ! 下手に吹っ掛けなくて良かったぜ!」


 顔なじみの商人の言葉に店主は思わず目を見開き安堵の表情を浮かべる。


「ありゃいったい誰なんだ? さぞかし高名な騎士様のご子息だろう?」


 散々冷や汗をかかされたにも関わらず、金髪の少年に対する店主の評価は高かった。

 作風の違いや細かな作りの事など、装飾の僅かな違いを指摘し制作者の名を言い当てる。ここまで知識を持った者は王都でもそうはいない。

 ましてそれを指摘したのは、まだ成人して間もない少年なのだ。

 子供が咎められもせずに帯剣していた事から、商人はどこかの高名な騎士の血縁に違いないと考えたのだ。

 それに対して顔なじみの答えは歯切れが悪かった。


「いやぁ、それが分かんねぇんだよ」


「そうなのか!?」


「ああ。この春の市で初めて見た顔なんだが、あいつと一緒にいた子供らの何人かは見掛けた事があるから、この街の騎士の子たちだと思うぜ。だが金髪のあいつは見た事ねぇんだ」


「じゃあ、市を見物に来たどこかの騎士の子か? あんな聡明な子なら噂になりそうなもんだがな」


 そう言って店先まで出て顔なじみと並ぶと、今は三件隣の武具の店で、店主相手に先ほどと同じように質問を繰り返している少年を眺めていた。

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