第4話 女だけが居ない町


 「見えたよ、多分あそこがヒデリーの町だ」


 鬱蒼とした森林を抜けるとその先に色とりどりの屋根をした建物が密集している場所があった。

 

『ヨシ、あと数十分も歩けば着くな、ライアン、分かっているだろうがまずは酒場などの冒険者が集まりそうな所へ行けよ』


「どうして?」


『おいしっかりしてくれよ、情報収集をするんだろうが、情報が無ければこのオレの溢れる知性が発揮できないからな』


「なあウィズダム、本当にお前って知恵の鎧なのか?」


『何だと?』


「何だかさっきからお前と話していると物凄く馬鹿っぽいと感じることが度々あるからさ」


『しっ、失礼な事を言うな!! どこが馬鹿っぽい!? さてはさっきの作戦の事を言ってるのか!? だからあれは情報が足りなくてだな……』


 必死に言い訳をする知恵ウィズダム、しかしライアンは正面を向いたまま固まっている。


『おい!! 無視か!? 無視なのか!?』


「……黙って!!」


『ご、ゴメン』


 ライアンの迫力のある剣幕に思わず誤ってしまった知恵ウィズダム

 しかしライアンの一連の行動が何だったのかはすぐに判明する。


「へへぇ、こんな別嬪さんがまだこのヒデリー近辺に居ただなんてなぁ……」


 モヒカンヘアのやせ型のガラの悪い男が手にしたナイフを舌で舐めながらこちらへ近付いて来る。


「おい見ろよ、この女、エロい鎧を着てやがる、こんなの襲ってくださいと言ってる様なモンだよなぁ……」


 頭を縦縞にそった目元に蝙蝠型のタトゥーを入れた男も現れた。


「へっへっへっ……」


 その後も続々と見るからに荒くれモノと言った風体の男たちが茂みから現れ、いつの間にかライアンを取り囲み、じわじわと包囲網を狭めてくる。


『物取り目当ての盗賊か? まあいいライアン、やってしまいなさい』


「分かってるよ!!」


 知恵ウィズダムが言うか言わないか、ライアンは既に行動を開始していた。

 目にも止まらぬ移動スピード、まずは手近に居た男の懐に入り込み顎に向けて下方から掌底を食らわせた。


「がっ……!!」


 その男が吹っ飛び宙に舞っている僅かの間に既に別の男の元に移動、今度は腹に強烈な拳をお見舞いする。


「ごほっ……!!」


 それからも次々と男たちをなぎ倒し、一分も掛からぬうちに全てノックダウン、元居た位置に戻った。


「はぁ……凄いねこの身体……思った以上に動けてる」


『そうだろうそうだろう、俺と契約して良かっただろう?』


「契約? 何の事?」


『おっと、いやなんでも無いぜ、忘れてくれ』


 急に押し黙る知恵ウィズダム

 気にはなったが今はそれどころではない、ライアンはまだ意識のあるモヒカン男の胸倉を掴む。


「……何だ? 何が起こった? 俺たちは一体?」


「相手が悪かったわね、人数さえいればあたしに勝てるとでも思った?」


『おお、女言葉を使うとはな、自分が女である自覚が出て来たか、関心関心』


「違ーーーう!! 仕方ないだろう!! 女の芝居をしないと怪しまれるだろう!?」


「へっ?」


「いやいやこっちの話し、忘れなさい!!」


「はっ、はい!!」


 疑問を抱いた顔をしているモヒカン男にキッと睨みを効かす。


『ライアン、オレはこいつに聞きたいことがある、少し身体を貸せ』


「えっ? それってどういう……」


 ライアンの承諾前に既に知恵ウィズダムはライアンの身体を乗っ取り自分で身体を動かせるようになっていた。


「ふむ、思った通りイイ感じの身体だな、お前に決めて良かったぜブライアン」


 拳を握ったり開いたりを繰り返したり、腕を回したりする知恵ウィズダム

 だがこの言葉はライアンもといブライアンには届いていない、今ブライアンの意識は眠った状態にあるからだ。


「??」


 モヒカン男には何が起こっているのか分からず戸惑っている。


「待たせたな、一つ聞きたい、何故こんな町近くで物取りなんてやっている? 普通もうちょっと人里離れたところでやるよなぁ、街の自警団とかは機能していないのか?」


「……おかしな事を聞くなあんた、このヒデリーの状況を知らないのか?」


