第4話 【R-15】近付きたい

 遠藤と過ごす6度目の秋が来た。


 私も彼も高校3年生になっていて、2人とも受験生だった。


 お互いに志望校は聞かなかった。私は地元から出る予定だったし、噂では彼も遠くの大学を目指しているようだった。


 遠く離れてしまったら、この関係がどうなるのか私にはわからなかった。

 彼の告白の断り文句は、前と変わらず「好きな子がいる」のままだった。


 両親に


 遠方に住む祖父母の引っ越しの手伝いをしに週末家を空けたいんだけど大丈夫?

 一緒に来てもいいけど勉強もあるしな


 と言われたとき、笑顔で1人で留守番できるから大丈夫と答えた。


 親には申し訳なかったが、1人で留守番する気はなかった。


 勇気を出して、初めて遠藤を誘った。


 三村瑠衣:

 今度の週末うちに泊まりに来て。朝まであのタイマーに邪魔されずに一緒に寝たいの。


 遠藤にする、初めての誘いでお願いだった。

 その様子を察したのか、遠藤は深く聞かずに塾で行くのは遅くなるけど、泊まる。と返してきた。


 準備は入念に行った。

 部屋の掃除や下着、パジャマ、遠藤に出す料理、全て失敗できなかった。


 料理は失敗しないカレーになり、

 下着は無難にピンクだけど、いつもより面積が少ないものになり、

 パジャマは可愛いパジャマで人気のブランドのものになった。


 後ろめたさに少しひきつった笑顔で両親を見送り、一日中どきどきしながら、遠藤を待った。


 彼が来たのは20時過ぎだった。

 2人で私の家でカレーを食べた。まともな食事を共にするのはこれが初めてだった。遠藤は美味しいと言ってくれたし、片づけも手伝ってくれた。


 先にお風呂に入ってもらい、遠藤の浸かったお風呂に入ると、いけないことをしている気がした。


 身体中を洗いまくって、リビングに行くと遠藤が見慣れたパジャマで、参考書を読んでいた。

 振り返った遠藤は私の姿をみると、少し驚いたようだった。白とピンクの膝丈ワンピースのパジャマは遠藤の家では着たことがなかった。


「寒くないか?」

 10月の夜は冷える。確かにこのままだと身体が冷えていく一方だ。


「いつも温めてくれるから」

 私は遠藤の手を引っ張って、自分の部屋に連れていった。

 自ら横になって、彼に向かって手を伸ばす。


 遠藤はそのまま私の上には乗らずに、いつも通り左側に位置するように横になった。

 そして、電気を消した。


「なんで消すの?」

 私の声に遠藤は淡々と答えた。


「寝るんだろ?」

 暗闇に遠藤が見えない。


「顔が見たいの」

 電気をつけようとする手を遠藤が押さえた。


 そのまま後ろから抱き締められる。

「寝るんだろ?温めるから」


 遠藤の脚が私の生足に絡み付く。その温かさが心地よくて私は思わず、身を委ねてしまった。


 私がもう抵抗しないと思ったのか、遠藤の手が緩んだ。

 しかし、何かに気づいたように一旦止まり、ワンピースを捲って遠藤の手が入ってきた。


 彼の手が私の服の下の肌に触れるのは中1の夏以来だった。


 遠藤は私のブラジャーを全体的に触った後、不器用にホックを外した。


 締め付けていたものが無くなり、私の肩は一瞬軽く感じたが、すぐこれから起こるであろう出来事に心臓がどくどく言い始めた。


 そんな、私の思いを余所に、遠藤は服の下の両手を速やかに退却させ、ワンピースを直した。


 彼の息がすぅーっと寝ようとするものに変わったとき、私は声を上げた。


「…なんで?」

 後ろから遠藤の申し訳なさそうな声がした。


「…なんでって…今日は朝まで寝るからブラジャーしてたら寝にくいんじゃないかと思って。勝手に外してごめん…」


 遠藤の返事は見当違いのものだった。

「そうじゃなくて…なんで触らないの?」


 私は自分のおしり硬いものが一瞬当たったことも、遠藤が腰を引いて当たらないようにしたこともわかっていた。

 その硬さの意味もわかっていた。


「なんで?…私はもっと遠藤くんに近づきたい。春になったら、離れ離れでもうこんな風にはいられない…」


 高校に入った位から、度々、腰やおしりに硬い違和感を覚えることはあった。でもそれを私が感じると、遠藤は下半身だけ遠ざかるのだ。


「そんなことないよ。きっと一緒にいられる」

 遠藤は私を抱き締めてきた。


「うそ、私は彼女でも何でもないじゃない。

 ただの添い寝をする子なら、

 キスしなくても、名前も呼ばなくても、

 セックスしたっていいじゃない」


「違うよ。…違う。ただの添い寝じゃない。

 キスも…俺は本当にレモン味かな?とか。

 セックスも…一緒になったらどんなに気持ちいいかなとか、気持ち良く出来るかなとか、全部いつも、俺は夢にみてる。


 本当は伝えたいことも、

 聞きたいことも、

 一緒にしたいことも、

 いきたいところも、たくさんある。

 名前を呼んだらどう反応するかなとかだって、

 それをしたらどうなるのかってずっとずっと考えてる。


 1度してしまったら、それは記憶に変わってしまうから、しないままの無限大の可能性の夢でもいいかとも思った…


 でも、俺は初めては全部一緒にしたいし、するよ。いつか絶対」


 遠藤の言っていることは意味がわからなかったし、彼の身体は言っていることとは逆の反応をしていた。


「今度の誕生日…3月25日まで待って?言いたいことがあるんだその日、聞きたいことも。そして返事を聞きたい。小学校の桜の木の下で待ってるから」


「本当に来るかわからない誕生日よりも、

 今日。今、近づきたいの…」

 肩を震わせて涙を流す私に、遠藤はごめんなと何度も囁いた。


 あまりにずっと謝るので、

「ダメなら…限界ぎりぎりまで近づきたい」

 とおねだりした。


 ため息をついた遠藤は、お互いの下半身の1枚以外までは脱いでくれたし、脱がしてくれた。

「この状況がどれだけきついか…わかる?」

 と聞かれたので

「わかんない」とわざと振り返って正面から抱き付いた。


 何の隔たりのない肌の密着は、思っていた以上に気持ち良かった。

 私があまりにくっつくので、遠藤はかなり困っていた。

 でも薄い布を超えて、彼が侵入してくることはなかった。




 アラームに邪魔されない初めての朝は、最高だった。

 遠藤の寝顔は初めて見たが、信じられない位可愛かった。

 思わずスマホで写真を撮るところだったが、本当の初めての朝に撮りたいと思って止めた。


 ずっとくっついていたくて、ベットから出ようとする彼を何度も引き戻した。


 こんなに彼と話したのも、我が儘を言ったのも初めてだった。


 両親が帰ってくる前に彼は帰っていった。

「受験頑張ろうな。誕生日、空けといてな」


 それが、彼と話した最後の会話だった。

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