私を連れ去って②

 明智と名乗る少女から話を聞き終え、内容を纏める朱音と真。明智は話し終えると、お願いしますと言い残し、だがしやなとりを後にした。

 依頼内容、情報を纏めるとこうだ。


氏名:明智有貴(あけちゆき)

住所:千葉県○×市◇△町※※

学校:私立××高等学校 学年:3年生

電話番号:080-XXXX-YYY

依頼内容:友人・片桐硝子(かたぎりしょうこ)の捜索

時期:一カ月前

場所:千葉県※※海岸

状況:海辺で忽然と姿を消した/飲み物を買いに行った

捜し人:元気/面倒見がいい

備考:二人は水泳部/幼馴染


「う~ん……。正直これだけ聞いても私達じゃさっぱりだね」

「そうですね。名取さんがいれば想影ってやつで分かったかもですけど」

「多分、この海岸に行ってみるしかないと思う」

「あとは学校とかですかね?」

「そうだね……」


 景の代わりに話を聞いた二人だったが、それ以上に進展がある訳もなく景の帰りを待つだけであった。

 陽が傾き、真が店仕舞いを始めた頃に景が帰って来た。


「あ、名取さんお帰りなさい」

「あぁ、朱音さんに多田くん……。お疲れ様です……」


 二人から見て、景の様子はおかしく、ひどく疲れているようだった。真は急いで駆け寄り、今にも倒れそうな景に肩を貸す。もたれ掛かるように寄りかかる景の顔は青ざめ、生気がない様に感じられた。


「あの、名取さん大丈夫ですか?」


 尋常じゃない様子の景を心配し朱音も駆け寄る。顔を良く見ると唇の色も紫に変色していた。朱音と真、二人で景を店の奥へと運ぶ。

 朱音は片っ端から襖を開け、敷布団を探し出し、急いで準備した。

 景は真に支えられながら、ゆっくりと布団に横になる。そのまま、意識を失った景が目覚めたのは陽が完全に沈んだ後だった。



「申し訳ありません。急にこんな……」


 目を覚ました景は、開口一番に謝った。従業員である真に迷惑を掛けたのはそうだが、何よりも本来客である朱音に面倒を掛けたことを悔いていた。


「しばらく安静にしてください」

「そうですよ。朱音さんの言うとおりです」

「いやしかし……店の片付けが……」

「何言ってんですか。そんなもん俺が済ませたに決まってるじゃないですか。もうひとりでも締め作業くらいできますよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 別に当たり前のことをしただけだと、真は景に伝える。

 そんな当たり障りのない会話より、二人は景の様子が気になっていた。もう夏と呼べる季節に入り、気温も高い現在。何故あそこまで青ざめていたのか。その姿は、長時間氷水にでも浸かっていた様にさえ思えるほどだった。


「あの……名取さん。一体何があったんですか? 電話の時はいつも通りだったじゃないですか?」


 真は、明智の依頼を聞く際に景と電話越しに話をしていた。その時の声色からは想像できない程弱っているのだ。


「…………」


 景は話そうとしなかった。


「名取さん。もし、探し物のお仕事で大変なら手伝いますよ? ほら、前みたいに!」

「止めてくださいっ!!」


 朱音の提案に、景は語気を荒げた。

 景は自分が怒鳴っていることにハッとした。


「す、すみません! 急に……」

「い、いえ私こそ。突然すみません……」


 景の怒声に萎縮する朱音を見て、真はたまらず景に言い返した。


「名取さん。今のは酷いですよ……。それじゃあ、やってることは山貝教授と変わらないです。何か理由があるなら話してくれてもいいじゃないですか? こんな弱った姿で戻られて心配するなってほうが無理ですよ」


