第14話 魔王、挑発する

「なんで女神が、こんな所に……」


 純粋な疑問を口にしながらも、その声は恐怖で震えてしまっていた。


 だがそれも仕方のないこと。私たちと女神では、存在そのものの次元が違うのだから。


 どれだけ強大な力を持った《魔王》でも、所詮は魔族の王にすぎない。『世界』という地面に足をつけていなければ、生存すら許されない矮小な存在なのだ。


 対して女神はというと、文字通り《神》である。


 神界から地上に住む者を見下ろし、時には神託を授け、場合によっては人々を正しき道へと導く。また転生や召喚魔法を経ずに、あらゆる世界を移動することもできる。


 とある世界の神話では、人間も魔族も神々が創造したと伝えられているほど。


 つまり《神》――女神とは、どうあがいても《魔王》より上位の存在なのだ。


「なんでこんな所にいるか、だと?」


 ドスの利いた声と憎悪に満ちた目つきが半端ない。このまま殺されそうな勢いだ。


 実際、私は覚悟した。恐怖で竦み上がった足では、何かしらの攻撃を放たれても対応できる自信がない。そのまま死を受け入れるだけだ……と思ったのだが、女神がやったことといえば、須野さんの身体から数歩離れて勢い任せに地団駄を踏むだけだった。


「お前らのせいだろうがああああああ!!!!」


「ッ!?」


 えっ、なに、めっちゃビックリしたんだけど!


 突然の癇癪に慄いたのももちろんだが、何よりそのレベルの低さに驚いた。


 感情に流されるまま喚き立てるその姿は、ただの駄々っ子だった。神々しさの欠片も無い。……女神ってこんなんだったっけ?


「お前らなぁ、よくもやってくれたよなぁ。ああん!?」


 顔、怖ッ!


 ヤクザの恫喝かよ。いや、威厳も品格も無いからただのヤンキーだな。


「ちょ、待て。意味が分からない。少しは説明してくれ」


「地球に魔力を持ち込んだことに決まってんだろ! どう落とし前をつけるんだコラぁ!」


 駄々っ子、ヤンキーからさらに格下げして、まるで酔っぱらったクレーマーだ。将来的に働きに出た後は、こういうアホな輩の対応もしなきゃならないんだろうなぁ。イヤだなぁ。


 自分の未来を憂いていると、女神(らしき物体)は勝手にしゃべりだした。


「地球はなぁ、せっかく見つけた魔力の無い世界だったんだよぉ。それをお前らが余計なことするから……地球が魔力に汚染されちまったら、これ以上クリーンな《勇者》を養殖できなくなるだろうがぁ!」


「クリーンな……《勇者》?」


 女神(否定したい)の口から、聞き捨てならない単語が飛び出した。


 できれば情報を引き出したい。


「すまん! 本当に何のことか分からないんだ! 事情を知らなきゃ反省もできん!」


「私たち女神はなぁ、魔族に支配された世界へ《勇者》を送り込むのが仕事なんだよぉ。世界の均衡を保つためになぁ。けど最初から魔力を持った人間は能力の頭打ちが早くなるし、何より与えられるチート能力の幅が狭くなっちまう。逆にクリーンな状態ならいろんな異世界に対応できて、さらにチートの種類も無限大だ。だから魔力の存在しない地球を重宝していたのに……地球の人間が魔力を持っちまったら、使い物にならなくなるんだよぉ!」


 うひょー、こいつ面白れえ! こっちが無知を装っただけでペラペラしゃべりやがる!


 いや、内容が内容なだけに喜んでいる場合じゃない。新事実発覚だ。


 私は今まで、魔力の扱いに慣れてる人間の方が《勇者》に適していると思ってた。が、まさかそれが真逆だったなんて……。


 情報、あざーっす!


「分かった。元々魔力を持っている人間よりも、中身がすっからかんな奴の方が女神としてはより強い《勇者》を製造できるって認識でいいんだよな? だからこそ魔力の無い地球で《勇者》候補を厳選していたと」


「そうさぁ! なのにお前らが魔力を持ち込んだから……」


「お前の怒りは理解した。悪いのは私たちだ。素直に謝罪する」


 クレーマーを鎮めるためには、まず共感と反抗しないことだ。ってテレビで言ってた。


 だが、どうしても気になることがある。というか、指摘しないといけないことが。


 それが最初の疑問だ。


「でもさ。お前、ここにいたらマズいんじゃないの?」


「…………」


 あっ、これアカンやつだ。急に大人しくなった態度が物語っている。


 女神を含む神界の神々は、地上に住む者たちの営みに直接干渉してはならないと定められているらしい。だからこそ託宣を行ったり、《勇者》適性のある人間を異世界から送り込んだりと、間接的に人間の手助けをするのだ。


