第21話 魔王、戦う1

 情報収集は思いのほかスムーズに進んでいった。


 というのも、私たちは色物集団としてすでに認知されており、今年四月から活動を始めたばかりなのに、各方面の関係者からはけっこう顔を覚えられていたのである。色物といっても、もちろん良い意味でだ。


 道を歩けば花が咲きそうな美女と美少女が汚れるのも厭わず除草作業に勤しんでいたり、どう見ても反抗期真っ只中なヤンキーや番長が年配の方々に粛々と従っている。そこへ委員長気質のクソ真面目な桃田と、引っ込み思案な文学少女である須野さん、さらには無垢で可愛い寧々子ちゃんが加わったのだから、好感度もうなぎ上りだ。ギャップの力ってスゲーんだな。


 作戦通り魔理沙は同年代の男女を虜にし、龍之介はおばさま方と意気投合し、鬼頭は規格外に膨らんだ筋肉を少年たちに見せつけ、寧々子ちゃんはおじさんたちに気に入られていた。


 え、私? もちろん頑張ったよ! でも手柄無しです!


 だってボランティアにゃ少女なんてあんまり見かけないし、行方不明者の情報を持っていることも稀だし。だからただ単に戯れるだけになってしまった。許してくれ。


 最初はそれらしき情報は得られなかったが、ゴールデンウィークが明けた辺りから、どこどこの誰々が失踪したという話題がちらほらと出始めた。聞けば、それらの失踪者はほとんどが十代の少年少女であり、クラスメイトからの評価も高い優等生だったという。


 間違いなく女神の仕業だ。そう確信した私たちは、行方不明になった人たちの情報を事細かに聞き出し、場合によっては私物を借りることもできた。


 休日は情報収集に徹し、平日の放課後に行方不明者の捜索を行う。


 それが三週間ほど続いた。






「これで五人目か……」


 護身用の竹刀袋を背負った桃田が、『空白空間』から引っ張り出される学生を見下ろしてぼやいた。


 桃田を捜し回った時と同じく、捜索班は二つに分かれていた。


 行方不明者の身元だけ分かっている場合は須野さんに任せ、龍之介と魔理沙が同行。私物が手に入っている行方不明者は寧々子ちゃんが担当し、私と鬼頭、そこに桃田も加わっていた。


 桃田も口にしたように、発見した行方不明者はこれで五人目だ。現在女神がどれだけの人数を確保しているかは分からないが、手を休めている暇はなさそうだ。


 私は地図を広げて現在地にチェックを入れた。


 ここは少年野球程度なら試合もできるほど敷地の広い河川敷である。そして地図にはたくさんのチェックマーク。他の四人が囚われていた場所と、捜索中に偶然見つけた『空白空間』に目印を付けているのだ。《勇者》候補を保管できる場所を把握しておけば、後々の捜索が楽になるからな。


 私たちが捜索範囲を広げているからかもしれないが、学生が囚われている場所は徐々に遠くなっているようだった。私たちが住む地域は切り上げ、他の校区で《勇者》候補を見定め始めたのかもしれない。


 ただ確保した《勇者》候補が逃げ出したと知れば、女神は再び舞い戻ってくるだろう。それはほぼ確実と言ってもいいんだけど、さすがにタイミングまでは分からない。いつ何時でも用心するに越したことはなかった。


「ひとまず今日の捜索は切り上げて、あっちと合流しましょうか」


「そうだな。日も沈みかけてきたことだし、我々も帰らねばならん。門限を破ってしまえば、今後の活動にも影響するからな」


 私の家は特に門限とかないけど、桃田の所は厳しいのだろうか?


