第11話 復活の知恵(ウィズダム)

 「やあっ!!」


 ライアンの剣の一撃がヒット、ガランドゥの右肩の鎧が弾け飛ぶ。


「それっ!!」

 

 返しの一太刀で更に左足大腿部の装甲が剥げる。

 しかしそこも先ほどの手や指と同様、暗黒瘴気が滲み出てその部分を補填してしまう。


「一体こんなのどう相手すればいいのよ!!」


 ライアンが攻撃すればするほどガランドゥの黒い靄の部分が増え、しまいには人型をした黒い何かとなりつつあった。

 しかも全体的に身体が大型化し膨れ上がっている。

 

『ウオオオオオオオン!!』


 しかも鎧が減ることに反比例して理性を失いがむしゃらに攻撃を仕掛けて来るではないか。

 何とか剣で凌ぎも防戦一方のライアン。


『ムムム、これはまずいですね……』


 少し沈んだ声のトーンで節制テンパランスが唸る。


「それは見れば分かるよ!!」


 剣とランスが激突し火花が飛び散る。


『いえ、外見的な事だけでなく、このままでは倒せません』


「えっ!? ちょっと!! いまさら何言い出すかな!!」


 ライアンはあまりに無責任な節制テンパランスの言動に声を張り上げた。


『ガランドゥに挑むにはこちらの準備が足りませんでした、せめて正義ジャスティスが仲間になってから戦いを挑むべきでしたね』


「どういう事!?」


『私達四元徳の一人、正義ジャスティスには悪しき者に大ダメージを負わす事の出来る裁きの鉄槌ジャッジメントパニッシュという能力があるんです、彼の力があればこの者など簡単に倒せていたでしょう』


「何でもっと早く気付けなかったの!? 知っていたらガランドゥに再戦なんかしなかったのに!!」


『申し訳ありません……』


 委縮する節制テンパランス


『ライアン、あまりテンパランスを責めねぇでやってくれねぇだか? 確かにテンパランスはオラなんかより頭は回るだがウィズダムほど機転が利く訳じゃねぇんだわ』


「あっ……ゴメン」


 勇気カリッジの一言でライアン自身も少し頭に血が昇っていたことに改めて気付く。


「そうか、それじゃあこのウィズダムが呆けてるのが悪いって事ね?」


『いんや、別にそういう事を言ったつもりはねぇだども』


 ライアンは深呼吸し吐き出すと共に自分の胸の布越しの鎧に向かって大声でが鳴り立てた。


「こらぁ!! いつまでそんないじけた態度をとってるの!? 相手の方が上だったからってウィズダムの鎧になる事を許されたのはあんたでしょう!? それに見なさいあれを!!」


