【地球史発信人工惑星アズィールより】~from AZILE~

 壁一面の窓から漆黒の宇宙と灼熱の惑星を望める展望室にて、一人の男性がベンチに座りながら、時代錯誤な日記帳を見ていました。

 日記帳の題名は『偉大なる探検家グローブ様の手記』。表紙は黒地に金の縁取りがされていて、遥か昔の英語という文字で書かれた日記帳です。


 窓以外黒一面の展望室には男性以外誰も居らず、広い部屋の中には日記帳のページを捲る音だけが響きます。


ぺらり ぺらり

ぺらり ぺらり


『まだ、それを読まれているのですか?』


 男性が日記帳ページを見ていると、不意に部屋全体に音声が流れました。

 その音声は女性の声を合成して作られた物で、流暢ではないにせよ、優しい響きを放っています。


 そして、声が聞こえた暫くのち、宇宙を望む大きな窓とは反対側にある大きな扉が開き、2m程の高さの、チェスの女王の駒に細長い腕を付けて若干人間に寄せたような形のロボットが現れました。

 色は部屋の色と同じで漆黒。

 光を吸収するかのようなとても濃い黒をしています。




 彼女はアズィール。

 地球が予測されていた寿命を迎える為に滅んでしまった為、地球に代わり、地球の歴史を宇宙へ発信している人工惑星その物であり、それを管理する人工知能です。

 このチェスの女王の駒の様なロボットは彼女の対人用端末。

 その長い腕と大きな体で、この人工惑星に訪れた人類を優しく迎え入れる『地母神』としての役割を込めて作られたと言われています。




「一旦この人間の視神経を通しているから、直接取り込むよりも時間がかかるんだ」


  男性は外見に似つかわしく無い穏やかな口調で答えました。

 アズィールはそれを聞くと音も無く男性の側に近付き、男性が座るベンチの横に立って男性を見下ろします。


 アズィールの対人用端末の顔は王冠を被ったつるりとした球体なので、表情は分かりません。

 でも、彼女はとても穏やかな顔で、遠くを見る様な目付きで男性を見つめます。


「作業は終わったのかい?」

『ええ、後は最後の歴史を紡ぐだけです。それで私の役目はおしまいです』

「そうかい。僕がこれを読み終わるのと、どっちが早いかな」

『貴方の読書スピードと残文章量から計算すると、何も無ければ貴方の方が682秒遅いでしょう』

「君は一度読んでいるんだったね。流石だよ」

『いえ』


 二人の会話が終わると、展望室には先程と同じ様にページを捲る音だけが響きました。


ぺらり ぺらり

ぺらり ぺらり


 人工惑星であるアズィールは、星の瞬きを再現して、地球の歴史を宇宙へ伝えてきました。

 そして、その役目はもう終わりを迎えます。

 灼熱の地球を望みながら、アズィールは地球最後の歴史を光で紡ぎ始めます。


 人類が旅立つ前に急速に太陽が膨張してしまった事。

 一部の人類は他の星や人工衛星に残っていたが、やがて物資が底を尽き死んでしまった事。

 人類は滅んでしまったが、もしもの時の為に作られた自分がこうして地球史を発信していた事。


 アズィールはゆっくりと、そして確実に、地球の物語を発信します。

 この宇宙に居る、誰かの為に。

 地球があったという、歴史を伝える為に。

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