真夜中の秘密のお茶会、アールグレイに愛を溶かして【第一部】

夏目綾

第1話 有能なお茶会の主催者

 「次のお茶会は白百合の間で開くわ。ぜひいらっしゃい!」


 背が高くショートカットのボーイッシュな少女。容姿も美しく、それでいて明るく優しい性格。

  彼女の名前は、谷崎千たにざきせん

 私立白雪女学院、高等部二年。


 千がそう呼びかけると、周りの女学生たちは騒ぎ出す。


 「千さん、すごいわ! 次は白百合の間で開催するのね。」

 「千さんのお茶会は、とても楽しい時を過ごせるから好きよ。」

 「今回は私も行っても良いかしら?」


 その声を聞いて千は微笑む。

 眩しいほどに輝いた笑顔で。


 「ありがとう! そう言ってくれて主催する私も嬉しい! 今回は誰に来てもらおうかしら?」


 千は選りすぐった女学生に招待状を渡す。

 それを手渡された女学生は歓喜の声を上げる。


 今度のお茶会はとても良い場所と人材を確保できた。


 招待状を配り終えた千は満足げだ。


 全寮制のお嬢様校、私立白雪女学院においてのお茶会は、何よりも大事。

 なぜならそこで学院内のカースト順位が決定する。誰が言い出したのか、いつからなのかは分からないがそれがもう暗黙の決まりだ。


 カースト上位の証。

 どの場所で開催できるか。

 主催する場合は、どれだけ有能な人物を集められるか。

 逆に言うと、どれだけ有能な人物に招待されるか。


 この三つの条件が必須。

 これを満たし続ければ、学院の生徒たちの羨望なまなざしを浴びて全てが思うままだ。プレゼントという貢物も女学生たちから貰える。


 富と名声と権力。

 まさにそれが全て揃う。


 谷崎千は、高等部二年生ながらカーストの上位の方に属していた。

 優しく気さくな性格。そしてこの美貌。

 彼女のステータスは申し分ない。

 女学生は集まるし、これだけ集まれば有能な人物だって選べる。

 そのおかげで良い場所での開催も可能となっていた。


 今回の白百合の間は、小さいながらも豪華な作りで有名なティールームだった。

 ちなみにこの独自のお茶会文化を育んだだけあって、学院には多くのティールームが存在する。

 まさに伝統ある女子の閉鎖的箱庭で育った特殊な文化だ。


 千は上機嫌で寮の自室に戻ると、すぐに机に向かうとノートを取り出す。

 そこには女学生の名前がびっしりと記されていた。


 「この子は今回の成績が良かったみたい。次の優良株。この子は先生に怒られたみたい。降格。あぁ、この子は部活で活躍したみたい。絶対離さない。」


 千は鼻歌交じりにノートに赤いペンで書きこむ。

 昇進、保留、降格。

 必要な少女、不必要な少女。


 「私が選ぶ。私は上位に行きたいの。順調だわ。だって私は外では完璧。絶対に私は敗者にはならない。みんなが私を見るの。」


 明るく優しい谷崎千。

 そんなものはどこにも存在なんてしない。

 人を物のように見ては軽く扱う。全ては自分のために。

 傲慢で歪んだ谷崎千。

 これが本当の彼女。


 千は何よりもカースト制度にこだわる。

 一番に上り詰める。

 彼女は類い稀なる野心家であった。


 「あぁ、なんて楽しいんだろう!! お茶会の主催者、参加者を選ぶのは私。みんな、私を見て。もっと見て。」


 そんな歪んだ考えは千の日常である。



 白百合の間でのお茶会当日。

 放課後、千はお茶会部に頼んでおいたお菓子と紅茶を受け取りに行く。

 お茶会部とはそういったことを仲介してくれる部であった。

 これもまた学院特有の部活だが、なくてはならない存在。


 千は金色の紅茶缶を抱えながら歩く。

 今日はアールグレイだ。

 千はシーンに合わせて茶葉を選ぶ。

 これも有能な主催者の心遣い。

 紅茶の中でも千が一番好きなのはアールグレイ。これはとっておきの日に選ぶ。

 白百合の間が取れたことがよっぽど嬉しいようだ。


 よそ見しながら千が歩いていると、誰かにぶつかった。


  「わ・・・っ!?」

 「きゃっ!!」


 ぶつかった拍子にお気に入りの紅茶缶が落ちてしまう。


 「ご、ごめんなさい!!」


 千にぶつかった少女は慌てて紅茶の缶を拾うと千に渡した。


 誰よ、失礼にも程がある。


 そう思いながら、千は少女を見ると彼女は深々と頭を下げていた。


 「三島さん?」

 「あ・・・谷崎さん、ごめんなさい。ぶつかってしまって。」


 千とぶつかって少女の名前は、三島咲奈みしまさきな。千と同じクラスである。

 ふわりとしたミドルヘア―で背は普通。容姿も可もなく不可もなく。千と違ってクラスでも目立たない存在。地味な少女。

 完全に千のお茶会メンバーから除外されていた。

 特に何が優れていることもない。

 いるだけ無駄な人間だと千は常々思っていた。


 だが、そんなことを三島咲奈に悟られるわけにはいかない。

 いつ何時も外では素敵な谷崎千だ。


 「ううん。三島さんこそ大丈夫だった?」


 咲奈は何度も首を縦に振る。

 咲奈に千はにこりと微笑みかけた。

 そんな千の笑顔を咲奈はじっと見つめていた。顔を少し赤らめながら。

 