『ああ……うう……』


 呻く事しかしない知恵ウィズダム

 それでも更にライアンはガランドゥを指さしまくし立てる。


「あれをどう見るの!? もうあんなの鎧でも何でもないわよね!?」


 ガランドゥの身体にはもう僅かにしか鎧が付着していなかった。

 身体のそのほとんどが暗黒瘴気の靄が露出し、黒い身体は二つの目だけが真っ赤に光っていた。


「形は違えど成りたかった生きている装備リビングイクイップも満足にいかせない時点であいつはあなたに劣っているのよ!! もっと自分に自信を持ちなさい!!」


『あ……あ……?』


 ライアンの身体、聖女の内側がぼんやりと輝き始めその光の強さを増していく。


「ウィズダム、あんたはダメじゃない!! あんたのその知恵をあいつに見せつけて!!」


『……!!』


 遂に直視出来ない程の眩しさの光が当たりを包む。


『ガッ……!?』


 自我を失っているガランドゥが脅えている、まるで本能的に感じ取ったかのように光を恐れている。


『……そうか……そうだな……オレがあんな奴に劣っている訳が無いんだ……』


「そうよ!!」


『……ってかライアンお前……さっきから随分と女言葉に抵抗が無くなってきてるじゃねぇか』


「えっ? ああっ!!」


 知恵ウィズダムの指摘に湯気が出そうなほど顔が真っ赤に上気するライアン。

 実は既に女体化した身体に精神が引っ張られ始めていたことをライアン本人が自覚していなかったのである。

 言われて初めて気付いたという事だ。


「ばっ馬鹿な……あたしは……俺は俺のままのはずだ……」


 恥ずかしさの余り顔を覆い隠してしまう。


『フッフッフッ、良き哉良き哉……てか敵から目を放すと危ないぞ』


「わっ、分かってるわよそんな事は!! あっ……!!」


 言った傍からこれである。

 ライアンはぶんぶんと顔を振った。


「いっ、いつもの調子に戻ったじゃない、イケるわよね?」


『誰に向かって物を言ってるんだ? 当たり前だろう?』


「ふっ、よく言うわよ」


 知恵ウィズダムのいつの通りの憎まれ口にほっとして思わず口角が上がるライアン。


『ではウィズダムが復活したという事で私はサポートに回るとしますか』


 そう言うと節制テンパランスはライアンの身体を包む聖女の衣を解除し、背中に移動、純白のマントへと姿を変えた。


『女性用にとレースをあしらってみました』


 サンファンに装着されていた時と違いマントの裾がレース刺繍されたデザインに変わっている。


「じゃあ頼むわよウィズダム!! まずどうする!?」


『そうだな、まず……』


「まず?」


 期待に満ちたライアンの瞳はキラキラと輝いている。


『逃げろ!!』


「えーーーーーっ!?」


 思わずズッコケそうになるライアン。


「何よ!! あんたでもこの状況をどうする事も出来ないって言うの!?」


『仕方ないだろう!! ここにいる誰にも暗黒瘴気の浄化が出来ないんだから!!』


 不本意ながら踵を返し猛ダッシュ。

 当然黒い霧と化したガランドゥが追って来る。


「それじゃあジャスティスを探すの!?」


『馬鹿言うな、どこにいるかも分からない奴を当てに出来るか』


「馬鹿って、失礼しちゃうわ!!」


『そっちじゃない、逃げるならここへ来た方向へ逃げろ』


「方向まで指示しちゃって、意味あるの!?」


『ある、これはただ逃げてるんじゃない、戦略的撤退って奴だ』


「どこがどう違うのよ!!」


『いいからオレを信じろ』


「……しょうがない、分かったわよ」


 知恵ウィズダムが突然神妙になったのでライアンは大人しく従う事にした。

 知恵ウィズダムが言うここへ来た方向とは一度撤退した時に潜伏していた廃教会の方向を意味している。

 ライアンは必死に廃教会目指してひた走る。

 その背後を付かず離れずの位置で四つん這いに追いかけて来るガランドゥだった


「うへぇ、気持ち悪い……」


 ガランドゥの姿に嫌悪感を覚えるライアン。

 地べたを這い高速で走り回るあの虫を想像させられるからだ。


『居たぞ、今回の作戦の要が』


「えっ?」


 走るライアンの目前に両膝に手を当てて肩で息をするサンファンの姿が飛び込む。


『サンファン!! 今すぐ神聖魔法でこの化け物に一発かましてくれ!!』


「えっ? ええっ!?」


 ライアンの背後から迫る不気味な黒い物体に面を喰らうサンファン。


「何が何やら……でも分かりました!! 主よ、邪たるものにその聖なる力を示し給え!! ホーリーライト!!」


 サンファンが突き出した両手から放たれる大きな光弾。

 直前で体を躱したライアンの居た場所を通り、それは見事ガランドゥに命中した


『ギョワアアアアアアアッ!!』


 悲鳴を上げるガランドゥ、その声は実に不気味で汚らわしく耳を覆ってしまいたくなる。


『なるほど!! サンファンは僧侶ですからね!! 確かに浄化の力を使えます!!』


『おめぇ、自分のパートナーの特性を忘れていただか?』


 勇気カリッジ節制テンパランスに大層あきれた様子だ。


「これで倒せるの!?」


『いんや、これだけじゃ足りない、数秒足止めできればいい方だろう』


 実際、ガランドゥはホーリーライトに苦しみながらも着実にこちらへと歩み寄って来る。


「じゃあどうするの!?」


『ライアン、上を見ろ』


「えっ?」


 ライアンが言われるままに見上げるとそこには斜めに傾く教会の十字架があった。


『あれを使う』


「使うって、どうやって!?」


『カリッジにぶっ刺してそれを更に奴に突き刺すんだ、出来るよな? カリッジ』


『おうよ!! 任せろ!!』


「何か二人で盛り上がってるけど分かったわ」


 ライアンはその跳躍力でひとっ飛び、教会の屋根に飛び乗る。


「えっと、どうするの?」


『十字架を根元から切断しろ』


「今更だけどそれってかなり罰当たりじゃ……」


『罰でもスティックでも当ててもらって結構、やっちまえ』


「知らないからね?」


 言われるままに横一文字に勇気の剣を振るい十字架を容易く切り倒す。


「おっと、危ない」


 咄嗟に落ちそうになった十字架を手に受け取る。


『そして切断面に剣をブッさせ』


「上手くいくかな……」


『大丈夫だぁ、オラに任せるだ、ライアンはただ切っ先を十字架に当てるだけでいい』


「分かったわよ」


 勇気カリッジが言った通り十字架の断面に切っ先を当てる。


「あっ……」


 すると驚くほどいとも簡単に剣が十字架に吸い込まれていく。


『これはオラの能力の一つ『身勝手な剣セルフィッシュソード』、オラの使用者、今はおめぇさんが思った物に剣を指す事が出来る、因みに逆に刺せない物や斬れない物も指定出来るだ』


