本日より、宮廷魔術師として働きます~母国で何処にも就職できなかった最強魔術師は、大国で宮廷魔術師として採用されることになった件について

星月一輝

第1話

『はぁ~、やっぱりどこも駄目か』


 俺は、学園のベンチで腰を掛け、空を見上げるようにそう言った。

 空はどんよりとした曇り空で、気が滅入る。モンタージュ効果か、と、頭では分かっているものの気持ちと空模様が連動しているようで、より憂鬱だ。


 ミートヘッド魔術学園。

 そこは、獅子王と呼ばれた第十三代目のアレース王国の国王が建てた屈指の名門校だ。

 卒業生の上位3%は、王宮お抱えの魔術師となり、残る者達も士官になるか、はたまた王国内の官僚になるかが約束されている。その為に毎年の倍率は、300を超え、国内外問わず多くの有名魔術師がこの学園を卒業している。


 しかし、そんな名門校を今日卒業した俺は、悲しいと言うか残酷なことに地方の魔術局員にすら声がかかっていない。理由はいくつかあるだろうが、一番の理由は卒業論文だろう。

 論文を読んだお偉いさんは方にとことん嫌われた俺は、何処にも仕官することができなかった。それどころか、地方官僚ですらない有様だ。まぁ、前時代的価値観に囚われるお偉いさんたちには俺の魔術が卑劣だとか、卑怯だとか、鬼畜だと言われた。


 まぁ、そんなこんなでお偉いさんたちに目をつけられた俺は、行く先々で嫌がらせに合って今日までというか、今日も含めて就職先が見つからない。


 はぁ~、憂鬱だ。


 『やぁ、ハワード君。仕事先、見つかったかい?』

 如何にも嫌味たらっしいその声には、聞き覚えがあった。金髪碧眼のイケメンのアーサー・フェルナンドだ。フェルナンド侯爵家の嫡男であり、文武両道で、友人関係や家族関係も良好と聞く。にも拘らず、落ちこぼれの俺に絡んでくるとは、相当暇らしいな。


 『何の用だよ、アーサー』


 振り返ると、アーサーと愉快な仲間たちがいた。どうやら俺をまた揶揄いに来たらしい。

 好きな女の子を揶揄うガキでも、こんな頻繁に来ないだろう。もう、なんかそっち系なのではないかと最近疑うぐらいだ。


 『いいや、可哀想な学友に仕事先を紹介してあげようと思ってね。何でも、大陸の覇者と名高いロイグランド帝国では、国籍問わず優秀な者ならば宮廷魔術師にしてくれるそうだよ』


 『そうなんですか、やったじゃないかハワード君』


 『そうですね。フフフ、ハワード君の力が存分に発揮できると思いますよ』


 『『『あははは』』』


 ワザとらしく、アーサー達は高笑いした。

 おそらく、俺にその嫌味を言う為に頑張って練習してきたのだろう。もっと、他に労力を掛けたらいいんじゃないかと言いたくなるが、阿保らしくて相手をする気すら失せる。


 『なんだい、ハワード君。その目は』


 『せっかくアーサー様が、君を心配してくれたのにその態度はないんじゃないかな』


 そう言ってアーサーの取り巻きが俺の肩に触れようとする。その手は既に汚れており、泥がついていた。ここまでするのかよと思いながら、少しムカついたので魔術を唱える。


 『”触れるなよ”』


 取り巻きの動きが止まる。左手が震え出して、その場で膠着する。


 『うっ、あはは、全くただのジョークじゃないか』


 『そうかよ、【解除】』


 俺は魔術を解除して、ベンチから立ち上がってその場を去る。

 たくっ、卒業日まで嫌がらせをしてくるなんて暇な奴だな


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 学園の裏庭。

 本当ならこんな場所を長居したくないが、ここに来たのは理由がある。俺はとある人物に呼ばれているのだ。それは、この国の王女であり、俺の幼馴染である第三王女のリナリアだ。


 リナリアはこの学園の中で唯一俺の事を評価してくれ、誰にも分け隔てなく優しく、こんなどうしようもない俺にも優しい最高の幼馴染だ。彼女の力を借りれば、就職先も見つかったかもしれないが、只でさえ迷惑をかけているのにこれ以上はかけられないだろう。


 どうせ、この国いても俺は評価されない。それならば、アーサー達に言われたことを素直に従うのは尺だがロイグランド帝国に行くべきだ。確か、ロイグランド帝国では出自や立場に関わらず、才能さえあれば誰でも登用してくれると聞く。


 郭魂ではないが、隗よりはじめよという事らしい。曰く、ロイグランド帝国の現在の皇帝は、最初の二年間ほどは酒池肉林の数々をつくし、その際に自分を諫言をしたら処罰すると布告したとんでもない暴君だったと聞く。しかし、現在の帝国宰相であるアストレア公爵が命を賭した諫言を聞き、二年間の間に横領、恫喝、怠慢と言った具合に国に真の意味で忠誠を誓っていない悪臣、佞臣達をことごとく処罰し、たった十五年間でロイグランド帝国を大陸の覇者とまで称されるほど国を大きくした名君中の名君だと聞く。


