第24話 確かあの店に食べ放題などという企画はない
もしかしたらこれは罪滅ぼしなのかもしれない。
みのりは名前も知らない俺なんかに、期待してくれていた。
誰にも認められず、誰にも感謝されず、自分もいずれ妖力を暴走させて死ぬかもしれない。そんな恐怖にさいなまれながら、ほんのわずかばかりの希望を握りしめて『らいこう』を飛び出したはずだ。
俺がみのりのことをとっくに忘れてしまっていると知った時、みのりの絶望はどれほどのものだっただろうか。
『らいこう』に連れ戻された時、なにもできなかった俺を見て、みのりはなにを思っただろうか。
「……暴走が一体どういう状態なのか、分かってるんですか? 今のみのりさんは会話が通じないどころか、自我が残っているかどうかも怪しいんです。ただ奇跡を期待しているだけならやめてください」
「その奇跡の芽を自分でつぶさないために、前に進むんだよ」
そう、前に進まなきゃそこで終わりなんだ。
足を止めたら、その時点で奇跡の確率はゼロだ。
でも前に進み続ければ、奇跡の可能性はついえない。その先で一パーセントが二パーセントになるかもしれないし、三パーセントになるかもしれない。
みのりが握りしめていた希望を今、俺が引き継ぐと決めたように。
「そりゃ馬鹿なこと言ってるとは思うけどさ。馬鹿にならなきゃみのりを助けられないなら俺は馬鹿になるよ。お前がなにも教えてくれなくても俺は研究所に行くし、みのりを探す」
巨人の姿がちらつく空を仰いでから、俺は兎呂に背を向けた。
猛鬼に遭遇したルートを避けて、歴史生物科学研究所に向かおうとする。
「……みのりさんは対策局の、次元制御室という部屋に拘束されています」
たっぷりと躊躇をにじませた兎呂の声に、ぴたりと動きを止める。
俺は再び兎呂の方に向き直った。
「拘束……?」
「最初の妖力増幅処置の被害者……海岸沿いの謎の死体として扱われた、お針子ですね。彼女が暴走を起こした一件から、次元の壁の縫合作業は半拘束状態で行われるようになったんです。なので、みのりさんが暴走した時点で、身体の拘束自体はすんでいるんですよ」
妖力増幅処置によって負担が増しただけじゃなく、結果的に待遇まで悪くなっているじゃないか……
相変わらずの人権無視に怒りがこみ上げるが、ここはぐっと飲み込む。
「それで、なんでこんなことになってんだよ」
「妖力の暴走に、物理的な拘束は関係ないですからね。最悪の決断ではありますが、妖力の暴走を抑える手立てがない以上は、みのりさんを……殺して止めるほかありません」
「それなら……どうして『らいこう』は、みのりを殺していないんだ?」
「誰もみのりさんに近づけないからです」
ドォォォン……
打ち上げ花火のような音とともに、また遠くから地響きが伝わってきた。
空を見やると、派手に灰色の煙が上がっていた。どうやら剛鬼がまたどこかの建物を壊したらしい。
「みのりに近づけない……? 拘束されて動けない、みのりに?」
「そのあたりは移動しながら説明しましょうかね」
兎呂は耳をレーダーのようにくるくると動かし始めた。
「不本意ではありますが、プレミアム生チョコドーナツ食べ放題で手を打ちましょう。できるだけヤバイ鬼を避けるルートで案内しますから、はぐれないでくださいね」
「いったいどういう風の吹き回しだ?」
「どうせ止めても聞かないのでしょう? であれば、その中で最大限に成海さんたちをサポートするのがうさぎの務めというものです。それに、成海さんが変にやる気をこじらせてしまったのは私にも原因がありますからね」
兎呂はぴんと一方向に耳の向きを定めると、四つん這いになった。
兎呂がついてきてくれるのは正直ありがたかったし、心強かった。
が、なんとなく、お礼を言うタイミングを逃してしまう。
……ドーナツ用に小遣い、節約しないとな。
先行する丸い尻としっぽを追いかけて、俺も再び走り出す。
「そんで、みのりに近づけないっていうのはどういうことなんだ?」
もう、そう遠くはないはずの研究所までの道のりを、複雑に迂回しながら兎呂に尋ねる。
「おそらくは妖力によるバリアみたいなものでしょう。一人目のお針子が暴走を起こした時は、妖力を気弾のように扱って暴れまわっていました。意思によって妖力を自在に操ることができるのか、鬼人化したお針子それぞれに固有の能力があるのか。データが少なすぎて、それはどちらか分かりません」
「みのりから攻撃はしてこないのか」
「今のところは。ただ、みのりさんが攻撃に転じる可能性は常にありますし、この膠着状態が続けば続くほど、被害は拡大します」
道の先に、歴史生物科学研究所が見えてくる。
門の向こうはよく見えないが、街中でもこのありさまだ。研究所内は言わずもがな、だろう。
「みのりさんに会って、どうするつもりなんですか」
兎呂は研究所の門の前で速度を落とし、二足歩行に戻った。
足を止めて、俺の顔を見上げてくる。
「妖力を削る鬼退治専用武器なら、確かにみのりさんのバリアを破ることはできるかもしれません。でも、そのあとですよ。最悪の場合……成海さんはみのりさんと、戦えるんですか?」
兎呂は、戦う、という言葉を使ったが、それの意味するところは殺し合い、だろう。
「……正直、その時になってみないと分かんねーよ。でも、会ってどうするつもりかって言われたら、さ……その……」
「え?」
「話、聞いてやりたいなって」
兎呂はきょとんと目を丸くしていた。
いつもの芝居がかった表情ではなく、多分、素のやつだ。
「いや、自分でものんきなこと言ってるのは分かってるよ。でも俺があいつに会って、まずするべきはそれなんだとも思う。つらかったとか、怖かったとか……下手すりゃこの世が憎いとか、死にたいとか出てくるのかもしんないけどさ。……助けるとか戦う以前に、俺はまだみのりの話もちゃんと聞けてないんだ」
頼さんに聞かれたら、甘い、と言われるのかもしれない。
迫りくる危機を前に、まだそんな悠長なことを言っているのか、と説教されるのかもしれない。
それでも、今は自分を突き動かすこの思いに従う。
兎呂の表情や反応は確かめない。俺は一つ深呼吸をして、そのまま歴史生物科学研究所の敷地内に突入した。
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