 しかしコイツは私たちと直接会話し、さらに人間の身体を借りて地上で活動している。


 例えるなら、人間が蟻の巣に入ろうと地面を掘り起こすようなもの。


 無論、私は神界と関りがないので詳しいことまでは知らない。


 が、一つだけ確実なことが言える。コイツの行動は完全にアウトだ。


「ねえねえ、そこんとこどうなの? ちゃんと地上に降りる許可もらってんの? 偉い人にバレたらお咎め食らうんじゃないの? 最悪神界を追放されるかも!?」


「…………」


 なおも無言を貫く女神。


 いやー、《魔王》の敵といっても過言じゃない女神を煽るのは楽しいね。気持ちが良い。


 すると突然、女神の青い瞳から涙が零れ落ちた。さらに嗚咽を押し殺そうと、血が滲むくらい強く下唇を噛みしめる始末。


「うぐっ……だ、だってそれは、お前らが……悪いから……」


「うわぁ、泣いちゃったよ。激昂の次は泣き落としって、情緒不安定か」


「私、似たような友人を知ってますけどね」


「奇遇だな。俺様も知ってるぜ」


「俺もだ」


「あんなアホみたいな友達がいるのか。お前らも苦労してるんだな」


 って言うと、何故か三人とも顔を背けた。


 おいおい、今は女神と対峙してんだぞ。気を抜くなよな!


「まあ、さっきの謝罪も決して形だけのものじゃない。本当に心から申し訳ないと思ってる。でもさ、過ぎたことをぐだぐだ言ってても仕方ないだろ? もう地球は諦めて、他の魔力の無い世界を探しに行った方がいいんじゃないか? こんな所で油売ってないでさ」


「セラマオさん。魔力の存在しない世界はかなり珍しく、そうそう滅多には見つかるものではありません」


「そういや、そうだったな」


 あれ? 私また火に油注いじゃいましたか?


 泣き腫らした目でじっと睨みつけてくる女神がめっちゃ怖いんですけど!


「だとしても、さっさと他の世界に行った方がいいって私の意見は正しいと思うぞ。地球の人間と異世界の人間。同じ魔力を持っている人間なら、扱いに長けてた方がまだマシだろ?」


「……それができるならやっている」


「は?」


 どゆこと? 意味が分からないんだが?


「他の女神はどうしてるんだ? 都合よく地球みたいな世界が見つかるわけじゃないだろ。なら普通は魔力がある世界から他の世界へ《勇者》を送り込んでいるはずだ。なんでお前にはできないみたいな言い方なんだ?」


 とまで言って気づいた。他の女神にできて、コイツにはできない。


 つまり……。


「まさかお前……女神の中でも落ちこぼれなんじゃ……?」


「ブチィ!」


 わーい、図星みたいだぁ。血管の切れる音が盛大に聞こえたぞぉ。


 言葉遣いや態度からも滲み出てるもんなぁ、落ちこぼれ臭が。


 とはいえ腐っても女神。《勇者》に能力を与えられないわけではないだろう。ただ他の女神よりもレベルが低く、担当した《勇者》が世界を救うのに四苦八苦してしまう。だからコイツは能力値上昇率の大きい優秀な素体を求めたのだ。


 オンラインゲームで言うなら、あまりにも下手すぎてチートプレイに手を出してしまったようなものだ。何もかもが上手くいく快感に味をしめてしまい、今さら普通のプレイには戻れないに違いない。


「無能な自分を棚に上げて、私たちに八つ当たりとか……だっさ、ざっこ。ぷーくすくす」


「セラマオさん、あんまり煽るのはやめてください。いくら落ちこぼれでも相手は女神。本来なら私たちが束になっても勝てない相手です」


「はーい、気をつけまーす!」


 言うて笑うのは止められないがな。ぶわっはっはっは!


 さーて、煽られた女神ちゃんは今度はどんな反応するかな? 怒り出すかな? また泣き出しちゃうかな? それとも子供みたいに拗ねちゃうかな?


 あー、楽しい。抵抗できない女神を一方的に嬲るのは痛快だなぁ!