 そんな、名君が治める国ならばは俺の魔術を受け入れてくれるかもしれない。


 とは言え、まだ外国に行く決心はつかず、無職の状態なのでどう報告すればいいか迷う。


 そんなことを考えていると、物陰からリナリア(幼馴染)を見つけた。


 『リナリア様、どうしてあのような御仁…ハワードさんをお傍に置かれているのですか?』


 『…あはは、どうしてって言われても』


 『リナリア様とは釣り合いませんわ。あんな男』


 『…ロイは、その、侯爵家の次男だから…それに、下を見ると安心するでしょう』


 リナリア(幼馴染)はそう言って、少し気まずそうに頬をかいた。


 『ところで、アーサー様とは婚約なさるのですか?』


 『まだ分からないわ。でも、嬉しい事に求婚して頂いているわ』


 『それは、羨ましいですわ。それに、ハワードさんと違って甲斐性がありそうですし。私、アーサー様なら抱かれてたいですわ。リナリア様もそう思われるでしょう』


 『あはは、はい。確かに、アーサー様はカッコいいですよね。それにロイと違って甲斐性もありそうだし…だ』


 そう言って、俺の大嫌いな男を名前をうっとりとした顔で話すリナリア。

 自分にとって何か、大切なものがパキンっと折れた音がした。


 馬鹿だな、俺は…

  

 勝手に、リナリアなら俺の事を庇ってくれるとか、信じ続けてくれると思っていた。

 でも現実は、アーサーみたいなくだらない奴に惚気る糞見たいなビッチで、狂おしいほどに気色が悪い女だった。


 多分、他の奴ならどうでも良いと割り切れたと思う。


 だが、リナリアだけにはそう思ってほしくなかったし。俺の事を信じ続けて欲しかった。


 ははは、俺はどんだけ馬鹿なんだよ。

 そっか、ずっと心の中では馬鹿にされ来たのか。あの笑顔も、俺が挫けそうになった時にかけてくれた優しい言葉も全部、全部、嘘だったんだな。


 俺は体を反転して、学園の出口に向かった。


 足取りは重い。今日ほど、自分が情けないと思ったのは初めてかもしれない。


 『ロイ殿、大丈夫ですか?とても顔色が悪そうですが』


 不意に後ろからリナリアの従者のエルさんに声を掛けられた。夕焼けに染まった金色の髪と、ルビー色の瞳が少し不安そうに此方を見ている。


 『大丈夫ですよ』


 『良かった、貴方の力はこの国にとって…あれ、ロイ殿?』


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 『まさか、わが侯爵家に貴様のような屑が生まれるとはな。もう、我慢の限界だ!!王宮魔術師になれないならいざ知らず。どこまで我が家の名誉を汚すつもりだ。この極潰しめ!!勘当だ、勘当!!二度と私の前に姿を現すな!!』


 父は…侯爵はそう言って、机に置いてあったグラスを投げてきた。頭に当たったから血が多少出ている。と言うか頭が痛い。


 年を取って癇癪が酷い侯爵だが、此処までの激怒は数年に一回あるかないかだろう。


 大抵は、後になって考えなおすと言うのが多い侯爵だが、俺もいい機会だしこの人とは絶縁しよう。


 まぁ、絶縁するための手切れ金だと思えばこの痛みも安いだろ。


 『世話になった』


 俺はそう言って、侯爵の執務室を出る。


 部屋を出ると、兄さんが愉快そうに俺を見ていた。その表情は、嘲笑と哀れみが見て取れる。


 『親父に勘当されたらしいな、ロイ』


 『ええ』


 『良かった。これでお前みたいな屑を弟だと紹介しなくてこれから済むのだ。なぁ、ロイ。今どんな気持ちだ?』


 『別に』


 俺がそう言うと、兄は俺の胸倉を掴んできた。


 『もっと悔しそうにしろよ、ロイ。つまらねぇだろ。それとも、幼馴染の王女様がお前を散々虐めてきたアーサーの奴と婚約したと聞けば、その顔は歪むのか?』


 『へぇ~、で?俺が顔を歪めて悔しがる姿でも期待したか、悪いが、あんなクソ女に興味はない。いっその事、兄さんみたいなクソ野郎と結婚すれば、性格悪い奴ら通しで円満な家庭を作れたんじゃないかと思っているくらいだ。最も、生まれてくる子供の性格はクソだろうがな』


 俺がそう言うと、兄貴は顔を真っ赤にした。怒りの余り、言葉になっていない。


 バシンッ!!


 兄さんに殴られた。

 殴り返して兄さん程度をボコボコにして、再起不能の重体にする程度は簡単だったけど体に力が入らなかった。


 胸がチクチクと痛み、罪悪感が込み上げてくる。


 リナリアを侮辱した瞬間、自分の事が大嫌いになりそうになった。

 小さい頃、彼女と約束したことや、学園で俺を慰めてくれたことがフラッシュバックする。


 屋敷に出て、頬を抑えながら、この国を出てロイグランド帝国に行くという決心と共に、張り裂けるような胸の痛みがした。


 『ハムレットがオフィーリアに思う愛に比べられるはずもないが、俺も、リナリアを愛していたんだな。我ながら滑稽だな。クソ、クソッ』


 初めから孤独だったら、耐えられたのに。


 なんで、最後まで救う気が無いのに…俺に、手を差し伸べたんだ

 



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