3_それだって、結局のところ日常である。

 

 ザッ、あからさまに足音を立てて千蔭さんが路地に入っていく。それに続いて俺も路地に入れば、女性二人のうち一人は俺たちに気づいたようだった。男達は、まだ気づいていない。


「やあやあこんにちは、お兄さん方」


 朗々と、歌うように響いた声は、薄暗い路地の雰囲気をガラリと変えた。男達が怪訝そうに振り返って、それからざわつき始める。顔のいい長身の男がいきなりこんな路地で話しかけてきたらそりゃあ驚くだろうな、と内心で同情した。


「なんだか穏やかじゃないなあ、なあんて思ったから声を掛けさせてもらったんだけど……何かあったの? 僕で良ければ、話を聞かせてもらいたいんだけど、どうかな?」


 やや大げさに、身振り手振りを交えつつ千蔭さん。そうやって視線を集めてもらっている間、できる限り男達の視界に入らないように女性二人をこちらに誘導する。

 男達は、突然登場した俺たちに面食らっていたのだろう。間抜け面を晒していた男達のうち、一番先頭に居た、リーダーらしき男がハッと我に返って大声で言った。


「んだよテメェ!! 邪魔すんじゃねえ、ぶっ殺すぞ!!」

「おお、いきなりそんなに大声出しちゃびっくりしちゃうじゃない。何か嫌なことでもあった?」

「テメェが目障りなんだよ!!」


 男達からしたらそりゃそうだろうなと、内心で苦笑する。それを表には出さず、こちらに逃げて来た女性二人を背に庇うようにして立った。


「そうは言っても、そちらのお嬢さん方もすっかり怯えてるようだったし……それを放っておくのもどうかなと思ってさ」

「なんだよ、正義の味方気取りか!? ヒーローごっこするにゃあ随分と年行ってんじゃねえの、なあ!?」


 同意を示すように周囲の男達を仰いだリーダーらしき男の声に同調して、周りの男達も笑い出す。げらげらと下種な色を強く示すそれに、思わず眉を顰めた。自分の憧れで、上司で、バディで、そして恋人であるその人をそんな風に笑われて、気分が良いわけがない。


「うーん……ごっこじゃあ、ないんだけどね」


 千蔭さんが、ぼそりと独り言のようにつぶやいたのが耳に入った。


「あぁ!? なんか言ったか、おい!?」


 男達は尚も嘲るようにそう言って笑う。その笑い声に紛れるように、千蔭さんに耳打ちする。


「保護完了しました」

「うん、ありがとう」


 こちらへ視線を向けた千蔭さんと、一瞬だが目が合った。


「さて、じゃあ彼らをどうするか、だけど……」


 そして、一瞬のそれと、続く言葉で千蔭さんがこの後どうするかがなんとなく分かった。


「おい、なに二人でコソコソやってんだよ、あぁ!?」

「ああ、ごめんね? 仲間はずれにしちゃって」

「ちげえよ馬鹿野郎!」


 いっそコミカルささえ感じるそのやり取りを、黙って見つめる。リーダーらしき男は、ばりばりと頭を搔いてから懐を探る。


「ああもうしゃらくせえ、ぶっ殺してやる!」


 懐から取り出されて露わになったそれは、大ぶりのサバイバルナイフだった。

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