第15話 豆とかいう最新技術より手から刀出せた方が絶対に格好いい
「頼さん!」
「ああ、成海も来たか」
振り向いた頼さんの顔がはっきりと認識できる位置まで近づいてから、俺は地表を埋めるなにかの正体に気が付いた。
それは、大量の小さな鬼たちだった。
大きさは人間の赤ん坊くらいだが肌が赤黒く、皆、骨が浮いて見えるほど痩せていた。身体のわりに大きい頭部からは、短い二本の角と目玉が飛び出し、裂けた口には不揃いの牙がびっしりと並んでいる。
「な、なんですか、こいつら……」
「これがこの前教えた餓鬼だ。鬼としての格は人鬼より低いが、凶暴さは変わらないから気を付けろ」
小さい分、よけいにグロテスク度が凝縮されてる気がするな……
俺たちを獲物と認識したのだろう。次元の裂け目から落ちてきたばかりと思われる餓鬼たちが、軋むようなうめき声をあげながら次々とこちらを向く。
「もう一か所に発生した鬼の方には夏希が行った。さっさとこいつらを片付けて、援護に向かうぞ」
「はい!」
華麗に返事をし、俺は颯爽とカバンから升を取り出した。
正式な『らいこう』の一員としての初仕事だ。
一歩下がった頼さんの代わりに、俺が前に出る。
俺は豆をひとつかみし、できるだけ多くの餓鬼が固まっている場所を目がけて投げつけた。俺にとってはただの豆だが、こと鬼退治においては、巨人のような人鬼の身体すらえぐる威力を発揮する豆だ。豆をぶつけられた餓鬼は皆、一発で黒い煙となって消滅した。
「本当に豆をまくんだな」
背後からの冷静な頼さんの声に、思わず振り向く。
「え、今さらですか! 知ってたじゃないですか!」
「いや面白いな、実際見るまでは半信半疑だったが……」
「笑うならちゃんと笑ってください」
白目をむきかけた俺の視界の端で、二、三匹の餓鬼が動いた。こちらに向かって飛びかかってくる前に、豆をまいて撃退する。
「あれ、ところで頼さんは現場に出るのに武器とかないんですか? 鬼退治用の武器って、大人の人は扱えないんですよね?」
「あぁ」
尋ねると、頼さんはおもむろに身体の前で手を合わせた。とたんに、頼さんの両手の隙間から青白い光が漏れ出す。
目を見開いた俺の前で、頼さんは軽く握った右手と開いたままの左手を離していき、空間に緩い曲線を描いた。青白い光はすぐに消え失せ、頼さんの手の内には一振りの刀だけが残される。
「えっ……ええーっ! なんですかそれは! ええーっ!」
「騒ぐな、うるさい」
いきなり想定外の芸を披露されてびびりまくる俺を、身構えた頼さんが一蹴する。とりあえず黙るが、完全にスルーしろというのは無理な話だ。あぁ、でもなんか、手のひらから刀出すとか普通に格好いいな。
「まったく……最近の高校生は具術も知らないのか」
「具術?」
「来るぞ」
そう言った頼さんの目は、もう俺に向いていなかった。
頼さんの刀がひるがえり、飛びかかってきた一匹の餓鬼を叩き落とす。
「うわっ!」
我に返った俺の方にも二匹。
俺は升の中に置いていた手を、目前まで迫っていた餓鬼たちに向けて振るった。
目の前で豆が炸裂し、発生した黒い煙によって視界が悪くなる。黒い霧を払いつつ、二、三歩後退すると、さらに数匹がいっせいに飛びかかってきた。威力は豆の妖力に頼り、思い切りぶつけるというよりも広範囲にばらまく意識で豆をまく。
二重三重の炸裂音が響き、一瞬で前方が黒い煙幕に覆われた。
視界を確保するために、また何歩か後退する。
「意外に便利だな、なかなか使えるじゃないか」
五、六匹を一掃した俺の隣で、頼さんは餓鬼を一匹、また一匹と、確実に斬り落としていた。
「あ、ありがとう、ございます……」
演武のように流麗な動きで刀を操る頼さんを横目に、複雑な気持ちで答える。
武器としての性能はともかく、どう考えても頼さんの方が格好いい。
いや、褒められるのは素直に嬉しいんだけども。
心のもやもやを振り払うように、俺は豆をもうひとつかみ、ふたつかみし、餓鬼の残党を始末した。
升の中身はかなり減ってしまったが、数が多かったので仕方がない。全ての餓鬼を気化したところで、俺はようやく一息ついた。
「あれっ……?」
落ち着いて、改めて周囲を見回したことで異変に気付く。
鬼は倒せば黒い煙になって、次元の向こうの世界に還るはずだった。
それなのに、敷地内にはいくつかの赤黒い血だまりができていた。