「ふぅん、随分と使いどころが限定された能力ね」


『ほらほら、早速その能力を使わねぇと十字架が重みで勝手に斬れちまうど』


「あらら、それは困るわね……」


 ライアンは咄嗟に十字架は切らない様に念じた。

 すると本当に十字架は勇気の剣に刺さったまま維持された。


「へぇ、地味に凄い能力ね」


『地味だか……』


「ううん!! 使い方次第じゃ戦い方に幅が出るかもね!!」


『そっ、そうだべか?』


「うんうん!!」


 勇気カリッジが落ち込みそうだったので慌ててフォローした。

 ここでメンタルをやられて戦力が落ちてしまったら目も当てられない。


『ヨシ!! これで準備は整ったな』


「ねぇウィズダム、今更だけどこれ本当にあいつに効くの?」


『ライアン、十字架ってなんで吸血鬼や悪魔が苦手にしていると思う?』


「何よ唐突に、十字に組まれた事で何かの力が宿っている……とか?」


『半分当たりだ、奴らが十字架を恐れる理由……それは人間たちが十字架に込めた祈りや願い、信仰心が怖いからさ』


「そっ、そうなんだ……」


『教会の頂に有ったこの十字架は過去に教会に通った人間たちから長年掛けて向けられた相当量の祈りが籠っている筈、効いてもらわねば困る』


『そろそろ急いだほうがいいだ!! サンファンが限界だ!!』


 教会の屋根から見下ろすと、サンファンの顔がげっそりとしており顔色も真っ青だ。

 神聖魔法は著しく精神力と生命力を消費する。

 このままではサンファンの命に係わる。


『行けライアン!! ここから直接奴に十字架を突き立てろ!!』


「うん!! はぁーーーーーっ!!」


 教会の屋根からジャンプ一番、十字架剣を逆手に持ち落下していく。


「サンファン退いて!! 巻き込まれるわ!!」


「……もう動けません……」


 サンファンはもうとうに限界を迎えていたようだ。


『マズイなゃ!!』


『迷うな!! このままガランドゥを貫け!!』


「はあああああああっ!!」


 十字架がガランドゥに突き刺さった瞬間、十字に閃光が炸裂した。


『ギョアアアアアアアアッ!!』


 ガランドゥは今までにない程の耳を劈く大きな悲鳴を上げた。


「サンファン!!」


 ライアンは突き刺さった勇気の剣を手放しサンファンに飛びつくとそのまま抱き上げその場から飛び退いた。

 直後、大爆発が起こり辺りは一瞬何も見えない程の爆風に包まれたのだった。


「きゃっ!!」


 サンファンともつれ合いながら地面を転がるライアン。

 暫く転げまわりやっとの事で停止する。


「……いたた、酷い目に遭った……そうだ!! サンファン!?」


『大丈夫だ、相当消耗している様だが死んじゃいない』


 見るとサンファンは気絶こそしていたがしっかり呼吸をしていた。


「良かったぁ……」


 一気に脱力してその場にへたり込むライアン。


『おーーーーい!! オラの心配もしてくれよーーー!!』


「ゴメンゴメン!!」


 急いで地面に突き刺さった勇気の剣に駆け寄る。

 十字架は粉々に砕け散り剣だけが地面に刺さっている。


「これは……?」


 剣が刺さっている傍らに何か光るものを見つけたライアン。

 恐る恐る拾い上げる。


『恐らくこれがカオスジュエルと言うヤツだろうな』


「これがカオスジュエル……話には聞いていたけど初めて見た……」


 菱形にカットされた掌に収まる程の大きさの緑の宝石は太陽光を透過して美しく輝いている。


『ふぅ……何とかなったな』


「お疲れ様、やるじゃないウィズダム」


『よっ、よせよ』


 柄にも無く口ごもる知恵ウィズダム


『なんだぁ? 照れてるだか?』


『そこ、うるさいぞ!!』


 戦いが終わり和やかな空気に包まれる一行。

 しかし遥か上空、崖の上からライアンを見ていた人物がいた。


『大したことないなぁ、あの程度の奴に苦戦するなんてね』


「………」


 無言で立っているのは女性のシルエット、逆光で顔までは見えない。


『ガランドゥは四天王でも最弱……これは僕らの出番かもねぇ……』


「………」


 常時無口な女性に話しかける声は彼女が左手に装備している円形の盾から聞こえている。

 女性は何も言わずに踵を返し崖を後にした。

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