「ヒデリーの状況? 知らないな、言ってみろよ」


「誰がお前の様な糞アマに……」


 知恵ウィズダムがグイっとモヒカン男の胸元に力を入れ首を締め上げる。


「ぐえっ!! 言う言う!! 言うから放してくれ!!」


 力を緩めモヒカン男を地面に突き放す。


「金目の物が目当てじゃねぇんだよ、女だ、あんたが女だから襲った……」


「見下げ果てた奴だな、乱暴目当てか?」


「違う!! 魔王軍だ!! 魔王軍からの命令で女を差し出す事になっているんだよ!! それと引き換えにヒデリーの町は無事でいられるんだ!!」


「フム……そういう事か」


 顎に指を当て知恵ウィズダムは少し考える。


「あい分かった、ライアン、もう出て来ていいぞ」


「……ぷはっ!! えっ!? えっ!? 何があったの!?」


 突然身体の自由が戻り挙動不審のライアン。


『聞きたい情報は聞けた、街へ入る前にやることが出来た』


「はい? 話が全く見えないんだけれど?」


 当然意識が休眠状態だったライアンに知る由は無い。


『いいか、このお前の身体を覆っている鎧だが任意で装着していない状態にも出来るのだ』


「はっ!? それを早く行ってよ!! こんな恥ずかしくて目立つ恰好、早くしまってよ!!」


『いいのか? では……』


 一瞬にして鎧は消え失せる、しかしそのお陰でビキニ水着の様なインナーウエアが露になってしまった。


「きゃあっ!! こんな所で何て恰好させるの!?」


『きゃあと来たか、フフフッ順調に仕上がっている様で何より』


「仕上がってるとか言うな!!」


 憤慨するライアンをよそに知恵ウィズダムは次の指示を出す。


『先ほどの男たちからローブを分捕って纏え』


「うわぁ、ばっちい……」


『我慢しろ』


 仕方なしライアンは埃に塗れあちこち破れているローブを身体に纏った。


「ねぇ、何でこんな恰好しなければならないんだよ?」


『いいか、このヒデリーではお前が女で有る事がバレてはいけない』


「どうして?」


『さっき俺が男から聞き出したのだが、どうやらこの村には女を魔王軍に差し出すよう命令が下っている様なのだ』


「何でそんな事を?」


『恐らくだが魔王軍も伝説を知っている様だな、女勇者の伝説を』


「何故そんな事が?」


『考えてみろ、女だけを魔王軍が連れ去る理由を』


「ハーレムを作るとか? それか人間を増やさない為?」


『まぁあながち的外れでは無いな、それなりに頭は回るじゃないか』


「それ程でも」


『別に褒めてねぇよ』


「何だよーーー!!」


 一瞬喜んだがすぐに覆されぷくっと顔を膨らませるライアン。


『正解は女勇者を見つけるためだ』


「そうか、魔王軍も女勇者を警戒しているんだ」


『光栄なこったな、しかし甘いな、女だけが女勇者になれるとは限らないんだよなぁ』


「まさか知恵ウィズダムお前、これを見越して男の俺を女勇者にしたのか?」


『まっ、まあな……』


「凄いなお前、見直したよ!!」


『………』


 実は違う、行き当たりばったりだったとは今更言えない知恵ウィズダムであった。


「なるほど、納得がいったよ、このローブで女であることを隠しながら町中で行動しようって言うんだな? 任せろ」


 俄然やる気が出て来たライアン。

 女らしい長い髪はフードで、肌の露出している太ももをすっぽりとローブで隠し町の入口へと差し掛かる。


「……通行証は?」


 町の入り口の門には両サイドに門番が立っていた。

 通行証の提示を求められる。


「これ……」


 声から女だとバレない様にぼそぼそと低音で短く話す。

 通行証は先ほどの男たちから巻き上げたものだ。


「うむ、入っていいぞ」


「どうも……」


 軽くお辞儀をしてそそくさと門をくぐり抜ける。


「何とか町中に潜入できたね」


『だが気を付けろ、必ず魔王軍の手の者がいるはずだ』


「何故分かるの?」


『さっきの男たちが町に入る前に俺たちを捕まえようとしていたろう? それは町中に入ってからじゃ手柄にならないからだとオレは考える、町の中で幅を利かせている魔王軍の手の者がいるって事だ』