「……もういい」


「へ?」


「もういい! お前ら、覚悟しとけよ! 地球もろともぶっ殺してやるぅ!!!」


 瞬間、私の全身が視えない何かで拘束された。


 横を見れば、他の三人も同様、肘の辺りで縄でも縛られたかのように身動きを封じられてしまっている。


「くそっ、なんだこりゃ!」


「ぬう!」


 鬼頭がフルパワーで解こうとするもダメ。ってことは、これは魔法による拘束だ。


 ならばと思って魔理沙を見る。が、彼女は諦めたように首を振っていた。


「ちょっと待て! こんなことしたら、お前の立場もヤバいんじゃないか!?」


「黙れ! こうでもしないと怒りが収まらねえんだよ! 幸いにして地球はド田舎だ。ちょっとくらいルール違反したって神界にはバレねえ。けどな、罰を受けるのなんざ最初から覚悟の上なんだよ!!!」


 ハッとして、女神の足元に倒れている須野さんを見る。


 須野さんに限らず、奴は何人もの人間に乗り移って私たちを観察していたはずだ。その時点で罰を受けるよりも復讐を優先するヤバい奴だということが分かる。


 やっべ、必要以上に煽るんじゃなかった!


「魔力で汚れた地球なんてもういらねえ! お前の言う通り、さっさと滅ぼして次へ行ってやるよ!」


 突然、足元に大きな穴が開いた。


 まるで巨大生物が餌を求めるかのように、地面に開いた大穴は私たち四人を容赦なく丸呑みにしてしまう。


「ひ、ひえええええ!!!」


 魔法で拘束されて動けない私たちは、そのまま奈落の底へ一直線だ。


 が、安定はすぐにやってきた。重力に引っ張られる感覚がなくなり、代わりに生暖かい感触と無重力感が全身を包み始める。闇に塗りつぶされた周囲も合わさり、宇宙空間、もしくは深海に放り込まれたような感じだった。


 というか……この感覚は概念体が存在する生命の根源と似ているな。


「お前らはそこで地球が滅亡する様子を指をくわえて眺めてるんだな! バーーーーカ!」


 どこからともなく聞こえる女神の声が遠のいていく。


 すると、すぐ側に魔理沙が現れた。


「おい魔理沙。何が起こったんだ? ここはどこなんだ?」


「どうやら亜空間に閉じ込められたみたいです」


「亜空間?」


「世界と世界の狭間にできる、小さな空間のことです。生命の根源と性質は同じですが、世界の壁で囲まれているため閉鎖的で、どこにも移動することができません。名前を付けるとしたら『空白空間』とでも呼ぶべきですかね。いろいろな世界の《魔女》も、収納スペースとして利用しています」


「なら、すぐにでも脱出を……」


「残念ながら、中から出る術を私は知りません」


「……マジで?」


 冷蔵庫かよ。そりゃ冷蔵庫に入ったことのある人は少ないと思うけどさ。


 え、ウソ。ってことは、死ぬまでこんな何もない所で過ごさなきゃアカンの? 退屈で死にそうなんだけど! いや、退屈で死ねるならすぐにでも死にたい気分なんだけど! ああん、もうわけ分かんない!


 などと一人悶えていると、龍之介と鬼頭も姿を現した。


「ったくよぉ、セラマオが意味不明に煽るからだぞ?」


「うぅ、ごめん……」


 だってぇ、まさか女神が罰則覚悟で魔法を使ってくるとは思わないじゃん。


「龍之介殿。あまりセラマオ殿を責めてやるな。これは俺たち全員が招いた結果だ」


「鬼頭ぁ」


 心の友よぉ。お前は本当に優しいなぁ。


「でもさ、あの女神、こんなことしてマジで大丈夫なのかな? 私たちの魂が《魔王》とかだからって関係ないだろ?」


「神界にバレたら処刑レベルの愚行ですね」


「だよな」


 覚悟決めすぎだろ。それとも後先考えないバカだったか。


 絶対後者の割合の方が大きいだろうな。こんなことしかできないから落ちこぼれなんだぞ。


 まあ、過ぎてしまったことを嘆いてても仕方がない。


 出る方法が無い、となれば諦めるしかない。まだ十五年そこそこしか生きてないからもったいない気もするが、そもそも私たちの目的は地球での調査なのだ。ここか、もしくは死んだ後に概念体へ還ってから報告し合えばいい。目的は半分達成したようなものだ。