 鬼頭が救出した学生をベンチへ寝かせている間に、桃田が救急車を呼ぶためスマホを取り出す。だが、その手がピタッと止まった。


 見れば、桃田は私の方に驚きの眼を向けていた。


「せ、瀬良君。なんだ、それは?」


「へ?」


 桃田の視線の先へと眼を移す。


 死人のような真っ白な手が、私の足首を掴んでいた。


「――ッ!?」


 ビックリした! ビックリしたが……それだけだ。


 以前のような失態は犯さない。今回は常に警戒していたし、何より捜索前に魔理沙から軽く魔力を覚醒してもらっていたのだ。運動能力や反射神経などが普段よりも格段に上がっているため、容易に反応できた。


「二度も同じ手を食らうかよ!」


 咄嗟にポケットから魔石を取り出した私は、地面から生える手に向けて叩きつけた。


 魔石といっても、魔理沙が魔力を込めただけの単なる小石である。それ単体で魔法が使えるわけではないし、対象に触れれば静電気が奔る程度の効力しかない。


 だが今はそれで十分だった。


 バチッと音がして手首が痙攣する。筋肉が弛緩したのか、握力が弱まった。


 その隙を縫って足を放した私は、『空白空間』の出口を思いきり閉じた。


「オラッ!!」


 手首から悲鳴が上がった。いや、「ギャッ!」とか「痛いッ!」とか苦痛に悶える言葉ではない。ブチッと腱か何かが切れる音がしたのだ。切断まではされていないようだが、めっちゃ痛そう……。


 なんて同情している場合ではない。さらに追い打ちをかけるために、足で力強くストンプする。が、タッチの差で逃げられてしまった。手首が地面の中へと沈んでいく。


 そして少し離れたところで件の女神がゆっくりと地面から出てきた。


「何すんだぁ、このクソガキがぁ!! 痛てえだろうがぁ!!」


 初めて顔を合わせた時よりもご立腹の様子。数メートル離れていても、こめかみに青筋が浮かんでいるのが分かる。先日の冷静さなど微塵たりとも垣間見えない。完全に激おこぷんぷん丸だった。


 まあ、赤く腫れ上がった手首を見れば、激昂したくなる気持ちも分るんだけどね。


「つーか《魔王》さんよぉ。これはどういうことだ? どうして私がかき集めた《勇者》候補を解放して回ってるんだぁ? 何の嫌がらせだよぉ!!」


「嫌がらせ? バカを言うな。私たちは行方不明になった人たちを助けてるだけだ。そしてお前はただの誘拐犯。正義はこちらにある!」


 ってカッコつけたけど、きっかけは嫌がらせだったってことは黙っておこう。自分に非があると自覚して反論してこない女神の態度が滑稽だし。


「まあいいさ。ってことは、私との取り引きは反故にするってことだね?」


「そうだな。私は死ぬ気はないし、地球も滅亡させるつもりもない。私たちは抵抗することに決めたんだ! お前の要求なんて呑むものか!」


「分かった。なら死ね」


「待て」


 手を伸ばした女神が何か魔法を放ってきそうなところで、桃田が待ったをかけた。


 訝しげに眉を寄せる女神の前へと、桃田は歩み出る。


「少し話をしようじゃないか」


「話だと?」


「ああ。貴様は女神で、私みたいな正義感溢れる人間を異世界に送り込む仕事をしている。そうだな?」


「…………」


 桃田の質問の真意を見定められなかったのか、女神からの回答はなかった。疑わしげな眼差しで桃田を射抜いている……って、よく見たら桃田の目がめっちゃ興奮気味に輝いていた。そりゃ女神も困惑するわ。


「提案なんだが、ならば私だけを異世界へ連れて行け。私が他の学生の分まで……それこそ百人分働こうじゃないか。それで地球を滅ぼすのは勘弁してやってくれ」


「桃田……」


 名を呼ぶ鬼頭の声からは、物寂しさが感じられた。ただ引き留めるようなことはしない。己を犠牲にして地球を救おうという親友の覚悟を尊重しているのだろう。とはいえ、桃田は桃田で半分は好奇心もあるだろうが。


