第13話 きれいなあの子はお針子さん

 紫色を帯びた白い髪。きゅっと結んだ口元に、整った顔つき。

 この子は確実にどこかで見たことがある。ただ、一体どこで見たんだったか……

「この写真の彼女のことを話す前に、少し背景を説明しなければならないな。世間では伝説上の存在だと思われている生き物の中には、かつて実在したものがいる。基本的に研究局は、そういった生き物を歴史生物として研究している」

「うんうん、つまり鬼も歴史生物、ってことだよね?」

「そうだ。研究局は歴史生物である鬼を調査する過程で、鬼が棲む世界と次元の壁、そして過去には、この鬼を次元の向こうから呼び出して使役する妖術師という存在がいたことを突き止めた。その妖術師の末裔が、この写真の彼女だ」

「あああああ!」

 唐突に思い出し、つい大きな声を上げてしまう。

「俺、この子見たことあります。自分ちの、っていうか、神社の前で」

 全員の視線を一身に浴びながら、早口でまくし立てる。

 氷雨さんと兎呂が、ぴくりと反応した。

「……成海の実家は確か、鬼神を祀っている神社だったな」

 個人情報がだだ漏れだー。

 いや、兎呂の不法侵入といい登録証の顔写真といい、今さらではあるけれども。

「なにか彼女と縁があるのか?」

「いや、分からないです、けど……うちで売っていた数珠ブレスレットについて聞かれました。そのあと、すぐ逃げるみたいにどこかへ行っちゃって」

「それはいつ頃の話だ?」

「えーっと、何日前だろう……そうだ、兎呂が初めて俺の部屋に来た日ですよ。海岸沿いの鬼の死体を回収するとかで、部活が中止になった日だからよく覚えてます」

 氷雨さんと兎呂が、顔を見合わせた。

 が、結局は二人……一人と一匹とも、なにも言わずに視線を外す。

「……分かった。それはいったん置いておいて、とりあえず話を続けようか。彼女の名前は北条みのり。さっきも言ったが、現代ではほぼ失われてしまった妖力を生まれながらに持っている、妖術師の末裔に当たる」

 氷雨さんと兎呂の反応が気にはなったが、話を割ってしまった罪悪感もあって、そのまま聞く側に回る。

「こう見えて、うちの研究所は歴史が古くてね。最初に次元の壁にほころびに気付き、『らいこう』が結成されたのはもう何十年も前の話だ。鬼の浸食による社会の混乱を避けるためにも、『らいこう』は妖術師の血を引く人間を集めて、次元のほころびを繕う作業に従事してもらっていたんだ。妖術師の末裔は現在においても、次元の壁に干渉できる唯一の存在だからな」

「ってことは、この子……北条みのりは、『らいこう』の一員ってコト?」

「そうだ」

「自力で鬼を呼び出すこともできる、ってコト?」

「いや、鬼を意図的に召喚するためには、鬼との契約が必要なんだ。現代の妖術師で、鬼との召喚契約を結んでいる者はいない」

「ですので組織では、現代の妖術師は妖術師と呼ばず、お針子と呼んでいますね。次元のほころびや裂け目を縫うお仕事に特化しているわけですから」

 つまり、白紫髪の彼女……北条みのりは、鬼がこちらの世界に出てくる原因をつぶせる、重要人物だということか。

「で、その、みのりんがどうしたの?」

「北条みのりは現在、『らいこう』を脱走して逃亡中だ。見つけ次第、捕まえてほしい」

 会ったこともない人間にあだ名をつける夏希にも恐れおののくが、それに続いた氷雨さんの一言はさらに衝撃的だった。

「脱走っ? どうして……」

「分からない。ただ、世代をまたぐにつれてお針子の数自体が減ってきていて、一人当たりの負担がかなり大きくなってしまっていたのはあるだろうな」

「でもそれなら、残されたお針子さんたちがよけい大変になるんじゃないですか?」

「そうだな。ここにきて次元の裂け目が頻繁に発生しているのも、お針子の人手不足が原因だ。だからこそ、みのりにはできるだけ早く戻ってきてもらわなければならない」

 ……お針子の仕事って、そんなに大変なのか?

 なんにせよ、多くの人たちに迷惑をかけたり、次元の裂け目が閉じられなくなっているのはまずいだろう。

「成海がみのりに会ったのは、『らいこう』が海岸沿いの死体を回収した日、だったな?」

「あ、はい……そう、です」

「みのりが逃げ出したのはその前日だ。だいぶ日が経っているからもうこの近辺にいるとは限らないが……もしもみのりが逃亡中、次元の壁に干渉するようなことがあれば、鬼と同じように妖力追跡アプリに表示されるようになっているから。抵抗されたら多少の反撃はやむを得ないが、できる限り軽傷の範囲内で捕縛してくれ」

「分かりました」

「りょーかいっ!」

 なぜ北条みのりが桃原神社を訪れ、安物の数珠ブレスレットにこだわっていたのかという点は引っかかったままだが、彼女を連れ戻さなければならない理由はよく分かった。頷く俺の横で、夏希も敬礼のポーズを取る。

「さて、こちらからは以上だが……ほかになにか聞いておきたいことはあるか?」

「えーっと……あ、そうだ! その鬼ごっこアプリのアラームなんですけど、アラーム音の変更ってできないんですか?」

 豆の件では軽く流されてしまったが、氷雨さんの前というこの機会を逃す手はない。

 目線で兎呂を軽くけん制しながら、スマホが入っているポケットに手を突っ込む。

「変な音声に設定されてて、変えたくても変えられなくて」

「そんなはずはないと思うけど……」

 俺は差し出された氷雨さんの手にスマホを預けた。氷雨さんの細長い指が、タッチパネルの上を何度か行き来する。

「あぁ……ロックかけたな」

 操作がある地点で行き詰まると、氷雨さんはすぐにスマホを兎呂に手渡した。

「変えとけよ」

「仕方ないですね」

 スマホを受け取った兎呂が、その手だか指だかで器用に画面を操作する。手短に操作を終えた兎呂に疑いのまなざしを向けながら、スマホを返してもらう。

「まともなのにしたか?」

「もちろんです!」

 自信たっぷりな顔がよけいに腹立つというか……嫌な予感しかしない。

 兎呂への疑惑を捨てきれないまま、再びスマホをポケットにしまう。

「これで正式な地域保安員になってもらったわけだけど、すでに鬼も二体倒しているしな。やることは特に今までと変わらないから。よろしく。期待しているよ」

 氷雨さんがテーブルの端で書類を整頓しながら、席を立つ。つられて席を立ちながら、俺は軽く頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします。……えーっと、氷雨さん」

「ひーちゃん」

 顔を上げたところで突然、夏希の声が割って入る。

 夏希はソファに座ったまま、満面の笑顔でこちらを見つめていた。

「ひーちゃん」

「え……ひ、ひーちゃん」

 夏希のプレッシャーに負け、つい口走る。

 しばらくの沈黙の後、氷雨さんはそっと目を伏せた。

「却下だ」

「えー」

「俺もなんかやだ」

「じゃあ、頼さん! 百五十歩くらい譲って、頼さん!」

「頼さん?」

「ひーちゃんの下の名前。頼久さんだから、頼さん」

 氷雨頼久さん、か。

「まぁ、それなら」

「じゃあ……改めて。よろしくお願いします。頼さん」

 少し気恥ずかしかったが、言い直してもう一度頭を下げる。頼さんはまとめた書類を肩に担いで、かすかに笑った。

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