「成程、流石は知恵ウィズダム


『………』


 ライアン、何て調子のいい奴と知恵ウィズダムは内心思った。


「じゃあまずは酒場だね」


『うむ、慎重にな、そこで女だとバレたら身動きが取りづらくなる』


「了解」


 そこまで大きくない町だ、そんなに歩かない内に簡単に酒場が見つかった。

 空きっぱなしの入り口から中に入ると、そこには数人の冒険者風の男たちが静かに酒や食事を摂っていた。

 それはまるで通夜か葬式かと言った感じで凡そ酒場に似つかわしくない雰囲気であった。


『いいか、無暗にこちらから話しかけるなよ? 複数人で話している所に目立たない様に近付いて話を盗み聞きするんだ』


「オーケー」


 知恵ウィズダムに言われるがままライアンはカウンターで語らっている男たちに後ろからそっと近づき聞き耳を立てた。


「チキショウ、魔王軍のせいで嫁と娘が連れて行かれちまった……」


 太った中年オヤジが一気にジョッキの酒を煽る。


「しーーーーっ、声が大きい、誰かに聞かれたらどうするんだよ……」


 話相手の男は極力声のトーンを落としている。


『女を差し出しているのは人間の男だったな、そりゃ周りに気を使うさ』


「………」


 ライアンはギュッと唇をかんだ。

 早く何とかしなければと決意を新たにする。

 そんな時だった。


「おう、邪魔するぜ」


 入り口を頭を言屈めながら入ってくる巨体、それだけでは無い大きな

太鼓腹も入り口に引っかかっている。

 無理に入ろうとしたせいで入り口が破壊され店内に壁の残骸が散乱する。


「馬鹿野郎!! 俺様が入れない様に店を建ててるんじゃねぇ!!」


 入り口を壊した主は豚の様な顔立ちをしたグレーの体表をした太り過ぎの身体、明らかに人間ではない。

 途端に酒場の空気が凍り付く。


『オークだな、いつ見ても見苦しい奴らだ』


「あれって魔王軍の……」


『ああ、間違いない』


「おい親父!! 食い物をありったけ出しやがれ!! 全部だ!!」


「ヘイ!! 只今!!」


 ガチガチに緊張した店主が厨房へと引っ込んでいく。

 そしてそう時間を置かずに山盛りの肉が大皿に乗って運ばれてきた。


「よしよし、この前言った通り俺様を待たせなかったな、良い心掛けだ」


「その節はご迷惑をおかけしました、今日のお題もいりませんので存分にお楽しみください……」


「そうかそうか!! じゃあ遠慮なく!!」


 素手の両手で肉を掴み汚らしくがっつくオーク。

 食べかすも派手に食い散らかし、周りの者は堪ったものではない。

 怒りの余りライアンのこめかみに血管が浮き出る。

 いまの台詞から察するに以前このオークは料理を待たされて暴れたりしたのだろう。

 店主の脅え具合からも予想は出来る。


「ああん? 何見てんだゴルァ!!」


 オークが食いかけの肉片が付いた骨を先ほどの家族を連れ去られたと言っていた中年男性に投げつけた。

 骨は男性の額に中り、派手に床を転げまわった。


「くっ……!!」

 

 今の出来事にライアンは思わず右手を剣の柄に掛けそうになる。


『まあ待て、ここで事を構えるのはまだ早い、もう少し情報を集めるんだ』


「分かっちゃいるんだよ、でも……」


 ライアンは怒りで震える手を自ら抑えつける。

 だが、耐えるライアンは次の瞬間信じられない光景を目の当たりにする事になる。

 

 ゲシッ!!


 何者かが食事中のオークの後頭部目がけて飛び蹴りをかましているではないか。

 当然オークはテーブルに顔面を叩きつけ、料理とテーブル諸共床に叩きつけられる。


「ブヒーーーーッ!! 誰だ!? 俺様の食事の邪魔をした奴はっ!?」


 勢いよく床から飛び起きたオークが振り返ると、入り口から刺す逆光に浮かび上がる一人の男の姿があった。

 しかし逆光のせいで顔までは分からない。


「汚ったねーーーんだよブタがよーーー!! ブタはブタらしくブタ小屋で残飯でも食ってな!!」


「あっ、あいつは……」


 その男の声には聞き覚えがあった、ライアンが良く知るその男の名は……。

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