 しかし女神はそんな桃田の決意も一蹴した。地面に唾を吐いて鼻で嗤う。


「なーにバカなこと言ってんだ。お前を連れて行くのは前提事項なんだよ。その上でできるだけ多くの《勇者》候補を集めて、地球をぶっ壊す。そこにいる《魔王》が取り引きを蹴ったからな。当然の報いだ」


「そうか、残念だ」


 下を向いた桃田が肩を竦めた。


 その瞬間だ。いつの間にか桃田は女神へと迫っていた。竹刀袋から竹刀を取り出し、その先端を女神の喉元に向けて突く。


「ならば阻止するまで! 相手が人間ではなく、さらに地球を滅ぼそうと企んでいるのなら容赦はしない! 暴力解禁だ!」


 奇襲に転じる身体能力もさることながら、その決意の切り替えも早かった。あれだけ暴力を嫌っていたにもかかわらず、桃田の竹刀に迷いはない。女神を絶対的な強者であり、排除しなければならない敵対者と見定めて正義の鉄槌を下す。


 だが奇襲は失敗した。咄嗟に腕を前に伸ばした女神が拘束魔法を放った。


 ピタッと時が止まったように停止する桃田の身体。とはいえ、彼女の笑みは崩れなかった。なぜなら桃田の奇襲は、次の攻撃への布石だったからだ。


 桃田の背後から、拳を振り上げた鬼頭が迫っていた。


「ぬん!」


 地面をも割る拳が女神を襲う。


 苦い表情を露わにした女神を見て、これはイケると思ったのも束の間。突如として、女神の正面に透明な壁が現れた。鬼頭の渾身の一撃は、女神を守るバリアによって為す術もなく阻まれてしまう。


「障壁魔法!?」


 あれだけ素早く展開できるほど魔力が戻っているということか!?


 いや、逆に考えれば、鬼頭の拳を障壁魔法で防御しなければならなかったということだ。私たち人間にとっては理不尽極まりない、女神特有の魔法が扱えるまでには至っていないと見受けられる。


 などと分析している間にも、女神は一足飛びで距離を取った。


 私たちに向けて手を伸ばす。それは魔法を放つ仕草だ。何が飛んで来ても対応できるよう身構えた……はずだったのだが……。


 気づけば首筋にピアノ線が巻かれていた。


「えっ?」


 驚く余裕すら与えてはくれなかった。ピアノ線は一気に集束し、私の首を切断する。そのまま牡丹のごとく首が落ちて、命を終えるのかと思ったのだが……そうはならなかった。


 慌てて喉元に触れる。首はまだ繋がっていた。


「やっぱりまだスマートには殺せないみたいだね」


 忌々しそうに呟いた女神は、乾いた笑みを浮かべていた。


 自分がまだ生きていることを実感した途端、額から大量の冷や汗が浮いてくる。


「くっ……な、なんだ? 何をされた? 死んだかと思ったぞ……」


 桃田が全身を震わせながら膝をつく。さらに顔面蒼白になったまま立ち尽くしている鬼頭と寧々子ちゃんも視界に入った。


 私も同じだ。顔から血の気が失せている。絶対なる『死』を意識させられた。


 アレは……。


「……おそらく即死魔法だ」


 即死魔法は防ぐ手段が無い反面、膨大な魔力と緻密な技能が必要である。女神の力が即死魔法を扱えるレベルにまだ達していないのに加え、私たちに多少なりとも魔力があったからこそ効果が無かったのだ。たぶん完全な一般人だったら殺されていただろう。


 ここで逃がしたら本当にヤバい。これ以上力を取り戻されては、四六時中どこでも殺害が可能であることを意味する。何としてでもここで決着をつけなければ。


 私は震える足を酷使して、女神の前へと立ちはだかった。


 と、女神が足元から何かを引っ張り上げた。宇宙空間の柄が施された風呂敷のような物を、洗い立てのシーツみたく広げている。


「それは……なんだ?」


「お前たちを殺すのが派手になりそうだから、ちょっと防音を施すだけさ。野次馬が集まって来ちゃあ面倒だものね」


 女神は風呂敷を大空へと放り投げた。

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