第49話 意外な情報

 飯野は、私の言葉に反応するかのように、ニヤッとした。

 決してイケメンではないのだが、母性本能をくすぐるような愛嬌のある顔だ。

 私は、不覚にも、彼を可愛いと思ってしまった。

 面食いである事を自覚しているから、この反応は、自分でも意外だった。



「実は、調べて来ました。 空手の事は分かりませんが、菱友香澄の身内について分かった事があります」



「なに? 教えてちょうだい」


 陣内を引き抜いた菱友香澄のアキレス腱になる情報が知りたかった。

 一刻も早く聞きたかったのだが、はやる気持ちを知られたくなかったので、私は、努めて冷静さを装った。



「自分は、婿養子なんです。 旧姓は加藤です …。 5歳下の弟がいて、名前を広って言うんですけど、昔から実家に入ると宣言していたから、それに甘えて、婿に出たんですよ。 あっ、弟は、まだ独身です …」



「それが …。 菱友香澄と、どんな関係があるの?」



「弟は、菱友香澄と同じ31歳なんです。 大学も同じ東慶大学だったから、知ってるかと思い尋ねたら、その妹を知っていると言われました。 ヒットしたと思って、なんか興奮しました」



「同じ歳の姉でなくて、妹を知ってるの? 学部は?」



「実は、弟は二浪で入ってるから、香澄の2歳下の妹と同学年だったんです。 但し、学部は違った。 妹は静香って名前なんですが、姉の香澄と同じ法学部なんですよ。 でも、弟は工学部でした。 大学院にいる時に、同級生の百地三瓶という男と、大学院にいる静香が、一時期付き合っていたそうです …」



「あなたの弟と、百地っていう男とは仲が良かったの?」



「それは、分かりませんが …。 でも、静香は、ミス東慶に選ばれたような、凄く可愛いらしい娘だったから、とても有名で …。 だから、仲間うちで、冷やかして、2人の仲を聞いたりしたそうです。 それで …。 静香は、住菱のお嬢様という事を隠していたんですが、周囲にはバレバレだったそうです …」


 飯野は、人懐っこい顔で、私を見据えた。



「それで?」


 私は、思わず身を乗り出してしまった。

 飯野の話術は、巧みで面白い。まるで、お笑い芸人のような喋りだ。



「百地と静香が交際していた期間は短かったんですが …。 そのう …。 弟の聞いた話では、静香が昔から惚れていた男が居て、その人が忘れられず、別れたとの事なんですよ。 静香って女は、浮気性なのかな?」


 飯野がこちらを見たのだが、なぜか、自分が言われたような気がして、心苦しくなってしまった。

 そんな私を見て、飯野は少し不思議そうな顔をしたが、また、話を続けた。



「すみません。 話が逸れたようです。 これからが、肝心な話です。 静香は、その男を追って、アメリカに行ったのですが …。 正確には、留学をしたのですが、その追っかけている男が、過去に姉の香澄と付き合っていたようなんです。 つまり、同じ男をめぐって姉妹が争っていた訳です。 ゴシップ記事が書けるような話でしょ!」


 飯野は、笑い声を含ませて、ニヤッと白い歯を見せた。



「本当なの?」



「弟は、酒の席で百地から聞いたと言ってました。 涙を流してたと言うから、泣き上戸なんですかね。 翌日、しらふになった時に、秘密にしてくれと言われたから、信ぴょう性があると思います。 その相手の男は、三枝元太という名前だそうです」



「飯野の弟さんは、良く名前を憶えていたわね」



「実は、三枝という男は、弟の同級生で旧知の仲だったんですよ。 名前を聞いた時には、かなり驚いたと言ってました」



「スキャンダルかな …。 週刊誌のネタになるような話だけど、使えるかしら? 取り合えず、静香という妹と、三枝の現在の所在を確認する必要があるわね」



「はい。 興信所に調査依頼を出してあります」


 飯野は、またニヤッと笑った。



◇◇◇



 火曜の午後になった。これより、菱友香澄との会合がある。


 陣内は、既に退職しているため、社長である父は、飯野を同行し、自らが出向く事にした。


 午後2時の少し前、住菱重工の本社ビルに2人はいた。

 受付にて、社長への面会を申し出ると、38階の秘書課窓口に行くように言われ、そこに通じる専用エレベーターを案内された。


 そして、秘書課に着くと、いかにも優秀そうな女性秘書から、控室に案内された。



「お待たせして、大変申し訳ありません。 社長の菱友は、打合せ中なので、終わり次第、ご案内します。 それまで、こちらにてお待ちください」


 ソファーに座るよう促され、2人は、しばし待つ事になった。



「ここは、なんか仰々しいですよね。 ところで、菱友香澄って、どんな感じの人なんですか?」



「なんだ、見た事がなかったのか?」



「はい。 美人だと、噂では聞いた事はありますが、写真とか出回ってないですから …。 でも、31歳なんでしょ。 若い子にオバンと言われる歳ですよ」



「バカ、声が大きい。 口を慎め!」



「あっ、すみません」


 飯野は、悪戯げな顔をした。



「彼女は、マスコミ嫌いなのか、映像を表に出さないようにしてるようだ。 そこがミステリアスで良いんじゃないか?」



「そうですか。 でも …。 今時、メディアを利用しないんですかね?」


 飯野は、少し不思議そうな声を出した。



 雑談をしていると、15分ほど待たされた後、先ほどの秘書により、社長応接室に案内された。



 部屋に入ると、若く背の高い、美しい女性が出迎えた。



「お待たせして申し訳ありません。 住菱重工、社長の菱友です」


 香澄は、深々と頭を下げた。


 2人は、彼女のあまりの美しさに、声も出せず見惚れてしまっていた。

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