 景は真の言葉を聞き、悩んだ。事情を話すべきかと。しかし、そうしてしまえば、今自分が抱えている問題に二人を巻き込んでしまうのではないかとも考える。

 長い間、景は俯いたままだった。それでも朱音と真は景の次の言葉を待っていたのだ。そして、ようやく景は口を開いた。


「僕は……ある人を捜してました……」

「ある人?」

「……僕の兄です」


 景は兄を捜していたと二人に伝える。

 なぜ兄を捜すだけでこんなにも疲弊した体になるのか朱音は不思議で仕方がなかった。


「どうして、お兄さんを捜すだけでこんなことになるんですか?」

「それは、兄が……。すみません、言えません」


 黙る景に朱音と真は必要以上に追求はしなかった。家族の問題が絡んでいるのなら、踏み込むべきではないと考えたのだ。

 そんな重い空気を変えようと、景は以来の話を始めた。


「多田くん、昼の件ですが説明してもらってもいいですか?」

「あ、はい」


 真はレジへメモを取りに行く。数秒して戻ってきた真は、そのメモを景に手渡した。

 メモに目を通しながら、真と朱音の話を静かに聞く景。二人が話し終えると景は自分の意見を述べた。


「正直、わからないという点では、僕も二人と同じです。僕は探偵でも刑事でもないですから……。だから、ここに書かれた場所へ足を運んでみないことには何もわからないです」


 景はメモを床に置き、それとと前置きをした。


「一ヶ月前に失踪したという女性は、亡くなっているという可能性も十分考えられます。それでも、この依頼は受けたほうがいいと思いますか?」


 景から発せられた言葉に、朱音と真は思わず息を呑む。

 亡くなっている可能性。それは、仮に見つかったとしても元の姿ではないということ。


「怖がらせてしまいましたか。しかし、決めるのは依頼者です。明日、僕から連絡を取ってみましょう」


 その後、動けるようになった景を見て、朱音と真はだがしやなとりを後にした。


 景は一人ここ数日の出来事を思い返していた。

 行方不明だった兄の手掛かりが見つかったのだ。そこには僅かな想影が残っていた。それを辿り、様々な場所を転々とし、その道中に景は、およそ見当もつかない程の暗い感情と相対していたのだ。それこそが不調の原因だ。


「早く見つけなくては……」


 拳を強く握りしめ、景は一人呟いた……。



 千葉県、件の海岸へ景と真は来ていた。太陽は真上から少し海へと傾き、暑さはピークに達していた。


「名取さん。本当に俺も来ちゃっていいんですか?」

「その質問、二回目ですよ」

「だって、店が……」

「仕方ありません。僕一人では厳しいと判断したので保険です」


 昨日の出来事から一夜明け、依頼主へと連絡を入れた景。本日伺いたいという旨を伝えると、勿論ですと二つ返事で返ってきた。そのために、わざわざ東京から千葉まで車で移動してきたわけだ。


「ていうか、何で朱音さんはいないんですか?」 

「仕事ですよ……。今日は平日です。フリーターの君と朱音さんを一緒にしないで下さい」

「ちょ、フリーターじゃなくて学生なんですけど!」

「休学中でしょう。フリーターと何が違うんですか?」

「違うでしょ!」


 景の容赦のない物言いに都度ツッコミを入れる真。

 二人は依頼主である少女、明智有貴を待っていた。


 遠くから学校のチャイムが微かに聴こえてくる。おそらく依頼主の通う学校のものだろう。しばらくして、景と真の前に明智が現れる。待ち合わせ場所には海からほど近いカフェを指定していた。


「あの……、はじめまして、明智有貴です」

「はじめまして、僕は名取景といいます」


 景は挨拶と同時に明智を視る。彼女からは特に変わった影は見えず手掛かりにはならないと景は考えた。


「早速で申し訳ないのですが、片桐硝子さんがよく行っていた場所に案内してもらえますか?」

「は、はい……」


 景と真の二人は、案内に続き、明智と片桐硝子がとも通っていた学舎へと足を踏み入れた。

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