真っ二つに斬り裂かれた餓鬼の死骸が、点々と転がっている。
「うっ……」
動いている時も充分グロテスクだったが、この不気味さはそれとはまた少し違う。
鬼とはいえ、さっきまで生きていたものが無機物になってしまった。その境目に立ち会ったことで、少し気分が悪くなる。
「これが鬼退治専用武器と、そうじゃない武器との違いだ。妖力を削るお前たちの武器で倒された鬼は、こちらの世界で実体を保てなくなって次元の向こうに強制送還される。だがそうでない武器で倒された鬼は、こちらの世界で物理的に死ぬ」
俺が疑問を口にする前に、頼さんが答えてくれる。
頼さんは出した時とは逆順の動作で、刀を手の内に戻した。
「そういうわけで、鬼はできる限りお前たちに倒してもらいたい。鬼の死骸が公になってしまうと面倒だし、処理にも手間やコストがかかるからな」
『♪魔法少女~……♪』
俺の代わりに、例のアラームが返事をする。
「……他人の趣味をどうこう言うつもりはないが、それは少し考えた方がいいんじゃないか?」
「兎呂が勝手に設定したんですよ!」
俺とほぼ同時に頼さんも黒いスマホを取り出す。頼さんは二、三、画面を操作するとすぐに誰かとの通話を始めた。
さっきまでの流れから察するに、おそらくは組織本部に現場処理の連絡を入れているのだろう。その間に俺も改めて、魔法少女の乙女心を歌い上げている自分のスマホを見直す。
瞬間、目を見開く。
夏希が向かったらしい、もう一か所の黄色い点滅集団のごく近くに、見慣れない紫色の点滅が加わっている。
「頼さん、これっ……!」
通話中であることも忘れて、つい大声で話しかけてしまう。
幸いにも手短に通話を終えていた頼さんが、スーツのポケットにスマホをしまいながらこちらの手元をのぞき込んでくる。
「どうした?」
「……あれ?」
確かにさっきまでそこにあったはずの紫色は、すでに画面から消えていた。
「今、確かに地図に出ていたんです……紫色の点滅が」
「紫……次元の裂け目に干渉した時の反応だな。どのあたりに出た?」
「この、もう一か所の鬼が出たところの近くです」
頼さんが考えるそぶりをしたのは一瞬だった。
「分かった。場所が近いならここで悩んでいる必要はないな。とりあえずは夏希の支援に向かおう」
結論を出すと、頼さんはすぐに走り出した。黄色点滅の大まかな位置だけを確認して、俺も慌てて後を追う。
「あの、ところでさっき言ってた具術って」
次の現場に向かって走りながら、俺は少し前を行く頼さんに質問した。
今聞いておかないと、今後、聞く機会を失ってしまう気がしたからだ。頼さんは少しも足を緩めないまま、肩越しに俺を振り返った。
「戦前に栄えた古い武術の一つだ。一つの武具と契約を交わすことで、それを肉体と同化させることができる。同化させた武具をどれだけ自由に扱えるかは訓練次第だけどな」
「へー……俺でも使えるようになります?」
「武具との契約は死ぬほど痛いぞ。三日三晩、床を転げ回る覚悟があるなら、契約を手伝ってくれる場所を紹介してやる」
再び前を向いた頼さんに、俺は言葉を返さなかった。
ちょっぴりの期待から一転、延々と続く激痛にのたうち回る自分を想像し、顔中にだらだらと嫌な汗をかく。
沈黙のまま現場に向かっていると、また俺のスマホが例のアニソンを奏でだした。
さっきもそうだったが、鳴ったのは俺のアラームだけで頼さんのは鳴らない。止める手段がないことは分かっていながら、俺は再びスマホを取り出し、忌々しく画面をにらみつけた。
「現場に着くまで定期的に鳴るんですよ。頼さんのは違うんですか?」
「スヌーズか……無駄な機能ばかり使うな」
「どうにかなりませんか?」
「あのうさぎには困ったものだな」
「困ったものだな、じゃなくてとりあえずアラームだけでもなんとかしてくださいよ!」
結局、アラームに関してはうやむやのうちに現場に到着する。
現場は広いが、寂れた公園だった。
たいした遊具もなく、グラウンドとして整備されているわけでもなく、せいぜい近所の少年野球チームが練習に使っているだけ、といったイメージだ。
そこで夏希は、十数匹、下手をすれば二十匹以上の餓鬼に取り囲まれていた。
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