 何よ、そんなに見て。

 気持ちの悪い。


 千はそう思うとすぐに目線を逸らしたのだった。

 千の目には入ってはいなかったが、咲奈は顔色は少し暗くなる。

 だが、すぐに微笑んで口を開いた。

 

 「やっぱり谷崎さんは優しいのね。だから、みんな谷崎さんのお茶会に参加したがるのだわ。」

 「そんなことないわよ。そうだ! 三島さんも今度呼ぶわね。」

 「え・・・本当に!? ありがとう! 嬉しいわ!」


 咲奈は再び微笑むと、何度も頭を下げる。そして慌てて走って行った。


 「悪いけれど、あんな子、一生呼ぶことはないわ。」


 千はそう言うと、紅茶缶を叩いて白百合の間に向かったのだった。


 白百合の間に行く途中、千はある少女とすれ違って頭を深々と下げる。

 あの千が自ら頭を下げる人物。


 彼女の名前は、川端凰華かわばたおうか。高等部三年生。

 艶やかな長い黒髪を揺らしながら背筋を伸ばして堂々と歩く。

 その容姿、そして学年主席という成績。

 彼女こそ、この学院のカースト最上位に君臨する少女。


 「私も川端先輩のお茶会にお呼ばれされたいものだわ。そして、それを利用して・・・。」


 千の野心は尽きない。

 だが、その為には自分のお茶会を確固たるものにしなければならない。

 

 もっと見て。

 もっと私を見て。


 千は微笑むと白百合の間に向かったのだった。


 一方、千に声をかけられた三島咲奈は嬉しくてスキップをする。

 いつも誰にも声をかけられない咲奈。

 でも千は違う。

 あの時も、今日も・・・そして、もしかしたらこれからも。


 「谷崎さん! 谷崎さん! 谷崎さん!! 谷崎さんのお茶会に参加できるかもしれない! 川端先輩、私もしかしたら夢が叶うかもしれないわ。谷崎さん・・・私を見て。」


 咲奈は目をつぶって、誰よりも千のことを想う。


 「・・・あ! いけない! お茶会に遅れてしまう!!」


 咲奈は我にかえると慌てて、お呼ばれされているお茶会へと向かったのだった。


 それから。

 白百合の間でのお茶会は大成功に終わった。

 皆、幸せそうな顔で紅茶を嗜みながら会話をしていた。

 皆が千のセンスと性格を褒めたたえるその時間は、千の何よりの悦びだ。


 今日も私は完璧。

 私をもっと見て。


 お茶会の片づけが終わると、女学生たちは千の周りを囲んで歩く。

 だが、それは薔薇の温室の前を通った時だった。


 「あら? 川端先輩だわ。」


 そう言った少女の見つめる先には、あの川端凰華がいた。

 凰華も何人かの生徒を引き連れて薔薇の温室から出てくる。


 「すごいわよね、あの薔薇の温室をずっと使ってお茶会をしているのですって。」

 「招待されている方々もきっとみんな素晴らしい方ばかりでしょうね。」


 薔薇の温室。

 薔薇が咲き乱れる温室だ。ここは学院一美しい場所。

 そしてカースト最上位のものしか取ることのできないお茶会の場所。


 「・・・さすが、川端先輩ね。」


 悔しさをにじませながらも千は笑顔でそう言った。


 「本当に。私も招待されたいわ。」

 「馬鹿ね、そんなことがあるはないわ。」


 女学生たちは笑いながら歩いて行ってしまった。


 「私だって・・・いつか絶対に。」


 千は拳を握りしめると、じっと凰華たちの一行を見つめた。

 だが、その時。

 千は信じがたい光景を目にする。


 「あの子は・・・三島・・・さん?」


 川端凰華のすぐ後ろには、千が散々馬鹿にしていた三島咲奈がいたのだ。

 しかも、凰華に微笑みかけられながら何やら会話をしているではないか。


 「どうして、三島さんが・・・!?」


 羨望と権力をほしいままにする凰華。

 今の千では到底目をかけてもらえる相手ではない。

 なのに、三島咲奈は・・・。


 「私のお茶会に参加したい? ふざけないでよ・・・!! 」

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