 ただ十五年も人間として生きていれば、少しくらいは愛着が湧くというもの。あんな堂々と宣言されてしまっては、気にならないわけがない。


「あの女神、本当に地球を滅ぼすのかなぁ? てか、あの無能にそんなことができるの?」


「滅ぼすこと自体は可能でしょうね。なんたって女神ですから。ただいくら地球が田舎だとはいえ、自ら手を下すとなれば確実に神界に知れることでしょう」


「ってことはハッタリか?」


「いえ、そうとも限りません。人間を上手く使って核戦争を引き起こすこともできるでしょうし……あ、落ちこぼれには考え付かないと思うので、これは却下で」


「あいつの評価、最悪だな」


 ちょっと可哀想になってきた。


「痕跡も残さず一瞬で地球を塵と化せれば、神々にも気づかれないかもしれません。それには相当な準備が必要になると思いますが……まあ、それはここを脱出してから考えましょう」


「は? お前、出られないって言ってなかったか?」


「はい。ただ正確に言うならば、中から出口を探し当てるのは不可能という意味です」


「同じじゃないか、それ」


「中からだと出口の場所が分からない。ならば外から開けてもらうだけです。万が一のための保険がさっそく役に立ちました」


「保険?」


 すると突然、私たちの頭上に穴が開いた。


 割れた闇の隙間から、少女が顔を覗かせる。


「ね、寧々子ちゃん!?」


「出口を開いていただきました。さあ、こんな辛気臭い場所からはさっさとおさらばです」


 海面へ向かって泳ぐようにして、私たちは地上へと帰還した。


 そして私は命の恩人を大好きホールド!


「うわ~ん。ありがとね、寧々子ちゃん! よくここが分かったねぇ」


「鼻」


 見れば、寧々子ちゃんの鼻だけが狼のそれへと変化していた。


 うーん……動物のコスプレをする時、どうして耳や尻尾が好まれるのか分かった気がする。鼻だけ変わっても、あんまり可愛くないや。あっ、寧々子ちゃんは天使だけど!


「収納スペースとして利用してると言ったように、出口の場所さえ分かれば中からでも外からでも簡単に脱出できるんです」


「なるほど」


 そりゃ外からは入れて中からは出られない空間なんてありゃしないわな。冷蔵庫じゃないんだから。


「にしても、魔理沙。お前、準備良すぎだろ。これも予想してたって言うのか?」


「いえ。私たち四人が集まったところで監視が始まったわけですから、最低一人は離しておいた方が良いと考えただけです。本当に念のため、保険のつもりでした。私からの連絡が途絶えたら探してほしいと寧々子さんにお願いしていたのですが、まさかこんなに早く役に立つとは……。寧々子さん、ありがとうございます」


「うにゅ~」


 魔理沙が頭を撫でると、寧々子ちゃんは気持ちが良さそうに喉を鳴らした。


 あっ、なんかズルい。私が撫でても、そんな声出さないのにぃ。


「それはいいとして、須野はどこに行ったんだ?」


「誰かが気づいて保健室へ運んだか、自力で目を覚ましたのでしょう。ひとまず後で連絡してあげてください」


「こんな短時間にか?」


 龍之介の疑問で気づいた。


 囚われた場所から移動してはいないものの、辺りはすっかり暗くなっているのだ。寂れた街灯だけが、ぼんやりとゴミ集積所を照らしている。


 スマホで時刻を確認したところで、変な声を漏らしてしまった。


「げっ、九時半!? どうりで暗いはずだよ、五時間近く経ってるじゃないか! たった数分しか捕まってなかったと思ったのに」


「『空白空間』は時間の流れが遅いですからね」


 逆精神と時の部屋って感じか。


 まあ、そうじゃなきゃ収納スペースとして利用できないわな。


「で、どうする? 俺様たちが脱出したってあの女神に知れたら、それこそやけっぱちになって襲ってくるんじゃないか?」


「いえ、それはおそらく大丈夫かと」


「なんで断言できるんだ?」


「断言はしていませんよ。ただ脱出方法が判明しないまま、同じ相手を同じ場所へ閉じ込めても無意味と考えるのが普通です。まあ、あの女神に普通の思考は通じないかもしれませんが」


 ひどい言われようだな。


「それにあの女神は今、私たちに構ってる暇はないと思いますので」


「どういう意味だ?」


「詳しい話はまた明日します。今日はもう遅いですし、ひとまず帰宅しましょう。できるだけ目立つ行動は避け、明日も普通に登校してきてください」


 最後の一言は女神に見つからないようにするためと分かるが、果たして大丈夫やら。


 不安はあるものの魔理沙の言うことだからと信じ、今日は解散となった。

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